第3話 影踏み遊び
三
速い・安い・美味い、とはよくいったもので、せっかち気質の日本人に親しまれたのは必然に念えた。
個人の好みに併せて薬味を入れ、刺激を調整して食べ始める。寡黙に掻っ込む理由さえも置き去りにして、両手を併せて終了を感謝した。気を利かせた従業員が丼を下げに来て、「お粗末さまでした」と囁いた。
二人が眼を見張り、「御馳走さまでした」と返したのは、条件反射である。
「メガサイズを平らげられるのは、若い証拠ですね」
「痩せの大食いとは、よく言われます」
斉藤まるが時計をみた。
「この後、どうしましょうか?」
「面接の時間まで、どのくらいあるのでしょうか?」
「無理を言って、三時にして貰いました。
「暑気払いでもしておきますか?」
「呑むのですか?」
「石も木も、
「なんですか、それ?」
「暑さを凌ぐ行為を、暑気払いというのです」
「それって、海水浴も含まれますよね」
「海から離れた方々は如何するのです?」
「山ですと、清流でスイカを冷やして、な~んてのもありますよ」
「私の幼少期は、女子たちが影踏み遊びをしていました」
「知ってます、知ってます」
うさぎが幼少期の自分と、斉藤まるをダブらせた。
「滴る汗をハンカチで拭う仕草に目のやり場に困りました」
「純粋だったのですね」
「本音をいうと、汗で透けたブラウスをガン見できなかっただけなんですけどね」
うさぎの想像が
初恋はレモン色の如く淡く儚いもの。その想いから、甘酸っぱいことのはず。
影という闇が本性を暴くなら、闇が悪いのではなく、人の願望自体が悪いとなる。
欲を制御できないから、悪意に塗れるのである。解っていてもできないから、人が弱い生物だと証明していた。
かき氷を求めて徘徊し辿り着いたのが、レトロな雰囲気を醸し出す、古き良き時代の喫茶店であった。
お通しのように出される
「かき氷のメロンをお願いします」
従業員が復唱して踵を返すと、
「あっ、と、僕はいちごでお願いします」
斉藤まるは、練乳と迷ったあげくに決めていた。かき氷に思いを馳せ、童心が甦っていた。
うさぎは心の中で、『如何してこんな大人になっちゃったんだろうか?』と、思い返していた。
「どうしたんですか?」
斉藤まるは、その疑問さえ持てなかった。
人が作り出した現在は、想像が萎んだことが原因で、理想は誰かが創り出すもの、になっただけ。
『家宝は寝てまて』と云われた過去は、格言を造語に変換し、死語となりながら概念となっている。
時間が刻まれた過去が、いつの間にか流れ続けるもの、になって終った。刻まれるから遺すという気概がないのが現実であった。
夢という言葉を乱用して人に植え付けたものは、空想と現実を完全に分け隔てて終った。思い入れに限界を感じた若者たちは現実に見切りを付けている。その結果が、楓花のようにリストカットを残したのだ。
傷はリストカットだけではない。
心に負った者たちが自害に至る現実が、全てを物語っていた。時間の経過と共にそれらは見えるようになる。それでも隠し続けようとするから、現実そのものが、影踏み遊びになって終ったのである。
二人は、目とも鼻とも解らない麻痺を克服しながら、かき氷を
うさぎの妄想は、現実を見切っていた。
斉藤まるは、麻痺を快楽に受け取りかき氷を完食している。そういう現象を秘めた人々で賑わう場所が風俗業界であった。
「俺は客だ」と威張ることを、否定も肯定もできないことが、サービス業と云われる昨今。
欲の
妖しい魅惑に溢れる理由は、金さえあれば、王様になれる世界だからである。
己の恥と外聞を捨て、一時のうつつに身を委ねられる魅惑の世界。歪んでいることにも気付かない。
歪みは必ず破裂を起こす。
大小は代償に遺す。
大いなる力が引き寄せた場所は、半グレだけでなく、影を踏みたくない暴力団が支配する場所であった。その場所は謂わば、迷宮である。
迷路に包まれた迷宮は逃げ道を断たれ、骨までしゃぶりつくされて終う。資金源を断つには絶好だが、伴うリスクは比ではなかった。
うさぎは信念で脱出経路を模索し、瞑想に落ちていた。限りなく安全な道を確保して措きたかった。
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