魔女と黒猫

瀬戸卯辰

星降る街

 私は空を飛んでいます。見渡す限り青色が広がる空です。

 相棒のシュティも鬚をたなびかせながら目を細めて気持ちよさそうに風を浴びています。真名はシュテインと言いますが私は何時もシュティと呼んでいます。彼とも長い付き合いなのでお互い愛称で呼び合っているのです。


「フィア、そろそろ目的の場所が見えてくるぞ」


 シュティが私のことを呼びました。フィアは私の愛称です。本当の名前はソフィアと言います。それはそうと、シュティの言う通り目的地が見えてきました。私たちが向かっている場所は星降る街、シューグスタです。

 どうやらこの街は夜になると幾つもの流れ星が見えるようです。私はこの街の話を聞いた時、真っ先に来てみたいと思いました。どこだったか覚えていませんが過去に聞いたことがあるのです。流れ星が流れていく間に願い事をすると願いが叶うと。


 私には叶えた願いがあります。それが何か、不思議なことに私は分かりません。ですが、心の底から叶えたいと思っていることがあるのは確かです。それもずっと昔に願ったことなのかもしれません。ですが、その願いが今も心の中にあると言うことは叶っていないなのでしょう。


「そろそろ歩いて向かった方が良いかもしれません。この世界には魔法も魔術もそれに類する物は無いようですからね」

「仕方がない。降りるとしよう。それにしても退屈な世界だ」

「地球と呼ばれている世界みたいに案外楽しいことがあるかもしれませんよ。あ、そうです!」

「どうした?」

「思い出しました。流れ星の話を聞いたのも地球でしたね」

「地球......覚えてないな。そんな世界」


 私は箒を操って地上に降り立ちました。

 久しぶりに踏んだ地面の感触は硬いです。きっと整備されているからでしょう。よく見ると車輪の跡も見えます。


「フィア、私を肩に乗せろ」

「それくらい自分で出来ますよね? はぁ、全く仕方ないです。シュティは街が近づいてきたら猫の真似をしてくださいね」


 面倒臭がり屋のシュティを肩に乗せてから私は街に向けて足を進めました。

 シュティは、本当は凄い子なのですが滅多に力を使おうとしません。そのせいか無気力で少々我儘になってしまいました。まあ、それもそれで可愛いのですから問題はありません。




 思いのほか街に着くまでに時間が掛かってしいました。これも箒ばっかりで移動している弊害です。この世界では出来る限り魔法は使わないようにしないといけないので馬車を買うのも良いかもしれません。


「いらっしゃい。お嬢さんは旅人かな? この街に入るには5000リリス必要だよ」

「これでお願いします」

「ちょうど5000リリスだね。はい、通って良い」


 門番さんにお金を渡してから門を潜ります。

 後ろから『楽しんでくださいね』と声を掛けられたのでお辞儀をしておきました。シュティも鳴いているのでなんだかんだ楽しみなのかもしれません。


 シューグスタは正直に言って今まで見てきた街と違いはありませんでした。少し期待をしていた分、残念な気持ちです。でも、この街の醍醐味は夜になってからです。それまでは宿を取って街中を散策したいと思います。


『おい、フィア。あそこに美味そうな串焼きが売られているぞ。私の分を買うのだ』


 目ざとく屋台を見つけたシュティが、私の頬をその可愛らしい肉球で叩きながら念話を使ってお願いしてきました。朝ご飯は食べましたが私も少々お腹が空いていたのでシュティの要望通り串焼きを買うことにしましょう。


「おじさん、串焼きを2つください」

「はいよ、2本だと300リリスだね。でも、お嬢ちゃんは可愛いから50リリスおまけして上げよう」

「それはありがとうございます」


 屋台のおじさんのご厚意に甘えて50リリスもおまけしてもらいました。私はおじさんから串焼きを受け取ると道の端にあったベンチに座ります。すると肩に乗っていたシュティが下りてきて串焼きの匂いを嗅ぐと齧り付き出しました。


「シュティ、お行儀が悪いですよ」

『気にするものか。私は猫だぞ』


 はぁ、とため息をついてから私も串焼きに手を付けます。

 何のお肉でしょうか? 近いところだと豚やグルテンス、オークなどと言ったところでしょうか。少し噛み応えはありますが噛めば噛むほど肉汁とタレが染み出してきて非常に美味しいです。ただ、私には少し重そうなので2口食べてから残りはシュティに上げます。

