ルージャとライラ、そして

 再び目を開くと、粗末な木組みの天井が見えた。


〈ここ、は……〉


 少し硬いベッドの上にいることを背中の感覚で確かめてから、ぐるりと辺りを見回す。しかし、ベッドサイドの木桶と少し古びた板壁以外、見えるものは無い。どうやら、何処かの小屋か家の中にいるようだ。それだけは、何とか分かった。


「あ、気が付いてる」


 明らかにほっとした声が、耳に響く。声の方を見ると、白いお下げ髪を灰色の頭巾で覆った、ロボと同じくらいの年齢に思える村娘らしい少女が、ロボの傍らに立っているのが見えた。


「気分は、どう? ルージャがここまで運んで来た時には、かなり熱があったけど」


 そう言いながら、少女がロボの額に触れる。少女の細い指のこそばゆさより、少女の赤色の瞳と笑顔が眩しくて、ロボはついと横を向いてしまった。


「うん、大丈夫ね」


 それでも少女は、安堵の笑顔を崩さない。ロボの身体に掛かっている毛布を取り除けると、少女は今度はロボの足首に細い指を当てた。


「まだ、腫れてるわね」


 少女の眉が、少しだけ歪む。そう言えば、右足の感覚が無い。悪い予感に囚われ、ロボはぱっと上半身を起こした。次の瞬間。


「いっ……!」


 激痛が、身体を走る。


「だ、大丈夫?」


 再びベッドの上に頽れて呻くロボの背を摩る少女の指の冷たさが、心地良かった。


「しばらく動かない方が良いわ」


 そう言いながら、少女の指がロボの背から右足へと移る。


「大人しくしてれば、治るから」


 少女の言う通り、しばらくじっとしていると、身体の痛みは綺麗に掻き消えた。


 ロボの足に置かれたままの少女の手を、見るともなしに見詰める。少女の手が微かに光っているのを見て、ロボははたと納得した。この少女は、回復魔法が使えるのだ。しかし、回復魔法よりも、少女の優しさの方が、痛みには効いているような気がする。毛布をロボに掛け直してくれる少女の姿を、ロボは陶然と見詰めていた。


「ライラ、どうだ?」


 その少女の傍に、不意に赤い髪の青年が立つ。ロボを泥濘から助けて出してくれた職人風の男だ。ロボは無遠慮に男を見詰めた。まだ若い。ロボよりも二、三歳上くらいか。背はそんなに高くないし、体つきもがっしりしているとは言えない。どこにでもいる普通の青年だと、ロボの目には映った。そして。男を見た少女の頬が、桃色に染まる。少女の変化に、ロボの心はこれまでに感じたことの無い感情に突き動かされた。本来なら、助けてくれたお礼を男に言わなければならない、のだが、何故か、言葉が出て来ない。


「もう少し、動かさない方が良いみたい」


 ロボの葛藤には構わず、少女が男に話しかける。


「『悪しきモノ』の所為かしら、怪我は捻挫だけだから大丈夫なんだけど、顔色が悪いわ」


「うーん」


 少女の言葉に、男は難しい顔をした。


「何か問題が有るの、ルージャ?」


「いや、しばらくここに置いておいても、問題は……」


「大有りだ」


 唐突に、鋭い声が割って入る。首を動かすと、ルージャと呼ばれていた男よりも大柄な、新しき国の騎士の正式な服装をした青年が、男と少女の後ろに立っていた。その青年から発せられる威厳に、逃げたくなる。毛布の中でロボが尻込みしている間に、青年は男の横に立ち、ロボを敵意の籠もった瞳でじろりと睨んだ。濃い色の髪と、灰色の瞳は、子供の頃のロボを助けてくれたあの人に似ている。しかしあの人はこんなに居丈高ではなかった。


「見習いとはいえ、新しき国の騎士をここへ運ぶとは」


 ロボを睨んだのと同じ瞳で、青年が男を睨む。


「怪我をしている奴を、放っておけと、レイ?」


 男の方も、その穏やかに見えた茶色の瞳で青年を睨み返した。


「優先順位をわきまえろ、と言っているだけだ」


「レイも、ルージャも、止めて。怪我人の前よ」


 男も青年も、一歩も譲る気配が無い。だが、少女の言葉で、二人は睨むのを止めた。


「とにかく、ここには置いておけない」


 不意に、青年がロボの身体を力任せに毛布と一緒に肩に担ぎ上げる。


「リールのところの見習いだな。訓練所に戻すぞ」


 青年の言葉に、少女が俯いて頷いたのが見える。


 少女にも、男にも、お礼の言葉を言うことなく、ロボの意識は再び闇へと溶けた。

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