第7話 女子マネージャー

 7月20日に自宅マンション近くにある高校の甲子園を賭けた地区予選大会が終わった。2回戦でコールド負けである。

 この高校は開校以来、一度も甲子園に出場したことがない。地区予選の決勝や準決勝、準々決勝にも行ったこともない弱小校である。公立高校であるから、それは仕方がない。

 かといって毎年、東大や京大、早稲田や慶応に何人も進学できるほどの進学校でもない。偏差値は50程度のどこにでもある普通科の高校である。


 ベランダから野球部が練習しているのが良く見える。

 いつもは放課後から18時までで、休みの日は9時位から17時か18時頃まで練習をしている。大会などの試合前は朝7時頃から授業が開始される少し前まで朝練もしている。真夏に熱中症の注意報が出てもおかまいなしである。

 以前、朝練の時に大声で訳の分からない掛け声を出して走っていて、あまりにもうるさかったから私は高校に電話をして文句を言ったこともある。


 掛け声も無駄であるが、この高校の野球部の存在自体が無駄である。

 地区予選の2回戦程度で、相手も甲子園に出たことがないような高校に対してコールド負けをする程度だから、この高校の野球部でレギュラーになったところで、プロ野球のスカウトの目に止まることはない。

 野球部員の中にはプロを目指している子も居るかもしれないが、そんな子はそもそもこの高校に来た時点で選択を間違えている。野球で言えばフィルダースチョイスでエラーみないたものである。プロに行きたいのなら最低でも甲子園出場に常連の強豪校に入学して、そこでレギュラーになって、地区予選の決勝位まで進まないとスカウトの目に止まらない。つまりこの高校の野球部員はただの趣味のために野球をしているのである。


 この高校を出て大学の野球部で活躍しようと考える子もいるだろうが、無名の大学の野球部では活躍しても、相手チームも弱小チームだから評価もされない。東京六大学野球連盟や関西学生野球連盟に加盟している私立のマンモス校に入ったとしても、マンモス校は野球部員も多く、甲子園に出たこともない弱小公立高校の野球部出身ではレギュラーを取ることはほぼ不可能だ。

 つまり大学に進学して、そこからプロになるのは絶望的である。


 かといってMLBで活躍した野茂英雄や三冠王の落合博満みたいに社会人野球からプロになれるかと言えば、その可能性もほぼゼロである。野茂英雄は高校時代にノーヒットノーランをしてスカウトされるほどであるし、落合博満も大学は中退したが、すぐにレギュラーになるほどの才能で、高校や大学からスカウトが目を付けていたのである。

 それに硬式野球部のあるところは大企業である。大企業に入社するのは有名大学に入学するよりも難しい。大企業は採用人数も多いが入社希望者も多く、100名の採用予定に対し、全国から500人や1000人の学生が応募するというのも珍しいことではない。企業とすれば、一流大学でその企業が取り扱う商品に沿った研究や知識、語学力を持っている学生と、大学で野球の傍ら研究をしていた学生では、同じ給料を払うのなら前者の学生を採用するのが企業として当然である。

 もし企業が広告塔としての社会人野球を積極的に支援しているからとして、入社できたとしても、高校、大学でスカウトの目に止まらない選手が、年齢も重ねた社会人になって更に野球が上手くなるなんてことはない。30歳位まで社会人野球をして、体力の衰えを感じて引退したら同期入社は出世して給料も上がっているのに対し、そいつは出世コースを外れて会社での居場所のない余生を送るのである。

 このように弱小校の野球部は、ほぼ3年間を野球に心血を注いでも、決して有利な経歴になるものではなく、単なる趣味であり、その時間を勉強に費やし、いい大学に入った方が将来のためであり、それでも野球が好きなら地元の草野球チームに入ればいいのである。


 そして、その野球部に居る男たちの叶わない夢、趣味に付き合わされる女子マネージャーなんて、さらに可哀そうである。

 野球部にしろ、サッカー部にしろ、ラグビー部にしろ、高校生では男子のみに参加が認められる運動部には大抵の場合、女子マネージャーが居る。

 本来、マネージャーとは企業では課長クラスであり、芸能界ではスケジュール調整やギャラ交渉を担い、アメリカの野球では監督の意味である。少なくとも何等かの主体性を持って行動をする役職名である。

 それが、日本の高校の部活におけるマネージャーは雑用に徹するのである。グランドのごみ拾い、ボール拾い、ボール磨き、洗濯、買い出し等々。たまには男子部員からセクハラを受けたりもする。