 シュティはこの串焼きが気に入ったようで口周りをタレでギトギトにしています。

 後で綺麗にしてあげないといけませんが見渡した限り水場はなさそうです。仕方ないのでこっそり魔法で綺麗にしてしまいましょうか。いけませんね、この世界では極力魔法を使わないと決めたばかりなのに決心が揺らぎそうです。


『食った、食った。吾輩は満足だ。宿に行くぞ、フィア』


 私が考えことをしている間にシュティは先に歩き出してしまいました。尻尾を左右にゆらゆらさせながら歩く姿は優雅に見えますが口の周りが汚れているので台無しです。

 私はシュティの傍まで駆け寄るとポケットにしまっていたハンカチでシュティの顔を拭きます。これでこのハンカチは普段使いできなくなりました。しっかり洗濯すれば問題ないのでしょうが気分的に使いたくはありませんね。きっとタレの匂いを思い出してしまうでしょう。


『うむ、ご苦労』


 口周りが綺麗になったシュティは今度こそ気品ある猫として道を歩き出しました。その足が迷いなく進んでいるのを見れば宿屋の場所が分かっているのかもしれません。ですがこれで全く関係ない所にいかれても困るのでシュティは私の肩に乗っていてもらいましょう。


『これ、フィアよ。何をするか! 下ろすがいい!』

「どこかに行っても困るので大人しくしていてください」

『何を言うかフィアよ。私は魔王様のペットだったのだぞ。宿屋くらい簡単に見つけられるわ。付いてくるが良い』


 そこまで言うのならばと自由にさせます。確かにシュティが気に入るような宿屋なら良い場所でしょう。


『臭うぞ、フィア』

「し、しかたありません。私は旅人なのですよ。毎日お風呂に入ることなんてできません!!」

「何を言っているのだ? そんなことよりあの宿から極上の臭いがするぞ。滞在場所はあそこで決定だ」


 シュティが言葉足らずのせいで周りの人に見られてしまいました。きっと猫に対して大声を出している変な奴だと思われてしまったことでしょう。

 これも全てシュティのせいです。宿に着いたら早速お風呂に入ってやります。もちろん、シュティも連行して身体の隅々まで洗ってあげましょう。


「あ、お客さんだ。いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「ええ、一人です。後、猫が一匹いますが大丈夫でしょうか?」

「猫ちゃんですか? わ、ホントだ。可愛い猫ちゃんですね。調度品を壊さなければ大丈夫ですよ」

『この小娘は吾輩の可愛さを良く分かっているようだな。私の鼻は今日も絶好調だ』

「この子はシュティと言うのですよ」

「シュティちゃん、こんにちは」

「にゃ~ん」


 シュティが猫の振りをして従業員の少女に挨拶を返しました。

 少女はシュティが余りにも可愛かったからでしょうか、私に許可を取るとシュティを撫でまわします。シュティも気持ちよさそうです。


「あ、すみません。つい」

「気にしなくても大丈夫ですよ」

「そうだ、お客さんは星降りを見に来たんですか?」

「星降り? この街は流れ星がよく見えると聞いたので来てみました」

「あれ、星振りが目的じゃないんですね」

「星降りが流れ星ではないのですか?」


 てっきり私は流れ星がよく見えるの街なのだと思っていましたがどうやら違うようです。


「星降りは本当に星が落ちてきますよ。だからこの街は星降りの街って呼ばれてるんです。それに星の欠片は願いを叶える不思議な力を持ってるって噂です」

「願いを叶えるですか?」

「はい! どんな願いも叶えてくれるみたいです。私のお父さんも小さい頃に星片を拾って、それでお母さんを手に入れたんだってよく言ってます。そんな御伽噺みたいなことあるわけないのに何時も自慢するんですよ。ほんと、呆れちゃいます」


 願いを叶える星の欠片。その話が本当かどうか調べてみるのも良いかもしれませんね。

 流れ星を見て願い事をする。あわよくば願いが叶えばと考えていましたが本当に叶ってしまうかもしれません。


「その星降りは今夜でも見れるのですか?」

「うーん、預言者様は近いうちに星が降るって言ってますけど今日かは分からないです」

「それなら星降りが見れるまではお世話になるかもしれませんね」

「ありがとうございます! お母さん呼んで来るので少々お待ちください!」


 少女は嬉しそうに微笑むと裏に入って行きました。それからしばらくするとふくよかな体型の女性が出てきて宿の手続きをしてくれました。

 どうやら彼女が少女の母親のようです。話しているととても落ち着きます。もう記憶にも残っていない母が傍にいるかのように私の心は満たされました。これなら少女の父親が自慢したくなるのはしょうがないですね。


