第4話 思惑は下心?

     四


 斉藤まるだけでなく、うさぎまで採用されることになった。その報告をすると、


「私がコールガールになる」

「お嬢様のサキには無理」

「バツイチなんだからできるわよ」

「あたしがやるから、サキはミチさんに専念して」

「ミチさんと言えば!」

 サキがミチとの会話を情報として落とした。


 かれこれ十年くらい前らしい。

 ミチの姉が他界した時に、ひとり娘の存在を知ったと告げた。当時二十歳で、陽子という名の大学生。学生ということで援助をした。その恩返しとしてミチ夫婦に孝行を返し疑似親子を体験した、と語った。

 楓花のリストカットを両手で包み哀れみながら眼を潤ませた。

「陽子にもこんな傷があった」

 不憫に想い同居に至ったが、社会人となり家を出た。

 結婚の知らせを待ち続ける日々に、生き甲斐を重ねられた。思い出を語り合うことで色褪せることに抗っていた。


「便りがないのは元気な証拠」

 伝二郎(ミチの夫)が今際いまわきわに遺した言葉であった。

 家に連れて来たやんちゃな若者を、恋仲と勝手に勘繰った。と付け加えた。色褪せるものに縋る姿が痛々しかった。と締め括った。


「ミチさんのことは、はるちゃんに任せて、お二人で潜入捜査をしますか?」

「いいの?」

 うさぎは頷き、スマホを取り出した。


 小嶋が出した交換条件は、石・斉藤・小野の三人を潜入捜査に加えることだった。

 断る理由がなく同意して、三名を含む打ち合わせに至った。


「斉藤まるさんが、三名を紹介して下さい」

「赤瞳さんが二名なんですか?」

「助こまし、を演じる為です」

「無理ムリな設定ですね」

「私がロリコンでは可笑しいですか?」

「私たちは、援交相手なんですか?」

「経験値の少なさは、欲に塗れたけだものの対処に追われるもんねっ」

「楓花さん。恋愛の自由を口実にする風俗営業の恐さは、おどしとおだての透かしあいなんですよ」

「店は本来強制できないの。けれどそれじゃあ、客がつかない」

「子飼いの若い衆を使って、恐怖で支配してくるよっ」

「下手すると、薬漬けもあるわよ」

「そこで登場できるのが、紹介者なのよっ」

「私たちが働く女性たちを集めるから、一気にカタを付けましょう」

「云いたくありませんが、働くことを望んでいる方もいますよ」

「それは、借金で身動きできない人ですよね?」

「快楽の世界を理想郷と思っている方のことです」

「ブラック企業と知りながら、抜け出せない方々と同じなのでしょうか?」

「個性にもの申すことは、それなりの覚悟がいるもんねっ」

「覚悟ならできています」

「私も楓花に同じです」

 三名の手練れがそれで、言葉を飲み込むしかできなかった。

 うさぎは取り敢えず、承諾していた。



     五


「お嬢さん、新人ですか?」

「新人ですからお手柔らかにお願いします」

 

 若さを売りに出来る楓花とサキは、お客からの受けも良く、客引きに重宝がられた。

 早番という酒と無関係の時間帯勤務だけがネックになっていた。

 上客と呼ばれる羽振りの良い人の多くは、酒の力を借りてやって来る深夜帯に固まっていた。

 取り分け問題を起こさずに経験を重ねた。

 

 一週間ほど経った日の控え室で、陽子という源氏名の女性が話し掛けて来た。

「若いって罪作りよね」

「どういうことですか?」

「抜け出すなら、早い方が良いわよ」

「今は、男の人の下心を知れて楽しいんですが!」

「男はいないの?」

「結婚して一週間で離婚しました」

「あなたは?」

「援交相手のおじさんが役に立たなくなってここを紹介してくれました」

「ピンハネされてるのね」

「いえ、ボーイをしていますよ」

「あのハゲオヤジの紹介だったの?」

「ハゲオヤジ?」

「ごめん御免。そのうち解ると思うけど、薄い人って優しいけど、強いみたいだから気をつけなよ」

「強い?」

「性欲」

「暴力かと思っちゃいました」

「暴力団関係者なの?」

「多分違うと思います」

「あたしをここに落とした奴よりマシかな?」

「まるで、人身売買ですね」

「そう、店から金をふんだくってバイバイされちゃった」

「お金をふんだくれるの?」

「あたしたちが逃げられないように、お給金を先払いさせるシステムなの」

「お客さんが払うお金を?」

「無条件で、一見さんを宛がわれるのは、その為よ」

「ならあたしたちは違いますね」

「よかったじゃん。それならなおのこと辞めた方が良いよ」

「どうして?」

「デリバリーに廻されたら、情婦みたいな扱いになるのよ」

「情婦?」

 陽子がカレンダーを見て、

「今日は残業しちゃダメよ」

「まだ残業したことないですよ」

「新人だもんね」

「二週間くらいです」

「カレンダーの証しがある日は、絶対に残業しちゃダメだからね」

「有難う、気をつけるわ」

「陽子さん、お客様ですよ」

 うさぎが控え室のカーテンの隙間から声を掛けた。楓花とサキにウインクをして、陽子を送り出していた。

 楓花はスマホを取り出して、メールを送信していた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る