第5話 占い

 私は占いとやらを信じない。

 まず、科学的根拠が無い。先人達の残した統計学だという人もいるが、誰がいつ、何人、何千人を対象にどのような調査をしたのか、そのデータを目にしたことがない。仮にそんなデータがあったとしても、当時とはまったく異なる文化や生活環境の現在の人達に過去の統計が当てはまるとは到底考えられない。

 それに私自身の過去の占いが当たっているとは思えないからだ。


 18歳を過ぎて、私は車を買うために実印を作る必要が出来たため印鑑屋に入った。

 印鑑屋には、

「一日幸せになるには散髪をすればいい。すっきりとした気分になれるから。

 一週間幸せになるには旅行に行けばいい。温泉にでも浸かれば疲れもとれるから。

 一か月幸せになるには車を買えばいい。ドライブでもしたら気分も晴れるから。

 一年幸せになるには結婚すればいい。新婚気分で楽しい日々を送れるから。

 十年幸せになるには子供を産めばいい。自分自身も成長させてくれるから。

 一生幸せになるには開運印鑑を買えばいい。持っているだけで幸せが訪れるから。

 ご購入は当店で。」というような事が色紙に手書きされていた。

 最後の開運印鑑を壺に変えれば、新興宗教が信者に使うようなキャッチコピーである。

 散髪してもカットに失敗したら毛が伸びる迄はブルーな気分になるだろうし、温泉やドライブの途中に事故でも起こせば意気消沈だろうし、1年未満で離婚する人も多くいる。子供が病気ばかりなら親は大変だろう。

 それに印鑑の材質やフォントによって、運が開けるとはどういう理屈だろうか。仏像なんかで手彫りと機械彫りなら、確かに手彫りの方が何となく仏師の魂が宿っているような気もするが、通常の印鑑よりは職人さんが精魂込めて彫ってくれるというのか。値段が高くなれば、職人さんの気合いが入ると言うのも分からないではない。

 60歳を優に超えた印鑑屋の主人は「まあ、運が開ける人も居たら、開けない人も居るからね。好みの問題やね。」と正直なことを言ってくれた。

 材質やフォントにもよるが2000円から5000円高いだけで、一生の幸せが手に入るなら安いものだと考えた。私は、開運印鑑のフォントでは誰の印鑑なのか判別しにくいので、迷った挙句、開運文字と言われるものではなく、通常のフォントの印鑑を注文した。材質もよくある水牛のものだ。

 ここの店主は姓名判断なる占いもしていた。名前をメモに書くと、「画数はいいから、将来は家庭円満で生活に困ることはなく、大器晩成型ですな。」と言われたことを覚えている。


 次に、25歳位の時に会社の後輩の橋田と繁華街の隅っこにテーブルを出していた占い師に見てもらった。もちろん若かった私に悩みなどはなく、会社の連中と飲みに行く前の空いた時間を潰すためと、占い師が30歳前後の地味な女で、橋田がその女を少しからかいたかっただけのことであった。

 先に橋田が占いを受けた。2000円を払った。テーブルに芳香剤のような筮竹が置いてあり、橋田は生年月日と名前を伝えた。占い師は筮竹に触れる事はなかったので、占いのコースが違うのだろう。

 橋田は彼女がすぐ出来るにはどうしたらいいかと尋ねた。占い師は使い込んだ手帳を見て、行動を改めればすぐに出来るというような事を言った。あなたは可愛い子には優しいけど、そうでない子には冷たいはずだ、女の子には同じように優しくしてあげなさい、そしたら回りまわっていい子が現れるとも言っていた。占いというよりも恋愛相談である。しかも週刊誌などでよく見る回答である。

 それと橋田は、今の会社を続けた方がいいか、仕事が向いているか等も聞いていたようであるが、占い師は何年働いているかを聞き、手帳を見て、向いているから続けなさいと言った。


 橋田の占いが終わり、私も2000円を払い、生年月日と名前を伝えた。

 私は当時、付き合っている女がいたので、将来のことや結婚のことを聞いた。占い師はまたもや使い込んだ手帳を見て、「将来は大金持ちではないが、お金に困ることはなく、幸せに過ごせる。」と告げた。

