第3話 FX(外国為替証拠金取引)
かれこれ20年近く、私はいわゆる「FX」と呼ばれる外国為替証拠金取引をしている。
これまでの損失額は300万円を下ることはないだろう。
運用する資金も尽き、今では数万円で細々と取引をしている。
まず、FXを知らない人に簡単に説明すると、ドルやポンドやユーロなどの外国の通貨を買ったり売ったりして、その差額で儲ける取引のことである。
例えば、現在130円のドルが近い将来132円になると思えば130万円分で1万ドル買っておく。1ドル132円になった時に決済すれば132万円となり、2万円の儲けということになる。予想が外れて128円にドルが下がれば2万円の損失である。
反対に130円のドルが近い将来128円になると思えば、130万円でドルを売り、128万円の時に買えば2万円の儲けである。予想が外れてドルが132円に上がれば2万円の損失である。持っていないドルをいきなり売ると言えば違和感があるだろうが、要は株の空売りと同じである。
大抵のFXを扱っている証券会社は1万通貨が最低単位なので、本来なら1万ドル分の元手が必要となるが、このFXはレバレッジで取引できる。FXが解禁になった当初は50倍であったが、現在は25倍まで引き下げられている。そのため、1ドル130円の場合、1万ドルなら本来130万円が必要のところ、その25分の1の5万2000円の元手で、1万ドル分の取引が出来るのである。
通貨にもよるが、1日で1円や2円上下することも珍しいことでない。1万ドルの1円の利ざやは1万円であるから、上手く行けば5万2000円の投資で1日1万円や2万円の利益が得られるのである。
FXを始めたきっかけはご多分にもれず、雑誌で会社員が空き時間にできる副業特集などで、「FXで通勤時間だけで毎月10万円を稼いでいます」的な特集を目にしたためである。
それにプロのFXトレーダーともなれば、年間で何億円も稼いだりするそうで、中には100万円ではじめて今では1億円をFXで運用している人もいる。
FXには夢がある。
FXは宝くじみたいに一攫千金は無理だけど、楽して稼ぐことや、「不労所得」という言葉が大好き私にとっては、やらない手はなかったのである。
私もその夢のために最初は50万円から取引を開始した。
FXは株式相場と同様に移動平均チャートや、それ以外のテクニカルチャートも色々あって、「RSIが20を切ったらトレントが反転する。」「一目均衡表の厚い雲が上値を抑える。」「ゴールデンクロスは買いシグナル」とか、もっともらしい事がFXの入門書にも書いてある。しかし、全く当てにならない。プロのトレーダーも後になって「これは騙しのシグナルですね。」と平然と言ってのけるのである。
そもそも何十億円も何億ドルも運用する機関投資家に対し、個人投資家が束になっても敵うものでない。
例えばアメリカの雇用統計と言われる経済指標が発表される。この数値が良ければドルが急上昇する。それに便乗して私を含めて個人投資家がドルを買う。でも機関投資家は雇用統計発表後の数十銭のドルの上昇で莫大な利益が出るから、それで手じまいする。するとドルは指標の発表前以上に急落する。1時間もしない内に50万円の元手に対して5万円の含み損が発生する。1時間で5万円なんてクラブやラウンジで飲むのとほぼ同じ額である。1000万円を運用していたら1時間で900万円になっていたところである。
明日は上がるだろうとそのまま放置して眠りにつけば、日本時間の未明にさらに下がって追加の証拠金が発生。追加の証拠金を振込み、今日は上がるだろうと期待すれば、さらにドルは下がって含み損は10万円に、負けを取り返そうカードローンを利用して、元手を100万円にする。損切りして、下落トレンドに合わせて売りで勝負。そしたら予想に反してドルが上昇。またも損切り。
そうこうしている内に20万円以上のマイナス。これを繰り返してカードローンの枠は一杯になる。
私はきっとアメリカと相性が良くないのだと思い、ユーロに手を出す。ドルが下がりだしたから、ユーロも下がるだろう、それにテクニカルチャートの大部分も買われ過ぎのシグナルを出しているから、ここぞとばかり売りの取引をする。予想が的中して、2時間で5万円の含み益。ラッキー。とうとうFXの神様が降臨かと思えば、欧州の経済指標が良かったからといって反転上昇。あれよあれよという間に3万円の含み損。フランスやドイツでテロや大地震でも起ればユーロは下落するのになんて、人として最低な事を考える。
私が上がると思えば下がり、私が下がると思えば上がるから、コンピューターのマウスを改造して自分自身の意思とは反対に注文が出来ないものかと考えたほどである。上がると思って「買い」をマウスでクリックしたら自動的に「売り」注文が出て、下がると思って「売り」注文をしたら自動的に「買い」注文が出る・・・そんなシステムがあれば少なくとも300万円以上を損することは無かったはずである。
そう、夢には叶って欲しい夢もあれば悪夢もある。
給料が入る、FXに投資する、損をする。この繰り返しである。FXは証券会社が運営しているから投資かと思われるが、どう見てもギャンブルである。上がるか下がるかを予想するギャンブルである。
つまり私は為替相場という一見賢そうで小難しそうな投資をしているように見えるが、パチンコや競馬好きと同じギャンブル好きの人間なのである。パチンコは釘を見て台を選び、競馬は過去のレースや馬場、ジョッキーの相性からレースを予想する。それがFXでは経済ニュースを読んで予想するだけの違いである。
パチンコや競馬で生涯の収益がプラスなんて極一部の人で、大抵の人は負けても趣味や娯楽費用として許容しているはずだ。それと同じでFXで稼ぐのは至難の業で、負けても趣味や娯楽費用と最近は考えている。
でもFXを初めて良かったことがある。それは配信されるロイターや日経のニュースで世界情勢が少しは勉強になったこと、日本が午後5時ならロンドンは午前10時、ニューヨークは午前4時ということが分かることである。それにして300万円超える勉強代は高過ぎる。
若い人たちには数十銭の動きに右往左往せず、何億ドル、何百億円の資金を動かせる人物になって欲しいものである。
動かす資金が数万円の私は今日も1000円、2000円を稼ぐため、明日の仕事の影響を省みず、夜更かしをする。
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