 そして野球では試合中は暑いベンチに座って黙々とスコアを付けたりするが、「あの選手は左投げのピッチャーに対して打率が1割以下なので代打を出した方がいいと思います。」などと監督に進言することはない。サッカーやラグビーも同じである。「相手の右サイドの選手の運動量が落ちてきています。」などとマネージャーが進言することはない。

 将来、芸能人のマネージャーになりたいと思って体育会系のマネージャーをする人は全く分野が違い、それなら経理や英語、秘書業務を学んだ方がいいだろう。

 それに将来のスター選手と結婚出来ればと青田買いを考えてマネージャーになる人も止めた方がいい。スター選手は女子アナかタレントと結婚するのが相場で、高校時代のマネージャーと結婚したなんて聞いたことがない。

 強豪校でも弱小校でもマネージャーをしたら、青春時代の大切な3年間を雑用係として無駄にする。


 私の高校時代、同じクラスに野球部員が居たが、女子マネージャーが居れば良いところを見せようと、頑張れると言っていた。しかし、そいつが試合で活躍したという話しは聞いたことがなく、地区予選も2回戦止まりだった。2年生の時には肩を壊して、ベンチを暖めるだけとなった。女子マネージャーが居るから頑張り過ぎて肩を壊した可能性もある。

 結局、女子マネージャーが居ればチームが強くなるということは無い。経験のある監督か、スポーツ生理学に詳しいコーチを入れた方がチームは強くなる。女子マネージャーが居ないとしてもボール拾いやボール磨き、洗濯、買い出しは部員が出来る。スコアの記録も補欠がすればいいだけの話しである。

 以前、甲子園出場校が、野球部員が練習後に食べるお握りを女子マネージャーが毎日、百個以上も握り、甲子園出場を影で支えたという出場校の紹介があったが、一般人の反応はこの野球部は酷すぎるというのが大半である。当然である。女子マネージャーが将来、お握りの店を開くのなら別だが、お握りを沢山握れるようになるためにマネージャーを希望したわけではないだろう。腹が減るのなら親がお握りを持たせるか、それが面倒ならコンビニでお握りを買って、それを持って行かせればいいだけの話で、支えられたのは野球部員の親である。

 この話しは甲子園に出場した強豪校だから、まだ救いがある。甲子園に出場した野球部のマネージャーは、こうやってテレビで紹介もされ、甲子園のベンチに座れたと自慢できるし、選手からマネージャーのサポートのおかげで甲子園に行けたと感謝してくれる。それに見た目が可愛ければ全国ネットのテレビを見た芸能事務所にスカウトされることがあるかも知れない。

 でも弱小校のマネージャーには甲子園に行けないので、テレビに映る機会はなく、スカウトされる可能性もない。部員から感謝はしてくれるだろうが、それだけである。


 それに将来、就職の面接を受けた時に「高校時代は硬式野球部のマネージャーを3年間していました。」と「高校時代はソフトボール部で外野手を3年間していました。」を比較したら、採用担当者は同じ野球好きでも実際にプレーしていた方に興味が沸くことは言うまでもない。

 つまり、弱小校のマネージャーは「マネージャーさん」と男子部員からちやほやされるだけで、所詮は使い走りで、都合よく、ただで労働させられているだけなのである。

 労働ならコンビニやファーストフードでバイトした方が部活時間の3時間で3000円程度は稼げるし、社会勉強にもなる。

 それに、マネージャーは甲子園のベンチに座れても選手じゃないから活躍することは出来ない。それは野球部でなくてもサッカー部やラグビー部でもそうだ。地区大会や国体で主役になれない。主役は選手であり、脇役は補欠選手であって、マネージャーは裏方である。


 高校に進学したら体育会系の部活のマネージャーになろうなんて考えている女子中学生は裏方ではなく、脇役の補欠でもいいから、表舞台に立てるクラブ活動を選んで欲しい。表舞台に立てなくなった時も諦めずに、体育会系から文科系へと違うクラブで舞台を移すことも出来るのだし、表舞台を本当に諦めた時に裏方になれば、表の苦労も分かる裏方になれるのであって、最初から表舞台を諦めないで欲しい。

 

 かくいう私は高校時代、所謂「帰宅部」で部活はしていなかった。だから何かを頑張ってきたという自負もないが、その誇りで飯が食えるわけではないから後悔はしていない。

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