 「今の彼女と結婚するかしないかは、あなたが結婚したいと思えばできるし、したくないと思えばできない。」とのことだった。

 その時は「へえ・・・そうなんだ。」と感心して、占いを終えた。

 後から疑問がよぎった。どういうことだ?つまり、今付き合っている女は、結婚相手は私でもいいし、私がプロポーズしなければ、他の男でもいいということなのか、女は私に対して格別な想いはなく、自分の意思も無いのだろうか?いつも嫌なら嫌と自分の意思をはっきりと言う女で私の方が振り回されているのだが・・・。それに彼女の生年月日も名前も言ってないのに、なぜその女の結婚観が分かるのか・・・。

 そんな疑問も抱いたが、その後、しばらくして、当時付き合っていた女と別れた。占い師からすれば私がその女と結婚する気がなかったからと言うことになる。

 

 私はその女と別れた後、何人かの女と付き合い、今の妻と出会って結婚した。

 私の昼食は牛丼か、コンビニの店内でお握りとカップヌードルをすする。いつもワンコインで済ませている。カードローンもあり、お金に困っているからだ。しかも、会社はいつ倒産やリストラになってもおかしく無いほどの業績で、夏の賞与もここ3年は出ていない。50歳を過ぎて再就職のために就職活動なんてと思うと毎日が不安である。

 私自身、決して幸福感なんて無く、印鑑屋の姓名判断、女占い師の生年月日と姓名による占いが当たっているとは言えない。

 それとも印鑑屋の言う大器晩成とは50歳ではまだ若く、70歳や80歳になって成功をすることを言うのだろうか。占い師の言う将来とは占いの時から50年後、60年後を言うのだろうか。そんな年寄りになって大金を手にしても相続争いが発生するだけだし、女も抱けない年になってお婆さんに毎日言い寄られても嬉しくもない。

 それに、お金に困っている人の定義とはホームレスか生活保護の受給者なのだろうか。その人たちから比べれば確かに私は昼食に500円も使えるからお金には困っていないかも知れない。


 幸せや不幸の基準は人それぞれだ。占いは何をもって幸せに過ごせる、不幸になると言うのだろうか。

 夫婦で近くの公園を散歩することで幸せを感じる人もいれば、近くの公園を夫婦で散歩して何が面白いのだと思う人もいる。彼氏と別れたことは不幸だと言えるかも知れないが、それが嫌な男で、ようやく別れられたのならそれは幸せ。母が病に倒れたら不幸だが、危うく死ぬところが助かったのなら幸せとも言える。

 占いにおける幸せや不幸とは、本人や家族が事故にあったり、犯罪に巻き込まれたり、重い病気になったり、他人から見て不幸っぽく見えるのが不幸で、それ以外は幸せということなのだろうか。

 その人たちからすれば確かに私は一見すると普通の生活をしているようにも見えるので、不幸ではなく、幸せなのかも知れない。


 上には上がいるし、下には下がいる。幸せのストライクゾーンを広げれば、殆どの人が幸せだろう。そうなると占いとは誰にも当てはまることをもっともらしく言っているのに過ぎないということになる。元フジテレビのアナウンサーも占いの番組に出た際に台本と週刊誌があったと述べているが、テレビに出る占い師は週刊誌やネットで書かれている情報か、知り合いのタレントから聞いた程度の情報をいかにも占っているような感じで言っているに過ぎない。週刊誌やネットに出ない一般人には、誰にでもこれから経験をするであろうことをそれらしく言っているだけなのである。


 当然である。生年月日で人生や将来が決定するはずはない。同じ日に産まれた双子や三つ子、四つ子、同じ学年の中にも1人は居る同じ誕生日の人は同じ運命をたどるのだろうか。

 星座占いもそうである、1年を12の星座に分けているが、同じ星座の15歳の女の子と80歳のおじいさんが同じ性格なんてあり得ない。正確な生まれた年月日を知らない捨てられた子供たちは、将来を知ることをできないのか。

 姓名やその画数で人生が左右されるのだろうか。双子や三つ子では、誕生日が同じである上、名前や字は違えど画数が同じと言うケースも多いはずであるが、それでも同じ性格で、同じ人生なんて歩まない。外国でも名前による姓名判断はあるようだが、漢字を使わない外国人は日本の姓名判断ができないことになる。

