第3話

 拓はこのやり取りをしてすぐ限界を迎えたようで、スッと眠りについていた。それを見た私は静かに布団を出して、今日の寝床を作った。

 寝る前にお風呂に入りたいと思ったが、さすがに拓がうちにいる間はやめておこう、と思いとどまり、洗面所で寝間着に着替え、化粧を落とす。化粧が溶けていく感覚でやっと帰宅したと実感し、少し落ち着いてきた。


 しかし落ち着いてしまったせいで、あんな拓を今まで見たことがないことに気が付き、一気に困惑した。


 私の知っている拓に酔っぱらった拓はそもそもいなかったし、甘えてくる拓なんて見たことも聞いたこともなかった。学校で鉢合わせてもそっけなく、ちょっと世間話をして各々のクラスに帰った。高校の帰りにファミレスへ行っても、わからない問題を教えたり教えてもらったりする程度。

 それに、中高で拓と付き合ったことのある人たちが流したらしい噂でも、付き合っても付き合わなくても変わらなかったらしいし、それが原因で別れたという。そんな拓が、酔った勢いだとは言え、私にふにゃふにゃと甘えてきた。

 どこかで、酔ったときの人間性がその人の本性らしいと聞いたことはあるけれど、拓の本性は甘えたがり屋だということなんだろうか。そんなの、私の知っている拓じゃない。壊れ始めた分の距離を、どうにかして空けたくなる。ただ怖い。


 これはもう寝て現実逃避するしかないと思う。けれど、今の拓と同じ部屋にいるというのは少し怖いから、壁際においているベッドとは反対側の壁にぴったりとくっつけてできるだけ物理的な距離をとった。これで少しはいいだろう、と移動させた布団を整える。

 向こうの方からスー、スー、と静かな寝息が聞こえてくる。本当に寝ているのか気になって、電気を消すついでに拓の様子を見てみることにした。目の前で手を軽く振ってみても何も反応がないし、何より小学生の頃お泊りしたときに見た拓の寝顔のままだ。どれだけ見た目が変わっても、拓は拓のままなのかもしれない。けれど変わった点が多すぎて、接するうちに自分まで変になっている気がする。


 きっと拓がお酒を飲むということも、私が化粧をすることも、成長の証なのだろう。どれもこれも、私たちが芋虫から蝶々になるためのさなぎの時期だからこその変化、ということかもしれない。だったらさなぎになるということは、見た目だけではなくて関係性まで変えたくなるものなのだろうか。私はそんなこと望んでいないのに。


「こんな気持ちになるんだったら。」


 私は、あふれそうな涙をグッとぬぐった。


「さなぎになんて、なりたくなかったなぁ。」


 私のつぶやきは、消えた部屋の明かりとともに静かに姿を消した。

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さなぎになんて、なりたくなかった あきれすけん @Achiless-ken9

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