訓練所の日々

 まだ少しどんよりとした空は、それでも、昨日よりは少しだけ碧くなっている。


 春に近いその空を見て微笑んでから、ロボは回廊の柱の陰から、広々とした中庭で思い思いに身体を動かしている、白い制服の上に訓練用の革鎧や板金鎧を身に着けた騎士達を眺めた。幅広の木剣を構え、腰を落として相手を狙う者、打ち合いから相手の急所へと素早く切っ先を向ける者。剣ではなく、槍を自在に操っている者も居る。自分も、あんな風に武器を扱うことができる騎士になりたい。訓練に勤しんでいる騎士達を見ながら、ロボは心からそう、思った。だがロボは、まだやっと十四の、見習いの騎士。母方の伯父の紹介でこの、副都の郊外にある新しき国の騎士達の訓練所に入ってからもうすぐ二つ目の季節が来るところだ。武器も防具もまだまだロボの手に負えないほど重い。そしてロボが現在訓練所で行っていることは、武具の手入れや訓練所の掃除、先輩達の世話などといった『雑用』と呼ばれる物事ばかり。しかしながら、その雑用をも、ロボはどちらかといえば楽しんでいた。ここに居れば、母と一緒に厄介になっていたあの伯父の家でのように、従兄弟達に執拗に苛められることは無い。それに。


「ロボ。ここにいたのか」


 ゼイルという名の友人の声に、振り向いて笑う。この場所に来て初めて、心を許せる友人ができた。それが、ここに来て良かったことの一つ。ロボの初めての友人であるゼイルは、ロボよりも少しだけ年上で、ロボより半年早く見習い騎士になったという。手先が器用で掃除が上手く、まだ見習い騎士の仕事に慣れない頃のロボに色々教えてくれた、掛け替えの無い、友人。


「やっぱり戦ってる騎士って格好良いよな」


 何か用があったらしい友人も、すぐに、ロボの横で中庭の騎士達を見物し始める。柔らかな光の下できびきびと動く騎士達に、見飽きることは無かった。


 と。


「何をしている」


 しまった。上からの罵声に、怖々と顔を上げる。予想通り、ロボとゼイルのすぐ側に、見習い騎士達を指導する役割を担っている中年の騎士の、茹で上がったように赤い顔があった。


「武具の手入れは、終わったのか」


「すみません」


 ここは素直に謝るしかない。庇うように騎士とゼイルの間に入り、頭を下げる。そしてそのまま、ロボはゼイルの手を取り、武具を保管する倉庫へ向かおうとした。と、その時。


「騎士達の動きを観察することも、立派な修行の一つだ」


 優しく強い声が、ロボの足を止める。見上げると、白い制服の上にきちんと板金鎧を身に着け、青いマントを薔薇を象った留め金で留めた金髪の偉丈夫が、ロボ達に笑いかけていた。この訓練所の最高責任者であるリール騎士団長だ。これまでは遠くから見掛けたことしかなかったが、輝くような金色の髪は目立つからすぐに彼だと分かる。


「リール様」


 その偉丈夫に、中年の騎士が頭を下げる。


「騎士団長の、仰せなら」


 そう言って、中年の騎士はロボ達の許を去って行った。


「さ、もう少しだけ、彼らの動きを見ると良い」


 但し、邪魔にならない場所で。そう言いながら、リールはロボ達を中庭の端へと連れて行った。


「少し、動きが鈍いだろう」


 冬の間あまり動いていなかったようだな。中庭に居る騎士達を、リールはそう評する。


「もう少し、足腰を機敏に動かさねば」


 そう言いながら、リールは徐に近くの騎士に歩み寄り、手本を見せるように木剣を無造作に構えた。次の瞬間、木剣の打ち合う音が、高く響く。そして。


「あっ」


 ロボが口を開けるより早く、リールの木剣は相手のこめかみ近くで止まっていた。


 眼前で繰り広げられたリールの技に、何も言えずに立ち尽くす。


「これくらい、動けるようにならなければ」


 そう言いながらリールがロボ達の方に戻ってきた時も、ロボはまだ口をあんぐり開けたままだった。


「さ、もうそろそろ武具の手入れに行きなさい」


 そのロボ達に、リールの声が降ってくる。


「早く終わらせないと、晩御飯に遅れてしまう」


「はい」


 今度はロボは素直に頷くと、ゼイルの手を取って武具の倉庫の方へと向かった。

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