第2話

 そこからは勢いで乗りきるしかなかった。問題発言のあとウーロン茶を一気飲みした拓は突然、机に突っ伏して寝始めた。拓も私も、実家は同じ県内とは言え大学まで結構距離があるので、2人とも一人暮らしをしている。しかし拓が今住んでいる場所なんて知らないし、その辺に捨てて帰れるほど無関心ではいられない。私の家に連れて行くしかない。

 酔っぱらいの戯言とは言え、私に好意を持っている相手を家に上げるのはどうかとも思いながら、2人分の食事代を払って私は拓をつれてタクシーに乗る。食事代の半分とタクシー代の半分は明日もらう。絶対だ。


「ほら拓、起きて。自分で歩ける?」

「…。」

「終わったなこれ。」


 タクシーを降りるときは運ちゃんに心配され、道行く人は引きずられる拓にぎょっとし、そんな視線をかいくぐりながらもやっとの思いで拓を私の部屋の中まで突っ込んだ。いったん息を整えてから、ベッドに投げ捨てた。

 拓を引きずる時に乱れた服を軽く整えて、私は近所のコンビニで適当に酔っぱらいが起きたとき用の飲み物や軽食、そして私用の飲み物などを買いに行った。

 そうこうして帰宅すると、拓はぽやっとした顔で玄関の土間に裸足で立っていた。その直立を帰る時に見たかった。


「どこだよここ。あとお前、どこ行ってた。」


 なんで私が怒られているのだろう。どちらかというと、怒っていいのは私の方だと思う。しかし相手はまだお酒が抜けきっていなさそうな酔っぱらい。適当にあしらう方がいいに決まっている。


「ここは私のうち。さっき拓、居酒屋で寝ちゃったんだよ。拓の家知らないからうちに連れてきて、そのあとコンビニ行ってたの。ほら、これ飲んで。」


 そう言って私は拓にスポーツドリンクを差し出した。拓はじっとそれを見て、そっと受け取った。しかし寝起きで上手くキャップが開けられないみたいだ。


「貸して。」

「…ん。」


 拓は大人しくペットボトルをこちらに差し出した。それを受取った私はパキッとキャップを開けて、再度手渡す。拓がスポーツドリンクをゆっくり飲んでいる様子を眺めていると、3分の1程度飲み切ったところでペットボトルをこちらに手渡してきた。私はキャップを閉め、またコンビニの袋に仕舞った。そして拓の手を引き、また部屋の中へと戻った。

 拓が起きているうちに、上に羽織ったままのカーディガンだけでも脱がせたい。しわになる前に干しておきたいからだ。


「拓、服脱げる?カーディガンだけでも脱ごう?」

「んー…。」


 そう声をかけると、目の前でもぞもぞと脱ぎ始めた。今日の夜は少し肌寒かったから、拓は薄いカーディガンと、なにかバンドの物販であろうTシャツを着ていた。シンプルではあるが、ど素人の私ですらなにかバンドのものだとわかるものだ。下はシンプルな黒のスキニー。拓はカーディガンを脱いだ後、着ていたものをすべて脱ごうとしていた。慌てて、カーディガンだけでいい、と制止した。ピアスに関してはよくわからなかったから、そのままにしておく。きっと何かあれば自分でどうにかするだろう。

 私がいろいろしている間、拓は着せ替え人形のようになんの抵抗もなく、ただただぽーっとした顔で一部始終を眺めていた。


「ひとまずよし。拓、私のベッド使っていいからね。私は来客用の布団で寝るから。」

「…一緒に寝ないの。」


 久しぶりに拓が話したと思ったらこれだ。たとえ相手が酔っぱらいであろうとも今の私には、これは戯言だとノッたり、流せるほどの余裕はない。


「寝ないよ。酔っぱらいは大人しく寝てください。」


 そしてあわよくば、いつもの拓に戻ってください、とは言えなかった。

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