第2話 想いと思いの違い

     二


 楓花とサキが交替で、ミチのところに通っている。時には一緒に通うときもあった。


「この書類にサインを貰って下さい」

 うさぎがサキを呼び止めた。

「保証人ならお断りします」

 サキは両親から耳が痛くなるほど聴いていた。お人好しのツケは、小銭を取られるか、保証人になり破滅に陥るケースに分かれる。


 冗談半分で云ったつもりでも、受け取る側の内面は判らない。それですら経験しないと、身に染みない。うさぎはそれも学びの一環と考えていた。


「破壊された玄関の修繕費なんですがね」

「なんでそれを先に言わないかな?」

「御免なさい。荒井さんから渡されたものですから」

「渡されたって、審査で落とされるんじゃないかなぁ?」

「警察の推薦は、被害者救済措置の一環です」

「知ってるけど、行政機関には、血も泪もない冷血漢ばかりでしょう」

「私の仲間たちは、それを確認することも範疇にしています」

「貰える可能性が高いのね」

「はい。後期高齢者の収入は、年金だけですから」

「解った。ちゃんと説明して、書いて貰ってくるね」

「お願いします」

 サキが楓花に、おいでおいでと手招きして、連れだって出ていった。


 うさぎは二人が居ない隙に、火事全般をこなす。

 洗濯物だけは別々にしていた。汚いと云われたことはないが、娘に嫌われる第一と思い込んでいた。

 洗濯物かごの中に、ネットに入れられたものが入っていた。思案六方の末に、覚悟を決めた。


 来客のチャイムが鳴った。

 扉を開けると、斉藤まるが立っていた。

 

「どうしたのですか?」

「任務を言い渡されたのですが、ひとりでは心細いもので」

「取り敢えず、中に入って下さい」

 うさぎは手招いた。

「失礼致します」

 普段と違う堅苦しさに違和感を感じた。


 ソファに座らせ、何よりも先に、要件を訊ねた。

「潜入捜査を言い渡されました」

「潜入捜査?、ですか」

「会員制の風俗営業店です」

「非合法風俗店ですか?」

「ある種の、『苛め』ですよね」

「純子さんに云われましたか?」

「自分のことを、歩く性殖器と笑っていました」

「勘違いですね、それは」

「そうでしょうか?」

「男としての自尊心を試されたのです。思いやりに長けた純子さんらしい応援です」

「応援なんですか?」

 うさぎが語り始めた。


 動物は基本、雄と雌の繁殖行為で連鎖され受け継ぐもの。私はそれを含めて、『営み』と形容します。

 生きる意味は、それぞれに見いだすものですが、三大欲求を満たすだけでは、未来に繋げられません。


「三大欲求?ってなんでしょうか」


 衣・食・住、と云われた時代もありました。今は住宅が持つ意味を考えましょう。

 大事なものの安全を確保する為です。なぜ大事なのかが、理解されていません。

 欲は誰にでもありますが、抑制するのは大変です。大昔の偉人ですが、モーゼという方が気付き、聖書バイブルとして残しました。

 神の子のイエス様が、長短を是正したものが、新約聖書です。その新約聖書も、人の心に届ききれていません。理解の尺度が違うまま、現在まで試行錯誤を繰り返しています。

 懺悔の大事さは、神の子ゆえに解けたものです。素直に詫びることができる人は数少ないです。


なんじ右の頬を打たれたなら、左の頬を出して打たれなさい。というものもありますよね」


 それも一理ありますが、詫びていません。


「なぜ詫びる必要がある。のですか?」


 世の中は、想いが溢れて創り出されました。分裂したものが、善悪・良否・男女となります。なぜ分裂した、と思いますか?


「解りません」


 想いと思いが別れたのです。

 私にとっての善も、斉藤まるさんにとっては悪になることもあります。


「なぜ別れたのですか?」


 その理由が『知恵』だと、私は考えます。


「どうして、そう考えたのですか?」


 億単位で生まれた『元素』が、『合成』を繰り返した理由が、そこにあります。


「理由?、ですか」


 相性があることは、『反発』で解ります。

 『分離』は、引き裂かれたのではありません。考えられるのは、『希望』が生まれることです。それが事実なら、それこそが『奇跡』とは想えませんか。


「奇跡が分裂を促した。というのですか」


 期待することは、まだ可能性があると気付くことです。諦め無いことが、次に繋がることは、知っていますよね。


「勿論です」


 大事なものがなんだか、解りませんか?


「家族ですか?」


 自分が生きていた証しを受け継ぐ者になります。神の悪戯いたずらは、大事なものを大事に扱える者に課しました。


「子に恵まれないことですか?」


 試練を乗り越えて欲しい。親心は神の心根なんです。

 血の道は因果応報と云われます。


「なぜですか?」


 途絶えることを理由にするな、と言っていると想えませんか。


「さっき云われた、証しに関係しますよね」


 養子縁組という手段もあります。考えれば、ほかにもあるはずです。


「知恵を使うんですね」


 純子さんの期待に応えましょう。


「はい。ですが、・・・」

「大丈夫です。私も一緒にいきますから」

 斉藤まるのやる気を確認したうさぎが笑みをみせて席を立った。

「赤瞳さん」

 斉藤まるが、呼び止めた。

「お昼をおごらせて下さい」

「それはお断りします。ですが、昼食は外で食べましょう。出かける前に、洗濯物を干させて下さい」

「主夫なんですか?」

「当番なんですよ」

 うさぎは笑っていたが、誤魔化しが利いていたかは謎であった。

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