第17話 最恐ドラゴンからの初めてのチュウ
ショマール王城の上空から城を見る。城は高い岩山の上にそびえ立つ様にある。城を囲む城壁はオレンジ色で、城はグレーがかった白だ。白く美しい尖塔が立ち、灰色の尖った屋根が乗っている。
かわいいお城だから壊さない様にアストリッド様と『戦いの神』を見張らなければ!俺はそっと決意した。
アストリッド様に鑑定しろと言われて、俺は魅了を振り撒きながら歩く一団を見た。その中で鑑定できない人がいた。俺が鑑定できないってことは俺よりレベルが高いということだ。そんなの神でしかあり得ない。そして鑑定できなかった人は、真ん中を歩いていた王冠をつけたかわいらしい姫だった。
アストリッド様はその人が『戦いの神』の奥さんだって言った。アストリッド様のご先祖様だって。
秋に広がる稲穂の様な黄金色の髪、小麦色の肌。小さめな身長。全体的にかわいい感じだ。歩き方もぴょこぴょこしてたし、にこやかな笑顔で小さい手を一生懸命振っていた。声も高かった。アストリッド様に似ているのは、目の色だけだ。
あんなかわいい人が、『戦いの神』を殺そうとしたなんて信じられない。
「……いるな」
アストリッド様がポツリと呟く。
「ああ……」
『戦いの神』も腕組みしながら呟く。
俺はその横で2人を見比べる。
似てる……。良く似てる。特に偉そうなこの感じ。本当に良く似てる。違いは男か女かでしかない。
「あの女に会って、お前達はどうする気だ?」
「聞きたい事があるだけだ。『戦いの神』は、自分の名前を聞くだけか?それだけで良いのか?」
「…………」
『戦いの神』は黙ってしまった。でも俺は知ってる。『戦いの神』は、アストリッド様のご先祖様、つまり元奥さんが今でも好きなんだ。両思いだと良いけど……。
でもアストリッド様のご先祖様はどうだろう。浮気した旦那さんだし、殺そうとした相手でもある。今も憎んでいるかも知れない。
「とりあえず城に侵入するぞ。私の『隠密』のスキルを使って入るぞ」
「面倒だ!このまま突っ込む!」
アストリッド様の言葉を無視して、『戦いの神』が突撃しようとする。というか、突然した!
やめて!かわいいお城を壊さないで!
――遅かった!ああ、美しい尖塔が真っ二つに折れてしまった。上の部分がくの字に曲がり、地面に落ちて行く。人がいなきゃ良いけど……。
「ファニー、おかしいと思わないか?」
「なにがですか?」
聞き返す俺は半べそだ。『戦いの神』のバカ。
「こんな事態なのに誰も騒いでない。尖塔が折れて地面にぶつかったにも関わらず静かなものだ」
俺は城を見る。爆音を立てて尖塔は地面に刺さった。だけど門を守る衛兵はびくとも動かない。洗濯物を干している洗濯婦も、シーツの埃をはらうだけだ。巡回の騎士達も順路を変える様子はない。
「どうなってるんですか?」
「さぁな。とにかく『戦いの神』を追いかけよう」
俺は頷いて、アストリッド様に続く。『戦いの神』は壊した尖塔から城の奥に入っていく。俺とアストリッド様はそれに続く。途中、城の人とすれ違うけど、まったく反応しない。それどころか普通にお辞儀される始末だ。どうなっているんだろう……。
どんどんと奥に進み、重厚そうな扉を『戦いの神』が大剣で切ると、そこには黄金色の髪を持つ女の人が立っていた。
部屋を見回すと、大広間だということが分かる。たぶん夜会とか晩餐会とか開くような部屋だ。高い天井からはシャンデリアがぶら下がり、大きい窓から日の光が柔らかくあたる。床は大理石だ。歩くとカツカツ音が響く。部屋の片隅に楽器を持っている人達がいる。その人達が音楽を奏で始めると、黄金色の髪の女の人が、『戦いの神』に手を差し出した。その姿は怪しいまでに美しく、その笑みは心を喰らい尽くすように妖艶だ。
魅入られるように、『戦いの神』は女の人の手を取る。そして大剣を床に放り投げ、踊り出す。
「アストリッド様!『戦いの神』の様子が変です」
「そうか?あれだけの美しい人だ……仕方ないだろう。ああ……私も踊って頂けないだろうか……」
「え――!」
アストリッド様の表情が変だ!恍惚としている!『戦いの神』と同じ顔だ!なんで?アストリッド様は俺の加護で魅了の類いは効かないはずなのに!
「あいつばかり踊りやがって……憎い。私もあの方と踊りたい。ああ、あの方と一つになりたい……。憎い、私の邪魔をするあの男が!」
アストリッド様が『戦いの神』を睨む。今にも殺しそうな顔だ。俺は慌ててアストリッド様の肩を掴んで止めようとするけど、「離せ!」と怒鳴られる。アストリッド様が俺以外を求めてる!嫌だ!俺の心は張り裂けそうだ!
「アストリッド様、正気に戻って下さい!アストリッド様の恋人は俺でしょう⁉︎俺以外を見ないで!」
「うるさい!自分からキス一つできない男なんて願い下げだ!離せ!私はあの方と結ばれるんだ!」
アストリッド様の言葉に涙が出そうになる!確かにキス一つできないけど――ヘタレだけど――すぐ泣いちゃうけど――そんな俺でも譲れないものがある!
アストリッド様の顎を掴んで、ぐっと唇を近づける。そしてそのまま口付けを交わす!
アストリッド様からの口付けはいつも、唇が触るだけの簡単なキスだ。でもアストリッド様が望むなら俺はもっと深いキスがしたい!アストリッド様をもっともっと感じたいっていつもいつも思ってるんだ!
そのまま貪るように口付けを交わす。抵抗されるけど俺の方が力が強い。無視だ!今の俺は遠慮なんてしない!
だってアストリッド様が他の人を求める姿なんて見たくない!俺だけの人でいて欲しい!アストリッド様が色っぽい目で見つめるのは俺だけにして欲しい。他の人に見せないで!
その内抵抗しなくなってアストリッド様の腕が、だらんとしてきた。そして次に俺の首に手を回してきた。
だから唇を離してアストリッド様を見る。いつものけぶった様な空色の瞳がそっと開き俺を捉える。いつものアストリッド様の目だ!
「……ファニー」
「アストリッド様」
アストリッド様が俺にぎゅっと抱きついてきた。良かった……戻ってくれた……。
「ファニー、もう一回……」
「なにを言ってるんですか⁉︎敵がそこです‼︎」
怖い!さすがアストリッド様!まさかのここでのおねだり?う…嬉しいけど……その、後でもう一回お願いします!
「そうだったな。魅了か?随分と効いた」
アストリッド様が女の人に剣を向けると、音楽は止み、『戦いの神』は崩れるように床に落ちた。
「さすが『恋愛の神』、愛の力で魅了を解いたか。アストリッド、どうだ?効くだろう……神の力での『強制魅了』は……。この力でこの国の人間は私の言いなりだ。何が起きても動じない。お陰で私はやりたい放題だ」
女の人は、『戦いの神』大剣を拾い、軽々と振った。たぶんこの人、強い!
「そうだな。だがお陰で良いものを味わえた。私のファニーが純粋ドラゴンではないことも分かった。むしろ感謝するよ――ご先祖様?」
あ、ああ、ああ…アストリッド様⁉︎何を言ってるの‼︎俺は恥ずかしくて穴があったら入りたいよ!
「ああ、色々な意味で感謝することになるさ」
女の人の目が怪しく光った……。
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