第14話 最強賢者の怒り

 昨夜は本当に頭にきた。温泉を堪能して戻ってきたら、ファニーと『戦いの神』が二人仲良く床に倒れていた。おそらくファニーが『戦いの神』をかわいそうに思い解放しようとしたのだろう。私の言いつけを守らないとは、なんて男だ!頭にきたからそのままにして、一人でベッドに寝た。せっかく昨日こそはと思っていたのに!


 だから私は現在、寝室に籠城している。扉を一枚隔てたリビングにいる『戦いの神』の「そろそろ許しやれよ〜」と言う声がたまに聞こえる。

 そしてひたすら聞こえるのがファニーの泣く声と、謝る声と扉を叩く音。かれこれ2時間以上泣いている。そうするとさすがにかわいそうになってくる。すっと立ち上がって扉を開けると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってるファニーと目があった。相変わらず情けない顔をしている。


「あ…アストリッドざま゛。ごべばざい。魔がさして……」

 何を言ってるのか分かるが分かりたくない。入る様に目で指示すると、泣きながらトボトボ寝室に入ってくる。

 『戦いの神』と目が合う。ニヤっと笑う目が気持ち悪い。


 私はベッドに座り、ファニーにはその前に正座をさせる。ファニーはグシュグシュ泣いてる。慰めたいがダメだ!ここで許したら、こいつはまたやる!


「ファニー……お前は自分のした事が分かるな?」

 語気を強めて言葉を放つ。そもそも私達の目的は、『戦いの神』の妻であり、私の先祖である女性を探す事だ。唯一の手がかりである『戦いの神』を逃しては、コアトリクエを生まれ変わらせる事ができないではないか!


「ごめんなさい……。だって……『戦いの神』がアストリッド様の肌がすべすべって……いうから……」

「すべすべとかそういう問題じゃないだろう!『戦いの神』のロープはそんなにキツく締めてない!いくら可哀想だからって縄を解くなんて……すべすべ?」

 争点がずれてる気がした。これはちゃんと話し合いが必要ではないかと。


「……ファニー、お前は『戦いの神』が可哀想だから縄解こうとしたんじゃないのか?」

「え……。違います。『戦いの神』が二人っきりになりたいだろう……って。だってここの温泉は肌がすべすべって……。だから……いやらしくて……ごめんなさい……」

「…………」

 途端に馬鹿馬鹿しくなってきた。思い違いも良い所だ。思ったより純粋ドラゴンではなかったらしい。喜ぶべきなのかどうなのか。

「ファニー……」

「……はい」

 シクシクなくファニーの顔はぐちゃぐちゃだ。でもそれでも、それすらも良いと思うから、恐ろしいと思う。最近は『恋愛の神』の自覚が出てきて、金髪が増えて、顔も凛々しくなっていってる。でも前の時の様に私の感情が冷める様子はない。おそらく今後も冷める事はないのだろう。これから先、こいつがどんなに馬鹿な事をしても、間抜けな事をしても……。


 そういう思いを伝えるべきか悩んでいたら、外から聞こえる歓声に我に返った。


 アストリッド様?と尋ねるファニーを無視して、窓から外を見る。このホテルはメイン道路に面している。そこを我が物顔で歩く集団に眉をひそめる。アレが噂の姫の一団だろう。魅了を振り撒き、民衆に応えている。


 手招きでファニーを呼び、その集団を『鑑定』させる。

「……できない人がいます」

 ファニーの言葉は予想通りだった。

 神と結婚した人間はその神と同じ神になる。つまり私はファニーと結婚したら、『恋愛の神』になる。

 そうすると私の祖先は『戦いの神』となったはずだ。今回の戦争の火種はこの国の姫だ。となると、焚き付けている者こそが私の祖先の可能性が高い。

「どれだ?」

 ファニーが指差す先を見る。

「…………………………間違いないか?」

「……はい」

 予想と違った。姫の隣を歩く侍女だと思っていたのに……。


「あの……アストリッド様はもう怒ってないですか?」

 相変わらずの猫背で上目遣いの泣きそうなファニーを無視して、更に私の祖先であろう人を見る。

 私と似てない。やはり私は『戦いの神』似だ。しかし思ったよりなんというか……。


「ひっく……う゛……ひッ……グス……ぐすぐす」

 どうでもいいが横で泣くファニーがうざい。ああ、もう泣きすぎて目が溶けそうじゃないか……。顔もぐちゃぐちゃだ。


「ファニー、もう怒ってない。大丈夫だ」

「アストリッド――!あ!!」

「え?」

 ファニーが指差した先を見る。

 瞬間、飛び散るガラス!咄嗟にファニーを庇おうと体が動く。が、私が庇う前にファニーが一歩前に出る。そしてスローモーションの様に見える剣の動きに体が動かない!剣はゆっくり右上から左下へ振られる。そして私を庇うファニーの体から、あり得ない程の血がほとばしる!


 嘘だ!できるはずがない!ファニーが斬られるはずがない!斬れるはずがない!

心が停滞して、どうして良いか分からない。ただただ、幻のような現実に体が追いつかない。頭に膜が貼ったようだ。何一つ考えることができない!

 呆然としながら、赤く染まるウエディングドレスを見る。

 震える声で名前を呼ぶ。


「コアトリクエ……!」

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