副都へ、手紙を届けに行く

 その日から毎日、ルージャの教えて貰った通りの方法で、ロボは石投げに励んだ。勿論、騎士見習いとしての普段の訓練も、欠かさない。


「ずいぶん熱心だな」


 そのロボに、ある時、訓練所の騎士団長であるリールが声を掛けてきた。


「家には、帰らないのか?」


 季節は、春が始まったばかり。新年を迎え、騎士達も、見習達の殆ども、生まれ育った地へ一時的に帰郷している。だがロボには、家に帰りたくない理由があった。家に帰っても、従兄弟達に苛められるだけだ。母のことは心配だが、苛められることが分かっていて戻るバカはいない。それよりも、……もっと、強くなりたい。それが、今のロボの切実な想い。熱心に訓練を続けるロボを支えているのは、友人ゼイルに対する自責の念、だった。もしも、ロボがもっと強ければ、初めてできた友達を失うことはなかったかもしれない。


 母の方も、ロボが家に帰りたくない理由を一部だけでも理解しているのだろう。母が手ずから縫った下着と、ロボにとってはたくさんに思える金額のお金、そして手紙が入った小包が、人を通して騎士団の詰所まで届けられていた。手紙の内容は、いつも通り。ロボの身体を心配する言葉と、武人より文人になるようにとの、懇願。母の言う通り、自分は騎士に向いていないのかもしれない。一生懸命訓練に身を入れてはいるが、背は伸びないし、筋力もついているとは思えない。石を投げようとした腕の細さにふとそんなことを思い、ロボは慌てて首を横に振った。


 と。


「ロボ」


 再び、リールの声が背後に響く。振り向くと、小さく畳まれた書状をもったリールが、和やかな顔でロボを手招きしていた。


「副都へ、この手紙を届けてくれ」


 リールの従者達も全員、休暇で訓練所には居ないらしい。宴会への欠席の手紙だから、必ず太守の屋敷に常駐する家令に渡して、中身を確かめて貰うように。その注意と共に、書状はリールの手からロボに渡った。


 訓練所の最高責任者であるリールは、副都の太守の妹の息子であると、誰かから聞いた覚えがある。リールこそ、休暇中に家に帰らないのだろうか? そう尋ねたい心を、ロボは何とか押し留めた。誰にだって、聞かれたくないことはある。リールは責任感のある騎士団長だから、休暇中も部下達のことが心配なのだろう。だから、帰りたくても帰らないだけかもしれない。だから、というわけではないのだが。


「分かりました」


 殊更大きな声で、頷く。


 顔を上げると、リールの穏やかな青色の瞳が、あった。

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