What lap

るーと

第1話 既視感

黒板にチョークがあてがわれ、先生は地名をいくつか書き始める。カツカツという心地の良い音。何だかいつもよりゆっくり、ゆっくりとその音が教室に響いている気がした。


「さてお前ら、実は世界には色んな国、地方、島がある。」

先生は板書を終え、振り返って次の話を切り出す。


俺は視線をノートに移す。

黒板に書かれたことを模写するためでは無い。

何の気なしに目線を落とした。ただそれだけ。


「その中でもお前らのだーい好きな島がある。さてそれはなんだと思う?」


…。


視線を上げた頃にはガヤガヤと教室みんなは後ろを振り返ったり、授業とは関係の無い話をするいい機会だと隣のヤツを小突いたり、欠伸をしたりするみんなが目に映る。


不意にあの感覚に陥る。

また来た。この感覚。


『俺はこの景色を見たことがある。』


俺の目が、世界を認識するより先に脳がその状況を記憶し、既視感を作りだす。


所謂デジャブってやつだ。


しかし、俺のデジャブには続きがある。


「よし、じゃあ沢渡。なんだと思う?」

先生は沢渡を指名する。意図していなかったであろう沢渡は突然当てられてよろよろと半立ちになりながら黒板を見たり周りの人に「質問なんだっけ?」と小声で聞いている。


優しいやつはまた小声で「俺らの好きな島だってさ」と教えている。

先生も気づいているであろうがニヤニヤと沢渡を見ている。


来た。次の感覚だ。


「沖ノ鳥島。」

「お、沖ノ鳥島…?」


沢渡より、先に口に出したのは俺だった。もちろん音にならないほどの小声で。



「ぶっぶー。違うぞ。沢渡座れ。」


先生は尚もニヤニヤとしながら、沢渡を座らせる。言われた沢渡はホッと胸を撫で下ろすとすぐに隣のヤツに「マジ助かったわ」と小声で伝えている。


そして先生は再び黒板にチョークを当てる。

チョークの黒板にあたる音が聞こえ始めた時、またあの感覚。


俺はなんか聞いたことがあるという感覚。

既聴感とでも言えばいいんだろうか。

それを頼りに、次に先生が言う言葉を当てにかかる。


「エロマンガ島」


小さな声だったはずだが、多分周囲にいた人には聞こえただろう。わざとそうしたのだから。


「何言ってんだよお前!そんな島ねぇわ!」


かすれ声の小さな声で後ろにいた西野は笑いを堪えながらそういう。


しかし、先生が黒板に書ききった文字を見て西野は笑うことをやめ、固まっていた。


「エロマンガ島…どうだ!お前ら好きだろ!」

先生は黒板に書いたその文字をみんなに見えるようにしてからそう言った。

無論、そんな島知っている人など全くと言っていいほど居ない。俺もそうだ。


クラスにはどぉっと大きな笑いが起きる。


俺が見た。聞いたのはここまで。


「すごいなお前、知ってたのか?」

西野は俺の肩を軽く叩く。


「いや、知らない。そんな島あるんだな。」


西野は呆気に取られたような顔をしている。

俺だって多分同じことを言われたら同じ顔をするだろう。

知らない島の名前を当てるなんて芸当されても信用出来ないからだ。どうせ知ってたんでしょ?って具合にな。


俺は昔からこういうことがよくあった。

それは不定期に。1年ないこともあれば、週一で起きることも。最高で1分間の既視感、既聴感を感じたこともある。


集中してゲームをしている時、友達と話しているとき、親と喧嘩している時、帰り道、好きな子を眺めている時など脳を使っている時が多い。


しかし、かと言って頭を別にフルで使っている時に起きるのでは無い。

何の気なしに、いつの間にか頭を使ってしまっているときだ。


初めての既視感は小学校1年生の頃だっただろうか。


理科の先生が次の授業で好きなものを持ってくるとか言って、次の日の授業の時にそれを箱から出すと言いながら箱へと頭を伏せた時だった。


俺はボーッと教卓を眺めていたのだが、その場所に白くひび割れた骸骨が置かれているイメージと共にみんなの悲鳴やかっこいいと賞賛する声の中先生が意気揚々と「大昔の人間の骸骨です!」という瞬間が浮かび。それが例のごとく現実となったことがあった。


その時はイメージが起きた数秒後にそれらが起きた。それでも当時の自分は未来を見る力を持っているんだとその力を嬉々とした感情で受け入れた。


友人にも話した。みんな一様に「それデジャブだろ?」と。当時その名称を知らなかった俺にとってそれはもう技名のような響きだった。



一通り笑いをとった先生は満足気に黒板へと教科書の板書を始め、生徒たちの笑いもゆっくりと収まり始めたのだった。



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