「ダクトは今日遅くなるって連絡を貰ってるよ」

「えー、せっかく勉強を教えてあげようと思ってたのに」

「ノーラが外に出たがらないからじゃないかい。男の子は外で遊びたいものさ」

「だって、外って怖いんだもん。それに......」


 女将さんから部屋の鍵を受け取ると早速部屋に入ることにしました。階段を上がる途中、少女と母親の会話が僅かながらに聞こえます。

 それはそうと、この宿にお風呂があることは確認済みなのでお湯に浸かるためにもシュティを捕まえてお風呂場に向かいます。シュティはお風呂に入るのが嫌なようで何とか逃げ出そうとしますが、私の早とちりだったとは言え臭うなどと言われたら臭くないか気になって仕方ないのが乙女と言うものです。

 お風呂がある部屋は少ないようでそれなりの値段がしましたがこれも必要経費と言うやつでしょう。今はお金よりも湯船に浸かることが最優先です。


「吾輩は布団でゆっくり休みたいのだ。フィアの長風呂に付きやってやる程お人よしではないぞ」

「まあまあ、そんなこと言わないで一緒に入りましょうよ。私とお風呂に入れるなんて幸運なことですよ」

「フィアのような貧相な体には興味はないな。入るなら魔王様だ。それかアリアナ様のような胸のある女もいいな」


 口が回るシュティを魔法で拘束してからお風呂にお湯を張ります。蛇口からお湯を入れるのが正しいのでしょうが今回ばかりは魔法で代用します。これは緊急事態なので仕方がないですよね。


 お湯を張り終えたのでまずは身体を洗いましょう。旅の途中で購入した花の香のする石鹸を使って丁寧に汚れを落としていきます。その後は髪の毛も洗い、次はシュティの番です。


「あ~、そこだ。そこをもっと掻いてくれ」

「凄い汚れてるじゃないですか。これで布団に入ろうとしていたのですか?」

「そんなわけが無かろう。吾輩ほどの猫になれば汚れを一瞬で落とすことなど容易いことだ」


 ゆっくりと浸かるためにも身体を洗っていたのですが思っていた以上にシュティは汚れていました。きっと昨日の夜に泥遊びでもしていたのでしょう。石鹸の泡が一瞬でまっ茶色になってしまいます。それに汚れを落とせるなら泥遊びをした直後にやって欲しいものです。


「吾輩は飽きたから先に上がるぞ。乾かしてくれ」

「シュティは我儘ですね。はい、どうぞ」

「うおぉぉおお。待っていてくれ、吾輩の布団ちゃん!!」


 風を生み出してシュティを乾かしてあげれば物凄い勢いで飛び出して行ってしまいました。さっきまでの威厳はどこに行ってしまったのでしょうか。まあ、いいでしょう。私はゆっくりと疲れを癒したいと思います。


「ふぅ~、温まりますね」


 少し温度を高めにしておいて正解でした。体の疲れが一瞬にして溶けだしてしまったかのようです。水面が鼻に触れるかというギリギリまで浸かりながら温まります。

 今思えばこの街に辿り着くまでは他に村などは見つけられなかったので2週間はお風呂に入れていませんでした。毎日体は拭いていたのですが湯船に浸かるのは違いますね。お風呂は良い物です。




「...き...ろ。......きろ。起きろ」

「ん? シュティ?」

「やっと起きたか。いつまで寝ているんだ。外はもうすっかり夜だぞ」

「......え!?」


 私は窓の外を見て驚愕に身を染めてしまいました。いつの間に寝ていたのでしょうか。外はもう真っ暗です。お風呂場も光を灯す物が無いせいで外と同じく暗闇に支配されています。その中に二つ、真っ赤に染まるシュティの瞳があるのが私に根源的な恐怖を植え付けようとしますが、シュティなら問題ありません。何せシュティは可愛いのですから。


「とっとと風呂から出るんだな。風呂に浸かりすぎるのも体に良くないと魔王様は言っていたぞ」

「それならもっと早くに起こしてくれても良かったではありませんか」

「なに、吾輩も今起きたところだ」

「そうだったのですね」


 私は温くなってしまったお風呂から上がると壁に置かれていたタオルを使って体を拭きます。その後は服を着て準備は完了です。知らないうちにこんな時間になってしまったのは驚きですが夜までの時間を潰せたと思っておきましょう。


