その留め金を持つ人は

 と。中庭に転がっていた盾に、足を取られる。転ぶことはなかったが、上着のポケットから銀色の塊が飛び出すのを、ロボは見逃さなかった。


「あっ」


 銀色の留め金が見えなくなる前に、慌てて拾う。恩人の物である椿の形を模した留め金は、固い地面に落ちたにも拘わらず幸いなことに何処も壊れたり傷ついたりはしていなかった。


「それは……?」


 留め金を確かめるロボの背後から、訝しげな声が降ってくる。見上げると、少し青ざめたリールの顔が、ロボの留め金を見ていた。


「その留め金は、どうしたんだ?」


 リールの口調に、何故か責められているような様子を感じ取り、押し黙る。


「『廃城』に、肝試しに行ったのか?」


 中庭から見える、まだ雪を頂いた峻険な山々を指差して尋ねるリールに、ロボはようやく首を横に振った。この場所からは、この地方の中心地である副都の街は見えない、だが、人々を拒むような山々は、ロボの目にもはっきりと映った。


 副都の裏手、魔法で作られた峻険な山々の間には、かつてこの国を支配していた『古き国』の、女王が棲まっていたという石造りの城がある。しかし、古き国は政を誤り、それを正そうと立ち上がった『新しき国』によって百年ほど前に滅ぼされた。それ以来、古き国の城は誰も棲まうことなく、蔓草が石壁に絡む無様な廃墟となっている。そして、その城に侵入し、小さなお宝を持って帰る『肝試し』は、見習い騎士達の間では度胸を試す場となっていた。勿論、肝試しは、どこの騎士団でも禁止されている。


「いいえ。これは、……昔自分を助けてくれた人が、持っていたものです」


 掛けられた誤解を解く為に、ロボは正直に、留め金の由来をリールに話す。ロボの言葉に、リールの紺碧の瞳は急に丸くなった。


「その、恩人は、赤い服を着ていたのか?」


「いいえ。白い服に青のマントを着けていました」


 幼い頃に自分を助けてくれた恩人を捜すこと。それが、ロボが騎士になりたい理由のもう一つ。白い服に青のマントという、新しき国の騎士の服装をしていたのだから、騎士になればきっと、恩人の手掛かりを掴むことができるだろう。その、単純な考えを、リールの言葉が打ち砕いた。


「それは、新しき国の騎士を騙った古き国の騎士かもしれない」


 椿を模した留め金は、古き国の女王から授けられる、古き国の騎士の証。リールははっきりと、そう言った。では、ロボを助けてくれたのは、古き国の騎士、なのだろうか? 一度滅ぼされたにも拘わらず、再び新しき国を打ち破ろうとしているという噂や、統一の獅子王レーヴェに首を刎ねられた最後の古き国の女王が、今でも新しき国の王を呪い続けているという噂、そして女王の呪いの力を強固なものにする為に、罪無き人々の首を刎ねているという噂を、ロボはしばしば耳にしていた。いや、新しき国を統治している王は現在、理由の分からない病気で伏せっているし、統一の獅子王レーヴェの叔父に当たる人物が古き国の女王の呪いによって殺されていると、歴史書には書かれている。『古き国の女王が新しき国を滅ぼす』という、かつての古き国の女王が発した予言は、今でも時々人々の口の端に上る。


 そして、古き国の騎士達が罪無き人々の首を刎ねていることに関しても、噂ではなく事実であると、ロボは知っていた。ロボの家で働いていた召使いの息子が森で行方不明になった時、ロボも森の中を探す手伝いに駆り出されたのだ。そして、森の中で発見されたまだ新しい土盛りを掘り返すのを手伝わされた。その土盛りの下から見つかった子供の遺体は、確かに、首を切り離されていた。その時に見た、土に塗れた子供の、驚愕のまま固まった表情を思い出し、ロボは首を強く横に振った。不器用だったその子供は、ロボの従兄弟達のからかいの標的となっていた。あの時、従兄弟達からあの子供を守れるだけの力がロボに有れば、子供は森に逃げず、そして古き国の騎士達に首を刎ねられて殺されることもなかっただろう。王を呪い、罪無き人々の首を、例え子供であっても残酷に刎ねる。そのような卑劣なことをする騎士に、自分は助けられたのだろうか?


「大丈夫か?」


 不意に、リールの顔が眼前に現れる。


「悪かったな」


 リールにハンカチを差し出されて初めて、ロボは自分の頬を涙が伝っているのが分かった。


「いえ」


 リールのハンカチで、涙を拭く。手の中の留め金が疎ましくなり、ロボは留め金を地面に落とした。だが。


「持っていなさい」


 ロボの傍にしゃがみこんだリールが、ロボの手に留め金を返す。


「どんな人でも、君の恩人であることには、変わりない」


 リールの言葉に、ロボはただこくんと、頷いた。

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