第2話 人に云えない想い出
三
警察署に居ることが、
昭和の時代ならば、
『叩けば誇りが出る』という熱血刑事が居そうだが、時の流れで、『暴力追放』のかけ看板を垂らし、モデル地区が市内を埋め尽くしていた。時代背景は、誰にでも平等だが、協調できない者を排除する傾向が強まっていた。
全てを他人事にして、
「強行犯係は、どちらでしょうか?」と、低姿勢で案内係に訊ねていた。
「反抗的に振る舞うことは、輩に成り下がることだ」 や、
「徒党を組めば、誰しもが
「折角親から貰った命なんだから、大事にしろ」
「若さの捌け口を間違えるな」 など。
目を閉じるだけで延々と、おじからの説教が
やんちゃなくせに、心に響いた言葉は、
「目の前にあるものが間違いなら、相手を説き伏せるだけの、知恵を身に付けるんだ」であった。
追加される言葉はいつも同じで、
「規則が間違っているならば、まず従うんだ。守れない者に、御託を言う資格はない」
言った叔父は、泣きながら抱き締めてくれた。
骨が軋むほど強く、一人前の男として
「おっ、赤瞳じゃないか!」
強面の
うさぎはお辞儀をしてから、男の顔を覗き込んだ。
「荒井さん、ですか?」
「おぅ、覚えていたか」
荒井と喚ばれた男は、安堵の笑みを浮かべたが直ぐに、
「また何かやらかしたのか?」と、笑みを消し、心配そうに問い掛ける。
「わ・私ではありませんよ」
うさぎは、刹那に手を振っていた。そして、「何時まで経っても、やんちゃに見えますか?」と、切り返した。
「ん~~!」
荒井は考えながら、うさぎの手を
「任意か?」と、半ば
「娘の身元引受人として呼ばれたのですよ」
「娘?」
今度は間の抜けた面持ちで、問い掛けていた。内心では、
『種食う虫も好きずきって言うからなぁ』と、自己完結にうつつを抜かしていた。
そんな荒井を余所に、
「強行犯係に行きたいのですが」ペロッと、言い放った。
「?、生活安全課じゃないのか?」
荒井は不意打ちを食らったように聴き返した。
「娘、だからですか?」
「あぁ」
荒井は、ため息にも似た固唾を吐き出した。
「若しかして、あれか!」
目線を宙に泳がし呟いた。
「なんですか、あれって?」
荒井は視線を戻し、うさぎを見詰め返した。
「最近は、半グレと称される輩が乱立して、騒ぎを起こしてやがる」
「暴力団対策法で、支配勢力図が変わった。という報道は、よく耳にします」
「奴らにとっての目の上のたん瘤が、地下に潜ってくれたからな」
「なんでもあり、なんですか?」
「あぁ、薬も詐欺もなんでもやってるよ」
うさぎは、荒井の言葉から、哀れみを感じ取った。
胸騒ぎが気持ちを急かした。
「連れてって下さい」
言うなり、荒井の手をとった。
荒井はとられた手を振りほどき、踵を返した。うさぎはそれで覚悟を決める。
寡黙に追従して階段を上った。
三Fにある部屋は、肌を刺す空気感だった。
扉を開けた荒井が徐に
「お~い、うさぎと名乗る娘を、連行したのは誰だい」荒井が声を張って、隅まで聴こえるように云った。
侵入者に一別くれたものの、それぞれが何も無かったかのように無関心を決め込んでいる。行き場を無くした無機質が、刑事らしきひとりを立たせた。
「連絡したのは自分ですが、連行したのは、榊楓花という娘ですよ。荒井さんの知り合いだったんですか?」
「おぅ、長沼警視長の親戚らしい。それで、嫌疑はなんだい?」
「重要参考人です」
「第一発見者なのか」
「死体の横で寝てました」
「死体? 死因は?」
「絞殺です」
「凶器は?」
「鑑識さんが、布状と言ってました」
「見つかってるのかい?」
「まだです」
「それで、害者さんの身元確認は?」
「浮浪者の身なりなので、まだ特定できてません」
「浮浪者? ならば、動機が精査出来ないな」
「それで、弁護士の同伴をお願いしました」
「未成年だからかい?」
「事件を視ていた可能性があるので、事情聴取を行いたいのですが、多量の飲酒で、言ってることが理解出来ないからです」
荒井が、うさぎに向き直り
「だってよ!」
「成人法が改訂されても、お酒は二十歳からですもんね。それでも、飲酒には同席していました」
「ごめんなさいして、連れて帰りたいかい?」
「勿論です」
うさぎの気持ちを理解した荒井がにんまりして、
「親らしい顔つきになったな」と呟いた。
「叔父の気持ちが、やっと理解できました」
「手を焼く子供ほど、可愛いんだよ」
「有難う御座いました」
うさぎは、これ以上無理というくらい躰を折り曲げて、感謝を表現した。
お小言を経のように聴き、
「捜査の進展には協力してやれよ」と云われ、無事帰宅の途についた。
二日酔いで項垂れる楓花を抱き支えながら、一抹の不安はあったのだが。
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