第16話 不憫な女性が嫌う者
殺してやる、そう思った。
私は彼のために全てを諦めたのに、彼はそんな事は気にしてもいないのだと実感した。
変わらぬ姿のまま、老いた親を看取り、愛してやまない子供の死に涙し、孫の死に心が壊れそうになった。それでも愛する彼のためにこの長い生を共に生きていく努力をした。だが生まれついての神々には分からない嘆きは私を孤独にし、心は徐々に疲弊していった。理解してもらえない心の痛みは、降り積もる雪の様に重さを増し、溶けない氷の様に冷たさを増した。
そんな私が不満だったのだろうか。私達が幾度となく愛し合ったベッドの上で、他の女といる彼を見た時には笑うしかなかった。
もう何もかもがどうでも良くなった。
魔が刺したわけでもなんでもない。
ただただ何もかもがどうでも良くなった。
私がこの永遠の責め苦に苦しめられるのは、神になったからだ。神になったのは、このつまらない男のせい。こいつを殺せば私も死ねるはずだ!
もはや嫉妬心はない。愛もない。恨みもない。なんの感情もない。ただ死にたかった。それだけなのに……。
「我らが神よ……。どうなさいました?」
男の声に視線を向ける。陶酔しきった目が気持ち悪い。そろそろこの国も潮時だろう。
あぐらをかいて玉座に座る私を見るこの国の王族、並びに貴族達。誰かが私を殺してくれないかと思うが、誰も殺してくれない。
神を殺せるのは人間だけだと思ったが、予想とは違うらしい。
あいつも殺し損ねた。私のやる事は何もかもがうまくいかない。
そして……ああ、またあの嫌な足音が聞こえる。心の底から嫌悪感がする。今すぐなぶり殺してやりたいくらいだ……。だが、頭にくること役に立つ。あの子の事を教えてくれたのもヤツだ。私と同じ思いなど、させてなるものか!
嫌なヤツが血に染まったウェディングドレス姿でやってくる。鮮血の様な唇から、甘ったるい言葉籠れる。
「どぅお?あたしの言ったことは、ほんとうだったでしょうぅ?」
ああ、言葉使いすら気持ち悪い。抑えらない苛立ちから、玉座の肘掛けを握り潰す。そんな私の姿を見て、満足そうにヤツは笑う。
「あなたの大事な人もいたわねぇ。捕まってたのに助けてぇ、あげなくて、良かったのぉ?」
更に絡みつく様に手を伸ばしてくる。
触るな!と弾くが、恍惚な表情を浮かべるだけだ。
「情報には感謝する!だが私は貴様が嫌いだ。できるだけ顔を見せるな‼︎」
威圧を込めて語気を強める。人間共がそれだけでバタバタと倒れていく。だがヤツは逆に興奮した様だ。口の中に指を入れて気持ち悪く笑う。
「やっぱり、あなたイイわ。あたしはあたしを嫌う人が大好きよぅ。あなたのその睨み殺すような目がたまらないわァ〜」
「変態め‼︎」
視線を逸らしたら負けだと分かってる。だが見ていられない。何故、こんなのが神なのか‼︎
「アストリッドはこちらに来るようよ。遠いとお〜い、お婆様はどうしてあげるのぉ?あの子は強いわよぅ。さっき戦って分かったわ。もうかなり神化してるわぁ」
「まだ人間だ。殺せるはずだ!これがあの子のためだ。分かってくれるはずだ!」
「そうかしらぁ?まぁイイわァ。ところでぇ。あなたの元旦那様も一緒にくるみたいだけどぉ?」
「私に夫はいない……。あれは他人だ!」
私の言葉にヤツは愉悦に満ちた表情をする。
だが本当の事だ。私の夫は死んだ。私をこの世界に引き入れ、私を裏切った夫は私が殺した。だからアレは他人だ。例え同じ姿と声を持っていたとしても。私を射抜く様な視線を忘れられないとしても……。
「迎え打つのねぇ。うふふ。楽しみだわぁ。時を超えての再会ねぇ。あなたと元旦那様、あなたと遠い子孫。あたしとファフニール」
何がおかしいのだろう……本当にずっと笑ってる。それともどこか狂っているのか。
「お前を追いかけて来てるヤツらはどうする?相手は原初の神だ。もうごまかせないぞ?」
「そうねぇ。あなたとあなたの元旦那様とその元婚約者と恋敵……揃い過ぎだわぁ。役者が多いと舞台はしらけてしまうものよねぇ……。そろそろアレを差し向けるわぁ」
そうか、と言って、玉座を立ち上がる。
人間共を争いの渦に巻き込みのも、飽きてきた。次は私が戦おう。それがあの子の、アストリッドのためなのだから!
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