第21話 モブ顔勇者の悩みごと相談室
愛する妻(まだ仮)と扉の前で別れる。大丈夫だと思っていても、いつも不安になる。
大きなお腹の中には子供がいる。男の子。まさかこんなに早く父親になるとは想像もしてなかった。そしてそれがこんなに幸せな気持ちにさせてくれるとは知らなかった。
「また、不安そうな顔して!『出産の神』から直々に加護も頂いてるのよ。安産確定!レオンは心配しすぎ!」
そう言ってシーグリッドは笑うけど、神様なんて信じてない世界から来た俺には、どうも実感がわかない。そもそもこの世界の1番の親友であるファニーが『恋愛の神(笑)』だ。あれが恋愛の神?あのアストリッドのキスひとつで真っ赤になってるヤツが?
ご利益があるとは思えない。
シーグリッドと別れて廊下を歩く。狭い1Kのアパートに住んでいた頃には考えもしなかった。こんなに大きな城に住むことを。ましてや、あんなに色っぽくて、スタイル抜群で、更に一途で、更に更に何もかもが相性の良い奥さんに出会える事を。
だってそうだろう?シーグリッドは峰不二子並みの美女だぞ?それが俺の妻!しかも俺にベタ惚れ!甘える姿はかわいいし、嫉妬されると嬉しくなるし、怒る姿すら愛おしい!
しかもこれからはエーゲシュトランド家だかを継いで、領地経営をしろと言われた。俺は大学で経営学部だった。更に領地経営のゲームはそれなりにやり込んでいる。そんな俺に振って沸いた幸運!異世界召喚万歳としか言えないじゃないか!
元いた世界に未練がまったくない訳じゃないけれど、ここまでの幸運を手放す気なんてない。俺はこの世界に馴染み、そしてここに骨を埋めようと決心してる。
そんな事を考えながら、意味もなく歩いていると廊下の先に佇んでいる親友を発見する。昨日、アストリッドとファニーは二人きりの夜を過ごした。あいつら夕飯にも来なかった。となると……親友としてお祝いしてやらねば、なるまい!どうせ、俺は今日も予定がない!自慢じゃないが絶賛ニート中だ!暇つぶしにはちょうどいい!
「ファニー!」
大きな声で呼んで手を振る。あいつのにやけた面を拝んでやる!
だが、振り向いたファニーの顔は予想と正反対だった。嫌な予感がする……。なんと言っても俺は空気を読む事に重きを置き、右に倣えと言った集団行動を得意とする生粋の日本人だ。その日本人の俺が、全力で逃げろと警鐘を鳴らす。面倒ごとに巻き込まれる前に逃亡しろと!
「あ!そうだ!シーグリッドの頼まれごとがあった」
我ながら呆れるほどの棒読みだ。踵を返し、戻ろうとしたその瞬間、肩をガシッと掴まれた。やめてくれ!すげー関わりあいたくない!
「……レオン……」
しかも相変わらずの涙声かよ!嫌だよ!なんで神様(笑)の悩み事を聞かなきゃいけないんだよ!普通は逆だろう⁉︎
とは言えど、こいつはこの世界で唯一の親友だ。神だかドラゴンだか分からない存在だけど、このはちゃめちゃな世界で唯一常識的な存在だ。
目をギュッと瞑って、パッと開き、そしていつもと同じ様にファニーと肩を組む。顔は……頑張っていつもの笑顔を作る!
俺は空気を読む日本人!
NOと言えない日本人!
「嘘だよ!ファニー⁉︎昨日はどうだった⁉︎」
そしてわざと顔を覗き込む。
ヤバ!すげー目の下の隈!これは……吸い取られちゃった系?それとも見た目通りの女王様系だった?ちょっと好奇心がそそられるんだけど?
「レオン……おれ……どうしたら……」
顔の動揺が激しいファニーに更に好奇心が唆られる。これは聞くしかないだろう?嫌な予感もするが、楽しい気配もする!
「ここではなんだ!俺の部屋に来いよ」
そして俺はシクシク泣くファニーと肩を組み、部屋へ向かった。
◇◇◇
「あ……ベビーベッド……」
部屋に入ってファニーが1番初めに言った言葉はそれだった。シーグリッドとの結婚が決まった時点で、俺達には二間続きの広い部屋が与えられた。そして子供ができたと分かったと同時に、子育てに必要なあらゆる道具が揃えられた。途轍もなく怖いけど、リューディアさんは良い母親だ。
リューディアさんが泣き叫ぶヨウシア義兄さんを城の天辺に括りつけるのを見ながら、この親に孫の面倒を見てもらうのはやめようと心の底から思ったけれど……。
「で?ファニー、どうしたんだよ?昨日は夕飯にも来ないでさ!」
まずは明るく声をかけよう。目の前のソファに座るファニーの顔は絶望的に暗いけど。
「それどころじゃ……なくて……」
「それ……どころじゃない?」
なんなんだろう……。俺の妄想がはち切れそうだよ!ファニーくん!君はどんな大人の階段を登ったんだよ!