「流れ星を見に行きませんか?」

「吾輩は夕食が先でも良いが悪くはない提案だ」

「この時間では夕食は出てこないと思いますよ。外に出たら手持ちの保存食を食べますか?」

「仕方ない。それで我慢しよう」


 時計を持っていないので今が何時か分かりませんがきっと夜も遅いのでしょう。宿屋の1階は食事処のはずなのに声が聞こえません。つまりはそれほど夜が深いと言うことです。

 寝ている方たちを起こすのは忍びないので音無くしの魔法を使っておきます。これくらいだったらバレることは無いでしょう。


「シュティ、行きますよ」


 シュティを呼んで肩に乗せてから部屋を出ます。階段を降りて一階に着くと厨房には光が灯っていました。明日の仕込みでもしているのでしょう。


「あれ? あんたは旅人さんじゃないか。夕食を食べに来なかったから心配したんだよ?」

「ご心配お掛けしました。旅の疲れが溜まっていたようで直ぐに寝てしまったみたいです」

「そうかい、そうかい。あんたも若いのに大変だね」

『この女、フィアのことを若いと言ったぞ。自分の方がずっと若いのが分からんのか。にゃははは』

「シュティ!」

「どうしたのさ?」

「あはは。この子の爪が肩に食い込んでしまって」


 女性の年齢の話をするなんてシュティは最低な猫です。私は今でも少女なのですから。外に出たらお仕置きですね。


「そうかい。それでお嬢ちゃんは星を見に行くのかい?」

「ええ、そのつもりです」

「それだったらこれを持っていきな」

「これは?」

「夕食の余りもんさ。後で食べようととって置いたんだけどお嬢ちゃんが外に出るなら持っていくといいよ。夜の外は寒いからこれを飲んで温まりな」


 女将さんは野菜とお肉が挟まったパンと温かいスープの入った容器を渡してくれました。有り難く受け取ってから私たちは宿を出ます。

 外に出ると冷たい風が私の肌を撫でていきました。これでは身体が冷えてしまいます。暖かいスープを用意してくれた女将さんには後でもう一度お礼を言っておきましょう。


「ここでは街の明かりがありますね。少し離れるのはどうでしょう?」

「どちらでもいいぞ。吾輩はその食べ物のほうが楽しみだからな」


 シュティは食いしん坊ですから仕方がありませんね。

 私はシュティを抱えると少し街中を歩きます。時間的には仕事が終わって酒場で騒ぎ疲れた男衆がそれぞれ帰路についている頃合いでしょう。道の端には酔い潰れた男の人が地面に横になっています。帰れるか心配ですが巡回兵もいるようなので大事には至らないですね。


 周りを見渡し、誰もいないことを確認してから路地裏に入ります。鼠でしょうか、小動物の鳴き声が聞こえますがここなら人目に付かないので大丈夫そうです。

 私は杖を取りだすと姿隠しの魔法を使います。これで他の人たちからは私たちは見えなくなったことでしょう。


 箒を取り出して空に飛びます。

 星を見るなら周囲が真っ暗な方が綺麗に見ることでしょう。綺麗な景色を見るのに妥協をしてはいけません。道中もこの街に着いてから流れ星を見ようと夜空を眺めることはしませんでした。


 街から離れる間、女将さんに貰った夕食を食べることにします。シュティはお肉にしか興味がないようでサンドイッチに入っていたお肉を取り出すと両手を使って一心不乱に食べ始めました。

 私はお肉が無くなったサンドイッチを頬張りますがタレがパンに浸み込んでいてとても美味しいです。それに野菜たっぷりのスープも冷めていく身体を芯から温めてくれます。


 ふぅ、と一息ついて空を見上げると満天の星空がそこには広がってしました。大きい光、小さい光、それから赤い光に青い光。色んな光が溢れています。

 幾星霜。そんな言葉が浮かび上がりました。どの世界を旅しても星空は決まって美しいものです。一体どれ程の月日を掛けてこの光景が生み出されたのか。私が生きて来た時間がちっぽけに思えるほどの景色に私は圧倒されてしまいました。


「ソフィ、あれを見ろ」


 食事を終え、毛繕いをしていたシュティがある一方を指し示しました。その先にあるのは一条の光です。


「あれは...星降り?」


 最初は流れ星だと思いました。しかし、違います。その光は消えることがありません。それどころか徐々に明るさを増してきました。

 そして、光が膨れ上がりました。目を瞑っても明るく、発光は数秒ほど続きます。

 制御を失った箒が不安定に揺れますがしがみ付くことでどうにか対処しました。シュティは星降りが眩い光を放った瞬間に慌てて飛びのいてしまいましたが宙に浮くことで落下するのを防いでいるようです。


