第24話 最強賢者は恐怖する。

「そんな!……無理です‼︎」

「それが真実だ。アストリッド……」

 母様の言葉は悪夢の様に私の心を乱した。


 ヨウシア兄様へのお仕置きが終わり、私は母様と二人で話しをした。私は母様から今まで知り得なかった事を教わった。そう言えば、遠回しにだったが、ファニーも同じようなことを言ってた。


「母様……私には無理です。そんな恐ろしい事……耐えられそうにありません……」

「……そうか?初めは辛いがすぐに慣れるぞ?」

「無理――です」

 母様の言葉にきっぱりと断りを入れる。

「ではどうする?ファフニールと別れるのか?」

 その言葉には黙るしかない。

「できないなら別れろ。ファフニールが気の毒だ」

 その言葉を最後に母は黙ってしまった。

 だから私は母の部屋を出る事にした。どうしたら良いのか分からない。皆、そんな事をしているのか……。母も妹も……。

 やってみもしない内に逃げるのも癪だが、やはり怖いことは確かだ。それに……自分からなんでも話そうと言っておきながら、逃げるのは間違っている。まずは話す事が必要だろう。



◇◇◇



 私達の部屋はまだ使えないので、軟禁部屋を使用している。軟禁部屋に戻ると、ソファに座るファニーと目が合った。いつもは隣に座るが、今日は対面に座る。そんな私にファニーは戸惑っている。

「アストリッド様……その今日は逃げてすみませんでした」

 ファニーから切り出してきた。

 そうだな……黙って逃げると言う事は卑怯なことだ。それは謝罪すべき事だ。そしてそれが誠意だ。


「私からも謝らせて欲しい。昨日、ファニーが言っていた事が分かった。母様から聞いた。ファニーは優しく私に教えてくれようとしていたのに……申し訳ない。察せれなくて……ただ、私は本当に知らなかったんだ。それだけは分かって欲しい……」

「あ……それは大丈夫です。分かってもらえたなら良かったです」

 ホッとしたような表情で微笑むファニーを怖く感じた。ファニーのことは大好きだが、それとこれとは違う気がする。なぜなら、これからやろうと言われた困る。私は……怖い。


「アストリッド様?」

「すまない……ファニー。私には……できそうにない。怖いんだ。臆病者だと罵ってくれ」

 これでファニーから別れを切り出されるなら仕方ない。そこは甘んじて受け入れよう。私は決死の覚悟で言葉を紡ぐ。本当は別れたくないくせに。


「あ……まぁ、女性のそう言う意見は聞きますし、あの……俺は待てますから!だから安心してください!」

「……ファニー……」

 ああ、私は本当に良い相手を選んだようだ。こんな私を待ってくれるとは。こんな意気地なしな私を……。


 母様の話を鑑みるに昨日は途中までは行けたのだ。つまり問題はその後……。その後は怖いが、その前までは問題なかった。むしろ良かった。つまり!


「ファニー!昨日くらいまでなら平気だ!そこまでならいつでも来い!私はいつでもどこでも受けて立つぞ!!」

 私は私の決意を言葉に出した!


 ファニーは目を見開き、真っ赤になる。そして顔を隠し、「そんな言われ方されると無理です」と言った。


 何が悪かったのだろう……。



◇◇◇



「と、言うわけでなにがダメだった?」

「なんで俺に?シーグリッドにでも聞けよ!」

「シーグリッドは女だ。男の気持ちは男に聞いた方が良いと思ったんだ。それにこんなことは妹には聞けないだろう。恥ずかしい!」

「俺に聞くのが恥ずかしいと、できれば思って欲しかった。ああ、でもあんたにデリカシーを求めても無駄か……」

 相変わらず毒を吐くレオンの頬をつねる。痛い痛いと言うから離してやると、頬さすりながら私を睨む。

 そうは言うが私に毒を吐けるのは、こいつくらいだ。さすが勇者と言うべきか。


「あのなぁ、男って意外に繊細なんだよ!そんな喧嘩を売るみたいな言い方されて、『そうですか?じゃおかいまいなく!』なんて言う阿呆ばかりじゃないんだよ!特にファニーは繊細なんだから‼︎もう少し色ぽく誘え!そもそもこの間まで、できてただろう?あの誘い方で良いんだよ‼︎」

「……その結果、ファニーが暴走したらどうすんだ!私は……まだ……む、無理だ‼︎」

「いや……ファニーにその度胸があるとは思えないけど……」

「そう……だな……」

 

 ファニーに拒否されていたたまれなくなった私はレオンの部屋に逃げた。レオン達の部屋は母様が破壊してしまったので、今二人は客間にいる。あの破壊具合だと治るのは明日だろう。


「……シーグリッドはどうだった?やっぱり怖がっていたか?」

 私の質問にレオンは冷めた目で返す。

「俺がそういうの言うと思う?俺は受けた相談は絶対誰にも言わねーよ。分かってるからあんたも俺のところに来てんだろ?」

 レオンのその言葉には頷くしかない。おそらくファニーもレオンのところに相談に来てるはずだ。だがレオンはそれをおくびにも出さない。


「すまない……馬鹿な事を言った」

 素直に謝ると、レオンは大人の顔で笑う。

「もう忘れたよ。どちらにしろ、あんたがやってほしい事を素直に言って、そん時の気持ちファニーに伝えれば良いんじゃね?ファニーは喜ぶよ」


「……そうか、つまり胸を揉まれるのは気持ちよかったと言えば良いんだな?」

「………………お前……俺の言った事をちゃんと聞いてんのかよ?」

「素直に言えと言っただろう?」

「色っぽく言えって言ったよな⁉︎」

「だから……それは今は無理だ!」

「……うん……まぁ、もういいや。良いんじゃね?頑張れ」


 「察し」と一人ごとを言うレオンを無視して部屋へ戻る。


 部屋に戻って、ありのままを伝えたら、次はファニーが出て行ってしまった。私達の道のりはかなり遠いようだ……。

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