「レオンは、俺とアストリッド様の馴れ初めって知ってたっけ?」
「え?確かアストリッドがファニーを退治に行ったんだろう?」
普通に考えればあり得ない出会いだけど、異世界だし、そんなものかと思ってた。
「うん、その時、俺は死にたくなくて恋人もいないし、初恋だってまだだから嫌だって泣き叫んだんだ」
「……うん?」
なんの話が始まったか分からず、とりあえず聞くことにした。不安になりながら。
「そしたらアストリッド様は初恋とか、恋愛ってなんだって聞いてきて、それでそれらを教えてくれれば生かしてやるってなって……」
「……うん」
ああ、どうしよう。なんとなく結末が見えて来た。こう言う時に察する能力がある自分が辛い!
「それで……なんだかんだで俺とアストリッド様は付き合う事になって、いつもアストリッド様が俺にキスしてきてたけど、なんて言うかその簡単って言うか、挨拶のキスって言うか……」
「お子ちゃまキスだな?」
俺の一言にファニーはうんうんと首を振る。やばい!想像以上にあほくさい予感がする。聞きたくなくなってきた!
「それで、この間、色々あって俺から、うんと、えっと、その……違うキスしたんだけど……反応がないってわけじゃないんだけど、返して来ないっていうか、応えてくれないって言うか……」
目を瞑りながら、真っ赤になりながら、更に言葉を選び、言いにくそうに話すファニーを見てると、なんだか段々と気の毒になってくる。
こいつ……本当に友達がいなかったんだな……。
「ああ、うん。何と無く分かった。もう言わなくても大丈夫!」
「あ……本当に?良かった」
安堵の笑みを漏らすファニーを見る。とりあえずもう一度確認しよう!
「その様子だとファニーはちゃんと知ってるんだよな?」
「それは俺は一応『恋愛の神』だし、151歳だし、知識はちゃんとある……よ……」
ファニーは親指をくるくる回しながら、言いにくそうに話す。念のためにもう少し聞こう。
「つまり、ファニーの方の理由でできなかったんじゃないって事だよな?その――焦っていたとか、まぁ151歳だから――とか?」
「ち、違うよ!そりゃ、初めてだから焦ってないとは言わないけど……」
「ああ、まぁそれは……そうだな……うん。悪い」
つまり、原因はアストリッドらしい。あの姉妹は顔だけ見てると百戦錬磨のような表情をしているが、実際は違うようだ。シーグリッドだってあれだけ色気だだ漏れなのに、初めてが俺だ。そこだけは貴族らしい。
そしてアストリッドはシーグリッドと違って戦いばかりしていた。そんな勉強しかしていなかったと昨夜、シーグリッドが言っていた。姉様は知っているのかしら?とも言っていた。まさかその予想が的中してるとは!
「昨日、説明してみたんだけど、俺も直接的には言えないし、アストリッド様は察する能力ないし、しまいにはアストリッド様がキレてしまって、やってみろって言うんだけど、そんな雰囲気ではできないし……もう俺はどうしたら良いか……」
「ああ、まぁ……アレじゃね?死なないんだろ?気長にやれば?」
「人ごとだと思って!生殺しな俺を助けてよ!お陰で昨夜は一睡もできなかったよ!今もいたたまれなくて、部屋を出て来ちゃったんだから〜」
そしていつもの様にファニーはわ〜んと声を出して泣き出した。泣きたいのは俺の方だ……。いや……そういえば……。
「そうだ!ファニー、シーグリッドがちょっとエッチな恋愛小説を持ってるんだよ。それでも読ませたら良いんじゃね?」
「そんなの読ませて大丈夫?」
「大丈夫!シーグリッドがいない時に暇つぶしで読んでみたけど、今のアストリッドには良い感じだぜ?」
そうだ、そうだと思いながら立ち上がる。確かクローゼットに隠してあった。どこの世界でも隠す所は一緒らしい。
ファニーも俺に付いてくる。その顔は嬉しそうだ。
そうだな。やはり親友は助けてやらないとダメだろう。
開き扉のクローゼットを両手で開ける。
……目があった。
すみません……と謝りながら再び閉める。
ファニーと顔を見合わせる。
どうして良いか分からず、二人して笑う。
そしてお互い肩を組む。
「レオンは勇者でしょ!よろしく!」
「それを言うなら、お前なんか神(笑)じゃねーか!」
談笑しながらクローゼットから離れる。
そこはもちろん早歩きだ。
あと5歩で扉にたどり着く。
ヤバいくらい跳ねる心臓。
あり得ないくらい流れる冷汗。
恐怖のあまり血走る瞳。
ホラー映画やサイコ映画の主人公になった気分だ。いや、この場合の俺の立ち位置は主役の親友。早めに幕引きされる立場!
これは映画じゃない!俺には美人すぎる妻と、これから産まれるかわいい子供がいる!
あと2歩!そう思った瞬間、クローゼットの開く音がする。
ギギギギギッ――おかしくないか⁉︎ だって俺が開けた時にはスムーズに音も立てず開いたのに!
慌ててドアノブに手をかけ、廊下に出る。
ファニーと二人で思いっきり叫ぶ‼︎
「「助けて!リューディア様‼︎」
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