「消えてしまいましたね」

「消滅したのか?」

「どうでしょうか。少し見に行きますか?」

「面白そうだな! 行ってみよう」


 シュティも賛同してくれたので星降りの落下地点に向かうことにしました。声がして振り返ると街が騒がしいです。きっと星降りがあったと騒ぎになっているのでしょう。もしかすると捜索隊が出てくるかもしれません。


「んにゃ! もう人が出て来たぞ。もっと速く移動できないのかフィアよ」

「仕方ないですよ。これ以上出力を上げれば壊れてしまいます」

「じれったいな。先を越されるかもしれんぞ」

「だったらシュティだけ先に行っていても良いですよ」

「それは面倒だから断る。吾輩は楽をして生きたいのだ」


 シュティはそう言うと私の肩に乗ってきました。本当にシュティは怠け者です。この調子ではいつかブクブク猫ちゃんになってしまいそうです。




「さっきの小僧が一番近かったな。だが、一番乗りは吾輩だ」

「シュティは今日も可愛いですね」


 箒を肉球で叩きながら「進め、進め」と指示を出すシュティの背中を撫でます。この肌寒さにはシュティの体温も合わさり、陽の暖かさのように感じます。


「何かあるぞ! あれが星片か? ただの石ころだな」

「んー、ですが落下地点は此処で間違いないと思いますよ」


 私たちが目的の場所に着くと荒れた地面の中央にぽつりと拳サイズの石が落ちていました。周囲は草原で、ここだけ荒れ地なのは星降りの影響でしょうか。


「とりあえず拾ってみましょう」

「呪いの類は無さそうだな。やはり、噂は噂か」


 星片だと思われる石を拾ってみましたが、これが願いを叶えてくれるのでしょうか。シュティも言っていましたがただの石ころにしか見えません。もしこれが露店で売られていても誰も見向きもせず、決して買われることがないと思います。


「にゃ~あ」

「どうかしましたか、シュティ?」


 急に猫の真似を始めたシュティに疑問を抱きますが肉球を示す方向を見れば人影が近づいて来ていました。思ったより早い到着です。姿隠しの魔法は切れているので今から箒に乗って逃げ出すことは出来そうにありません。


 徐々に近づいて来た人影がランプの明かりが灯す外輪に入るとその姿がハッキリしました。男の子です。背丈はそれほど高くなく、まだ青年に成り切れていない印象を抱きます。


「あ、あの!」

「どうかしましたか?」

「その、星片って拾いましたか?」


 予想通りと言いますか、月明りだが頼りの真夜中に此処に来るのは星片を探すためのようです。


「ええ、これですよね」

「あ...」


 少年の口から落胆の息が漏れました。私は少しの間思案します。幸運にも手に入れた星片をこの少年に渡すかについてです。

 少年は何かを言おうとして止め、また言おうとして止めを繰り返しています。なので私はこの少年が何かを言うのを待つことにしました。


「...お姉さん」


 しばらくしてから少年が口を開きました。私にずっと見詰められ、覚悟を決めたのでしょう。果たして少年は何を望むのでしょうか。


「僕に星片をください!!」


 少年が口にした言葉は簡単に予想が付くことでした。星片が欲しい。それは私もです。願いを込めるだけで叶ってしまうような不思議な石。他を探してもきっと見つかりません。ですから私はこう言いました。「対価に何をくれるの?」と。

 魔女っぽいですかね? それとも悪魔と言われてしまうのでしょうか? ですが、これ程の物をタダで渡すほど私もお人好しではありません。


「対価...。今まで溜めて来たお小遣いじゃダメですか? 多分、13万リリスはあると思います」

「ダメです。これはお金で買えるほど安い物ではないと思いますよ」

「......それなら...なんでも言うことを聞きます。僕がお姉さんと奴隷契約をします!! だから、その星片を譲ってください」


 何が少年を突き動かすのでしょうか。私はそれが気になりました。

 少年が言った奴隷契約はこの世界にはありふれたものです。街中を探せば奴隷契約を交わしている人など直ぐに見つけることが出来るでしょう。主が衣食住を保証する代わりに法に触れない命令を必ず守らなければいけないと言うものですから。

 しかし、そう簡単に口に出すものではありません。奴隷契約を結ぶのは口減らしにあった者や借金の返却が出来なかった者だけだからです。少年の生い立ちは私には分かりませんが奴隷にならなければいけないほど逼迫している家庭ではないはずです。


「そこまでして何故、星片を望むのですか?」


 私が少年に問うと今にも泣きそうな顔で少年を言いました。「僕は何時も与えられているばかりで何も返すことが出来ていないから恩返しがしたい」と。

 その言葉を引きりに少年は泣きながら言葉を漏らし始めました。嗚咽交じりで上手く聞き取ることが出来ませんでしたが要約するとこう言うことです。


 幼いころに両親を事故で亡くした少年は両親の友人宅に引き取られることになった。そして、第二の両親に育てられた。さらにその家族には娘がおり、良く一緒に街で遊んでいた。少女は外が大好きで遅れて家に帰っては両親に怒られていた。

