第25話 結婚の神の変態化への道のり
「地上の人間達も、神々も結婚をしていってる。君のお陰だね。『結婚の神』」
神の一人から言われた言葉に、ためらいがちに笑顔を返す。
人間達は確かに結婚をしている。だがそれは、家同士の結びつきを強くするため、子孫を残すため、親に、人に言われるがままに結びつく。そこに愛があるのは稀……。
『愛の神』が頑張っているけれど、愛は全てに通じる感情だ。やはり『恋愛の神』が産まれなければ、愛しあっての結婚は難しいようだ。
だから褒められても、ついついため息が出てしまう。
もちろん『恋愛の神』がいなくても恋愛は存在するんだけど、俺がいなくても結婚はするんだけど、何かが足りないらしい。
そう言った意味では俺だけでもいる意味もあるのだろう。
そんな虚無感にも似た毎日過ごしていた中、神々の誰もが見惚れるような存在が産まれた。
原初の炎の神でドラゴンの王であるアハティと、『芸術の神』であるヴェッラモの間に産まれた子供……ファフニールは久しぶりに産まれた神の子供で、その可愛らしさで全ての神を魅了した。
もちろん、俺もその一人だ。ましてや待ち望んでいた『恋愛の神』。あまりにものかわいさに、目が眩んだ。
彼は全ての神に愛されてすくすくと育った。疑う事を知らない純粋な瞳。誰にでも笑顔を向け、誰とでも話をし、遊んだ。
だが全てに愛される存在であるが故に、『恋愛の神』として目覚めることはなかった。
まだ子供だからと皆が言う。
そんな馬鹿な、どの神も産まれた時から自覚があるはずだ!それを言うのは俺だけだ。
皆がファフニールの魅力に犯されて、まともに判断ができなくなっている。そんなはずがないのに!神は生まれた時から、神なのに!
原初の神と聖なる神の間の子だから……そう言う輩もいる。
俺だって原初の神と聖なる神の間の子だ。でも生まれた時から自覚はあった。そう言っても誰も聞いてくれない。
俺から見ると皆が狂っているように感じるのに、皆は俺がおかしいと言う。
俺は正常だ。だって『恋愛の神』の力が目覚めなければ、愛のある結婚にならないじゃないか!
だがその訴えは誰の耳にも届かない。
だから、実行することにした……。
ファフニールの両親にファフニールとの結婚を申し込む。そうすることにより、誰か一人に求められる気持ちを実感してもらう。更に俺の両親にも相談する。彼等にファフニールを嫁にしたいと言ったら、喜んでくれた。狂ってる。俺だってファフニールだって男なのに。
そうやって周りを少しづつ巻き込みながら、ファフニールに自覚を持たせようとする。だけどファフニールは一向に変わらない。それどころかドラゴンの姿に変わり、「俺、かっこいい」まで言い出した。
みんながドラゴンの姿のファフニールを褒める。『恋愛の神』から離れていく。人々の心から恋愛が消えていく。ただただ生物として子孫を残していく。義務のように。そんなことを俺は望んでいないのに……。
ファフニールが『恋愛の神』として目覚めないのは全てを愛するが故だ。誰か一人に恋焦がれれば良い。例えば……それは俺であっても良いじゃないか…………。
そう思い始めたら、堰き止めていた何かが濁流のように溢れてきた。
『恋愛の神』と『結婚の神』は切っても切れない間柄だ。この2人の結びつきが強くて悪いわけがない。男同士とか関係ない。誰かがファフニールに愛を教えなければ、『恋愛の神』にはなり得ない。それに比べば男同士など些末なことだ。
結局、俺もファフニールの魅力にやられていたのだろう。元々あった焦燥感は、『恋愛の神』を目覚めさせる義務感に変わり、義務感は執着に変わった。ファフニールを自分のものにするんだと……。
その執着心を持って、ファフニールの両親と神々の目を盗み、ファフニールを手に入れた。疑う事を知らない彼は、誘拐された事にも気付かず、俺にニコニコ笑いかける。
汚してやりたいと言う衝動と、大事にしたい気持ちを混在させながら一緒に生活をしていく。
そうするうちに段々と狂っていく。
彼の目に映るのは自分だけでいい。
彼の姿を誰にも見せたくない。
自分だけの彼。
彼だけの自分。
2人きりの世界。
誰もいない世界。
誰も必要としない世界。
誰からも必要とされたくない世界。
わたしたちだけの……せかい……。
アタシダケノ……ファフニール……。
「コアトリク!お前、なにをしてるの⁉︎」
私達の世界を壊したのは、お婆様。『子供の神』。
「……おばあ……サマ……」
この頃の俺はもうまともに話せなくなっていた。毒されていたのだ。ファフニールに。
「なんてこと!神格まで失って、あなたは何をしているの⁉︎こんなになって……」
泣くお婆様を慰めることもできない。ただ口から吐息に似た笑いが漏れる。
「こんにちは、だあれ?コアトリクエのおともだち?」
「ファフニール……あなたが原因ね。そう……気付かなかったわ。この子に毒されたのね。コアトリク……。名前も変えられ、堕とされた……。そんなあなたをわたくしでは救えないわ。無力な祖母を許してちょうだい」
祖母はそう言うとファフニールを抱き上げる。
俺から、私から、あたしから、ファフニールを奪うな!それはあたしのもの!
「コアトリク‼︎」
祖母の叫び声と同時に、暗闇が覆う。あたしを覆っていく。祖母の泣き顔が見える。ファフニールの哀しそうな顔!なんて素敵なの‼︎
ああ、あなたは神々を犯す毒。
そして犯されたあたしに解毒薬はない。
分かって欲しい。神々全てに……。
伝えて欲しい。神々全てに……。
彼は危険な存在だと。
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