第20話 最強賢者の決意
ヨウシアの部屋に入ると、薬品の匂いがした。相変わらず気持ち悪い部屋だ。ファニーに頼んでヨウシアをベッドに寝かせ、部屋を出る。母様もファニーのお陰で優しくなったものだ。昔であれば、冬を越すまであのまま吊るしていたはずなのに、ファニーの一言で許してあげるとは。私達の家族はファニーのお陰で良い方向に変わっているのだろう。
「ファニー、コアトリクエに荒らされた私とお前の部屋は元に戻っているそうだ。お前の部屋に行っても良いな?」
「あ……はい」
トボトボと私の後ろを歩くファニーの様子が変だ。何か不満があるなら言って欲しい。私には人の心の機微など分からないのだから。
ファニーの部屋の扉を開けると、なるほどな……と思った。
赤い壁紙に赤いベッドカバー、赤いカーテン、赤い……
「わー!俺の部屋が赤一面に侵されてる‼︎」
前にも同じような台詞を聞いたな……と心の中で独りごちる。と言う事は、またコアトリクエの仕業か……。
部屋に入ってソファの間のテーブルを見ると、やはり手紙が置いてある。ファニーは私の肩を掴み、ガクガク震えている。
「開けるぞ?」
こくこくと頭を振るファニーの目は相変わらず涙目だ。強引にキスをしてくれた時は随分と男らしかったのに、あのファニーはどこへ行ったのか……。
手紙を開けると、バサバサバサと落ちる紫がかった赤い髪。今回は多いな……。
そして手紙の文は、『私とあなたの愛の巣よ。愛してるファフニール』と言う文字がびっしり書かれてる。
「わ――――――――――――――――!」
とファニーが叫ぶ声が響き渡る。そうなると思っていたので今回は耳を塞いだ。うるさいな。
そして、ファニーがかわいくてたまらないのだろう。ファニーの叫び声を聞いた母がやって来た。部屋を見回して、「またか……」と呟いた。
怯えるファニーの手を引きながら、私の部屋に行く。母も当然のようについてくる。
私の部屋はペンキがぶち撒けられてた。色は黒だ。正面の壁に『死ね』と書かれている。更にベッドはズタボロにされ、両親に買ってもらった家具は木屑となっていた。開いた扉の後ろにナイフで刺さった手紙がある。ナイフを引き抜き、手紙を見ると『殺す』と一面びっしり書かれてる。思わず手紙を握り潰す。するとずっと怯えて泣いていたファニーの顔色が変わった。
「アストリッド様を殺す?」
その声色も随分と低い。こいつは私が絡むと人が変わったようになる。いや、変わってしまう。すぐに邪神化しそうになる。仕方ない。これも妻になる者の役目。
「ファニー、私は大丈夫だ」
そっとファニーの額に手をかざし、軽く前髪を持ち上げると、彼の顔色がその髪の様に赤くなる。これだけでファニーの邪神化は止まる。実に単純だ。この間の様に積極的に来て欲しいと思う一方で、このままのファニーでいて欲しいとも思う。恋愛の矛盾を制御するのは難しい。
「仕方がないな。また客室を利用しろ。もしくは軟禁部屋だ。どちらか好きにしろ」
「軟禁部屋はシーグリッド達が使っているのでは?」
「レオンがやっと力の制御ができる様になったから元の部屋に戻した。これでやっと結婚式が挙げられる。シーグリッドが未婚の母にならずにすんで良かった」
「良かったです。シーグリッドさんのウェディングドレス姿はきっと綺麗でしょうね」
母の会話の切り替え作戦に乗ったファニーがニコニコと笑う。単純なやつだ。
「そう言えば、私のウェディングドレスは?ファニーがデザインした」
「ああ、それならレオンのアイテムボックスに預かってもらっている。レオンの意志でしか出し入れできないらしいから問題ないだろう」
レオンのアイテムボックスは、彼だけが持つ独特のスキルだ。今の私でも再現は不可能だ。だとすれば安全だろう。
「私達の結婚式をシーグリッドと一緒にしてはどうでしょうか?別に一緒にしてはダメだと言う理由もないでしょう」
「あ……アストリッド様、本当に俺と結婚しても良いんですか?」
「は?」
ファニーの言葉に切れ気味に見ると、申し訳なさそうな顔をした彼と目が合った。この目には覚えがある。自分の事ではなく、私の事を考えている目だ。こいつはいつも優先順位が自分ではなく他人だ。もっと自分の欲望に素直になれば良いのに!
「ファニーは私と結婚したくないのか?」
だから怒りのままに言葉を放つ。
「アストリッド様は嫌じゃないですか?神になったら、家族の死を見守る事になってしまいます。それこそ最悪は自分の子供達の死を……」
私のご先祖のマルティナに感化されたらしい。そしてあの時の私の意見は聞いてないらしい。
「私は大丈夫だ!そう言っただろう」
「でも……」
「ファフニールは気にしすぎだな……。まぁ、その話は二人きりでするものだ。この部屋の片付けの手配はしておくから、続きは二人きりで話せ」
母に促されたので、ファニーの手を強引に掴み、そのままクルクリ王城自慢の軟禁部屋へ急ぐ。まったく他人の意見にコロコロ惑わされるファニーには困ったものだ。
ファニーを軟禁部屋に放り込み、そしてそのまま……よし!決めた!
ベッドに引っ張って行く。戸惑うファニーと共にベッドに座り、じっと目を見る。ファニーは相変わらず真っ直ぐ私を見ることができない。どうしてこいつはこんなにお人好しなのか⁉︎
「ファニー!私はお前と結ばれて神になると分かった時点で覚悟は決めた!だから大丈夫だ」
「で、でも、俺はみんなの死を見送るのは辛いです!リューディア様もレオンも、みんなが先に逝くのを見てるなんて――想像しただけで!」
またポロポロ涙を流し出したファニーをじっと見つめる。そしてため息混じりに言葉を紡ぐ。
「ここで結婚しなければ、私も看取ることになるぞ?それでも良いのか?」
「――――‼︎」
慌てて顔を上げた。気付いてなかったのか……。相変わらず考えが足りない……。
「嫌だろう?だから私と結婚しよう。そうすれば私が慰めてやろう。母やレオンが死んで、その子供達が死んで、そして仮に私達の子供が先に死んだとしても慰めてやる。そしてお前も私を慰めろ。そうやってお互いに慰め、支え合いながら生きていこう。エヌルタとマルティナに足りなかったのは会話だ。私達は彼等を反面教師として、支え合って生きていこう。私はそれができると信じてる」
話しながらそっと抱きしめると、ファニーもゆっくり抱きしめてくれる。良かった。分かってくれたようだ……。
「アストリッドさま……俺、頑張ります」
「私も会話は苦手だから……私も頑張ろう。だからなんでも言ってくれ」
頷くファニーを確認し、そっと離れ視線を合わせて軽くてキスをする。私はこれしかできない。知らない……。
「アストリッドさま……あの……俺」
真っ赤になるファニーを見ながら、私の鼓動は早くなる。覚悟は決めた!あとはファニー次第!
そのままファニーにもう一度、キスをして、耳元で誘う。唾を飲み込む音が聞こえ、ファニーの手が私の後ろ頭に添えられる。初めて見る男の顔をしたファニーに笑いかけると、彼は優しくゆっくりと私をベッドへと誘った……。
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