 しかし、ある日その少女が誘拐されてしまった。自衛団の働きにより命までは奪われなかったが犯され、暴行を加えられた少女は部屋に閉じこもるようになってしまった。

 今では心の傷も少し癒え、家の手伝いは出来るようになっているらしいが外に出ると恐怖で足が竦んでしまう。少年はそんな娘に色々なことを教えて貰った。家の手伝いの方法から勉強、料理などだ。だから少年は恩返しをしたいそうだ。


「もう一度、外を見せてあげたい。昔みたいに、一杯笑って...外に出られるようにしてあげたい」


 最後に少年は泣きながらそう言いました。一度溢れた涙は直ぐには止まらず、私は胸を貸し、少年の頭を撫でて落ち着かせました。

 既に私の心は決まっています。目を真っ赤に腫らした少年に星片を渡しました。少年は驚きを顕わにしましたが深く頭を下げてもう一度泣いてしまいました。

 少年の頭を撫でながら、少しだけ昔のことを思い出しました。......私は何もしてあげることは出来ませんでした。あの時、祖母に...。この話は長くなるのでやめましょう。少年に釣られて私まで泣いてしまいそうです。


 しばらくして少年が泣き止むと、奴隷契約の話をされましたが断りました。元から内容によってはタダで星片をあげようと思っていたからです。それにそもそも私とシュティの旅に同行者を入れることができません。


 空が白んで朝日が顔を出し始めるより前に少年はお礼を言うと走って街に戻っていきました。


「ふん、あの小僧が嘘を付いていたらどうするつもりだ?」

「それは無いと思います。それにシュティなら心の声が聞こえたのでしょ?」

「知ったことか。吾輩を街まで連れていけ。あの小僧がどうなるのか見届けてやる」

「シュティが興味を持つなんて珍しいですね」

「あの小僧には未来視が効かんから結末をこの目で見てやろうと思っただけだ」


 それでは街に戻るとしましょう。シュティを抱えて姿隠しの魔法を使い、箒に乗ります。きっと私が街に着く頃には少年も着いていることでしょう。

 ちなみにシュティの未来視が効かないのはよくあることです。


◇◇◇◇◇


 僕は不思議なお姉さんから譲り受けた星片を持って街に着いた。ここまで走って来たけど、これでまた楽しそうに笑う姿が見れるのだと思うと息切れの辛さなんて気にならなかった。


「おいおい、ダクトじゃねぇか。そんな急いでどこに行くんだぁ?」

「今から星片を探しに行くからお前も来い。俺たちの代わりに探すのやらしてやんよ」

「それいいな! お前暇だろ」


 街に戻って少しすると会いたくない連中に出会ってしまった。彼らはこの街でも有名な不良たちだ。ことあるごとに僕にちょっかいを掛けてくる。僕も負けじとやり返すが今は彼らに構っている暇は無い。


「僕は今、忙しいんだ。今度にしてくれ」

「なに言っちゃってんの? 俺たちの誘い断るとかありえないんだけど」

「あれだろ。あの女」

「あー、あいつな。顔だけは上等だけど外にでた瞬間ガクガク震え始める発狂女」

「...う」

「あ? なんか言ったか?」

「違う!!」


 不良たちは僕の声に驚いて一歩下がった。

 いけない。こいつらと関わったら碌なことがないんだ。早く戻らないと。


「僕に関わらないでくれ」

「てめぇ、ふざけんなよ。ガキの分際で粋がってんじゃねぇぞ!」


 不良たちの横を抜けようとすると肩を掴まれた。そして、そのまま肩を引かれて転んでしまう。握り締めた星片はそのままだ。安堵の息を零し、不良たちを見ると彼らは僕を囲っていた。僕が星片を持っているって知られたら面倒臭いことになる。

 折角、お姉さんに譲ってもらったのに。これでやっと心の底から笑ってくれるかもしれないのに。

 何時も窓から外を見て羨ましそうにしていて、僕が外で起きたこと話すと興味津々で聞いて、ずっと外に出ようと頑張っている。

 僕は貰ってばっかりで何も返すことが出来ない。それに僕には力がない。だから、星片に頼ってしまう。それでも、ノーラが笑ってくれるならーー


「もう僕たちには関わらないでくれ! ノーラのことを悪く言わないでくれ! 僕たちが何をしたって言うんだ!!」


 殴られるかもしれないと目を瞑ってしまったけど僕は星片を握ったまま叫んだ。


◇◇◇◇◇


「向こうに人だかりができているな。あそこだ」


 シュティが指さす方向に進むと先ほどの少年がいました。けれど少年は四人の大人に囲われています。助けた方が良いでしょうか? そんなことを考えていると少年が男の人たちに向かって何かを叫びました。