 血液型占いもそうだ。ネイティブ・アメリカンは全てO型という研究結果もある。それらが皆、同じ性格なんてあるはずはない。それに一卵性双生児なら血液型も生まれた時間も大差がないだろう。双子であっても、それぞれ違う人を好きになって、それぞれ別の人生を歩むのが大半だろう。

 手相占いなら可能・・・。生まれつき腕のない人や事故で手首を落とした人も沢山いる。手の皺なら猿やチンパンジーにもある。そいつらに金運という概念はあるのだろうか。

 タロット占いなら生年月日や名前も手相も関係なく、出たカードが過去、現在、未来を占ってくれる・・・。確かに正位置に法王や太陽が出てきたら何かいいことがありそうだし、死神や吊るされた男が出てきたら嫌なことが起こりそうな気はする。しかし同じことを占えば、5分後や10分後なら結論も同じになるはずであるが、78枚のカードをシャッフルして3枚選び、前と同じカードが出る確率は45万0450分の1(78×77×75)と宝くじ1等級の確率である。2回、3回続けて同じカードが出たなんて聞いたこともない。

 

 それに占い師は他人の未来が見えるのなら、自分の未来も見えるはずだ。もし2時間後の未来が見られるのなら、ロト6やロト7で一等の数字を見て、簡単に億のお金を手にすることができる。それが30分後の未来しか見られないのなら競馬の締め切り直前に1着から3着の馬券を買って、容易く万馬券を手にできる。

 もし、5分後の未来が見られるのなら大地震や事故や犯罪に巻き込まれずに済む人も沢山いるだろう。

 しかし、神戸の占い師で「1月に大きな地震が起こるから引っ越した方がいい。」、東北の占い師で「このままではあなたは3月に亡くなるから東北を離れた方がいい。」、日本中の占い師の中で「2019年から22年にかけて疫病が流行る」と占った人や、それを言われた人なんて聞いたこともない。

 現実はスマトラ大地震、阪神淡路大震災、東日本大地震、福知山線の脱線事故、御嶽山の噴火、パンデミック等で沢山の人がなくなっている。


 もし占い師に「将来は素敵な人と結婚できるから、安心して」と言われ、何年か後に実際に結婚できたから占いは当たっていたというのなら、安い飲み屋に居る酔っぱらったおやじの言葉の方がよく当たる。

「あんた可愛いからいい男と結婚して幸せになるよ。」「あんたはちょっと不細工だから仕事を頑張らなあかんで。」「あんた福耳だから、お金たまるよ。」「そんなに太っていたら早死にするで。」

 見た目だけの判断で、デリカシーの欠片もない。

 確かに綺麗な女性は職場や街でも言い寄る男も多いだろう。そうでない女性はその機会が減る分、結婚しない可能性も出てくるので、将来に備えてキャリアを積めということだろう。福耳はお金が貯まるとは昔から言われていることで、七福神の恵比寿さんや大黒様や布袋様を連想しているのだろうが、福耳の人が「全然お金がない」と言っても「わしなんか2000円しかないから、わしよりよっぽど金持ちや」と比較対象を下げることで相手を金持ちにできる。肥満者が早死にするのは医学的にも事実だ。

 データでは40歳になれば女性は8割が、男性は7割が結婚しているのだから、30歳位の未婚女性には「その内、結婚出来る」と言っとけばいいのである。

 占いとはこの程度のことである。


 ちなみに一緒に占いを受けた橋田は女占い師の助言を無視して、その後すぐに仕事を辞めた。50歳近くになった今、幸せかどうかは分からないが、家庭をもって、それなりの生活をしている。

 私は、将来幸せになるなんて言葉を信じたばかりに、何の努力も勉強もしなかった因果か、物事が上手くいかず、幸せを感じない日々を過ごしている。

 もし本当に未来を当てる占い師が存在するのなら、ロト6やロト7の1等番号、競馬の3連単のようなギャンブル、1か月後のドル円やユーロ円の為替相場や日経平均株価指数を教えてもらうはもちろんのこと、刻々と変化する今晩の妻の機嫌も占って欲しいものである。

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