 すると、少年の手の内から光が漏れ出しました。眩い、既視感のある光です。それは星降りの光でしょう。何事かと目を開いているシュティが口を開こうとして光が収まりました。時間にして僅か数秒の出来事です。


「あ? なんでコイツと話してたんだっけ?」

「知らね。そんなことより星片を探しに行こうぜ」


 箒を彼らの傍に進めると声を拾うことが出来ました。どうやら、少年は願ってしまったようです。そして、それは叶ってしまったのでしょう。


「あれ? まあ、いいっか」


 少年は男四人組が門に向かうのを呆けた顔で眺めていましたがそれから何かを思い立ったかのように走って行きました。


「ソフィ、見たか!? 魔力の残留がないぞ! あれは魔力現象ではないらしい。因果に干渉しているな。まるで裏切者のビオルグの力みたいだ! 許せんぞ。あの小僧を潰すか?」

「シュティ、落ち着いてください。ここはあの世界ではありませんよ。それにあれは星片の力であって少年の力ではありません。少年に危害を加えるのはダメですからね」


 星片の力を見せつけられ、シュティは昔のことを思い出してしまったようです。ですが他世界のことを持ち出すのは厳禁なので背を撫でて落ち着かせます。少しすると落ち着いたようで毛繕いを始めました。本当にシュティは可愛いですね。


「宿に戻るぞ、ソフィ」

「少年を追わなくて良いんですか?」

「あの小僧が向かう先は宿だ。星片が無くなったおかげで吾輩の未来視の力が効くようになったから分かるぞ」


 ご機嫌な様子のシュティに従い宿に戻ります。余程機嫌がいいのか滅多に使わない能力も使っているようです。これなら決してこの世界の住民に気づかれることは無いでしょう。


「世間は狭いですね。本当にいるようですよ」

「当たり前だ。吾輩の未来視に間違えは無い」


 宿に戻るとちょうど少年が昨日の看板娘、確かノーラちゃん、と言葉を交わしているところでした。しかし、2、3回言葉のキャッチボールをすると少年は自室に戻っていきます。

 気になるので付いて行きましょう。プライベートなど魔女にかかれば筒抜けなのです。まあ、これはシュティのおかげなのですが。


 少年の自室に入ると椅子に座った少年が机の上に置かれた星片を眺めていました。それから、「よし」と言うと両手を重ね星片に祈りを捧げるように目を瞑り、何かを呟き始めました。近づくと少年は「ノーラが外に出れますように」と呟いています。

 もしかして、少年は星片の願いが既に叶われていることに気づいていないのでしょうか? 確実に星片の願いは男たちに囲われた時に果たされたはずです。実は何度でも願いを叶えることが出来るのかもしれませんが。


「え!? 割っちゃうんですか!」

「!? 驚かすな、ソフィ」


 少年は祈りが終わるとあろうことか星片を床に叩きつけて砕いてしましました。星片は綺麗に真二つです。私が驚いてしまうのも仕方が無いことではないでしょうか。


「ごめんなさい。でも、割るとは思いませんでしたから。シュティもそう思いませんか?」

「吾輩は未来を視ているのだから驚くことなどないぞ」


 私が驚いている間に少年は部屋から出て行ってしまいました。色々と気になることはありますが今は置いておくとしましょう。それより、今は少年の後を追うのが先決です。

 しかし、少年が祈りを捧げても星片は輝くことは無かったので...この先は考えても仕方が無いことですね。少年は星片により願いが叶ったと思い込んでいるようですが......。


 部屋を出て少年を追うとこの宿屋の娘、ノーラちゃんに少年が声を掛けているとところでした。いよいよですね。こう言った局面は当事者でないにも関わらず緊張してしまいます。


「ノーラ、調子はどう?」

「急にどうしたの、ダクト?」

「いや、あのさ、何か気分良くなったりしていないかなって」

「うーん、いつも通りだよ?」


 少年、ダクト君は少しばかり気が逸っているようです。普通はいきなり気分を問われても困惑してしまいます。ノーラちゃんも急なダクト君の質問に首を傾げてしまいました。


「そ、そうだよね。あ、はは」

「本当にどうしたの? 少し変だよ?」

「べ、別に大したことないから。それより、今時間空いてる?」

「え、うん。空いてるけど」


 青春です。青春ですよ! なんだか見ていて恥ずかしくなってきてしまいました。それにしてもダクト君は攻めますね。そういう子は嫌いじゃないです。


「だったら! 外に行かない? 今日は曲芸団が来るんだ」

「...ごめんなさい。外はまだ怖くて」

「......え。あ、そ、そうだよね。...ごめんな、変なこと言った」

「ううん。私こそごめんね。せっかく誘ってくれたのに」


 場の空気は凍り付いたかのように静かになってしまいました。ダクト君は星片の効果が表れていないことに驚き、ノーラちゃんは誘いを断ってしまったことで悲しそうにしています。

 暫く静寂が続き、ダクト君は魂が抜けたように「分かった」と言うと背を向けて歩き出し、ノーラちゃんは寂しそうに手を伸ばしました。


 願い事は叶わないから願うのでしょうか? 祈りは心の平穏を保つための行為なのでしょうか? 現実とは酷く残酷です。神がいないこの世界なら尚更奇跡など望むべくもないでしょう。


「ノーラ!」


 これで終わりですか、そう思った時、ダクト君が振り返りました。


「ノーラ! 外に出よう!!」

「でも、怖くて...だから、ごめん」

「大丈夫。何があろうと僕が守って見せるから!」

「それでも......迷惑は掛けられないよ」

「迷惑なんかじゃない!! むしろ迷惑を掛けているのは僕の方だ。僕は馬鹿だから何時もノーラに助けてもらってばかりいる。それに僕は昔みたいに笑っているノーラが見たいんだ!!」

「...ダクト。迷惑じゃないの? 私のせいでダクトが笑われるのは嫌だよ」

「そんなこと僕が気にするわけないじゃないか。ノーラのことを悪く言う奴なんか僕が倒してやるさ!!」

「私、迷惑じゃない?」

「迷惑なものか!」

「私...外に出たいよ。また、みんなで一杯遊びたいよ!!」


 ノーラちゃんがダクト君に抱き着いて涙を流します。ノーラちゃんは心の中で外に出ることを望んでいたのでしょう。ですが家族には迷惑を掛けたくないと思い、行動に移すことが出来なかったのですね。しかし、ダクト君の勇気を出した言動がノーラちゃんの塞がれた心を打ち砕きました。


「ノーラ、外に出てみよう」

「うん! ...お母さん、ちょっと出かけてくる!」


 二人は手を繋ぎながら歩いて行きました。ドアを潜る時、朝日に照らされて輝いて見えたのはお天道様の祝福でしょうか。私も二人がこれからも幸せな毎日を送れるように切に願います。いえ、願うだけではダメですね。


 私は杖を振って魔法を掛けました。気休め程度の幸運を呼ぶ魔法です。


「二人が幸せになれると良いですね」

「なるだろうな。吾輩が保証しよう」

「そうですか。それなら大丈夫そうですね」


 ふわりと陽気な風が吹き、シュティが欠伸をしました。


「おや、お嬢ちゃんたち戻って来ていたのかい」

「先ほど戻りました。お嬢さん、良かったですね」

「あんたも見ていたのかい。ダクトには感謝してもしきれないよ。ノーラには花嫁修業をさせてあげないとね」


 女将さんは高らかに笑います。釣られて私も笑ってしまいました。花嫁修業ですって。シュティの言う通り、幸せになる未来は直ぐ傍にあるようです。


「女将さん、星降りも見れたので私たちは旅を再開しようと思います」

「おや、もうお別れかい。それじゃあ、朝食にはおまけをつけておくよ」


 それから旅支度を整えて朝食を頂きました。白パンのトーストに豚の腸詰、サラダにスープ。おまけで頂いたシューグスタ特産のスターフルーツも甘さと酸味がちょうど良く、お腹がいっぱいになるまで食べてしまいました。おかげで言い旅を迎えられそうです。

 それとダクト君が壊した星片は消しておきました。ノーラちゃんが外に出られるようになったのは星片のおかげではなく、彼の勇気が導いた結末ですからね。


「さ、旅の続きをしましょう、シュティ」

「良かったのか? 待っていればまた星片が手に入るかもしれないぞ」

「良いんですよ。だってーー」


 だって、私とシュティの旅はまだまだ続くのですから。色んな街を見て、国を巡って、世界を旅して、きっと、もっともっと楽しいことが持っています。

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魔女と黒猫 瀬戸卯辰 @seto_dora

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