第12話 最強賢者は、戦えず
大陸の北にあるプウノツ国とシャウレー国の国境線に続々と軍が集う。それらをファニーと私は雲の近くから見ている。
上空から見ると
「アストリッド様……あの人達はなんで整列してるんですか?あんなに集まっていたら、俺の炎ひと吹きであっという間に全滅しちゃいますよ」
呑気なファニーの言葉にため息を落とす。
「あれは陣形だ。人間が戦争をする時には、ああやって部隊を作って、それを動かす事で戦わせるんだ。一番前に大きな盾と重そうな鎧をつけている人間がいるだろう?あれは防御担当している。あの人間が突進してくる敵から味方を守るんだ」
「でもあのくらいの盾は簡単に溶かせますよね?」
確かに、ファニーの吐く炎なら簡単に溶けてしまうだろう。気を取り直して次にいこう。
「まぁ、そうだな。その後ろにいる長い槍を持ち馬に乗った人間が特攻部隊だ。攻撃力重視で敵に突っ込む」
「でも所詮、馬ですよね?遅いですよ。しかもあの槍じゃ刺さらないですよね?」
確かに、馬よりファニーの方が早い。なんなら一瞬で追い抜く。しかもざっくり槍と説明したが、あれはランスだ。小回りは効かないが重量もあるし、刺すと言う行為に於いては秀逸な武器だ。だが、『絶対事攻撃防御』を持つファニーの前では無意味だな。よし、次だ!
「まぁ、そうだな。その後ろにいるのが兵士達だ。1集団100人位か……。上の合図で集団でまとまって動く。それによって戦局が決まる」
「でも100人くらいだったら一瞬で倒せますよね?」
そうだな。私であっても一瞬だな。よし、次だ!
「まぁ、そうだな。そしてその後ろが魔法使い達だ。魔法で防御と攻撃をする」
「ペラペラの防御膜がありますけど、あれですか?」
「まぁ、あれでは攻撃魔法も知れているな」
もういいな。やっぱり私もファニーも人間の枠は外れているな!
「つまり俺がくしゃみをすれば半壊させる事ができそうな人達相手になにをすれば良いですか?」
「……そうだな」
ファニーの意見はもっともだ。戦争とは言っても所詮知れている。人同士の争いだ。ファニーのくしゃみで……くしゃみ?
「ファニー……お前くしゃみだけであの軍を倒せるのか?」
「できますよ。アストリッド様もできますよね?」
できるわけないだろう⁉︎と全力で突っ込みたい気持ちを抑える。言ってしまったら負けな気がする。
『恋愛の神』であるファニーは自身の恋愛指数(?)が上がれば上がるほど、力が強くなると聞いた。そもそも聖なる神々が力を強くする方法は二つだ。
一つは人々の信仰。
もう一つは自身の役割の力を感じる事で力を増す。人々が恋愛成就を神に願うことは多い。そして私とファニーは付き合っている。常に恋愛を感じている状態だ。
ある意味、こいつは最強ではないだろうか……。自覚がないだけで……。
つまり、ファニーは私より強い可能性がある。それを知られるのは癪だ。黙っておこう。
気を取り直して話かける。ファニーが呑気なドラゴンで良かった
「ファニー。『戦いの神』はいるか?」
ファニーはじーーっと軍隊を見る。
「みんな人間ですね」
「……そうか。じゃあファニー。優しくひと暴れして来い。相手は『戦いの神』だ。うまくいけば誘き出せるかも知れない」
「はーい」
呑気なファニーが呑気に返事をして、ドラゴンに変わる。ギャップがすごい。ドラゴンの姿は灼熱色に金色がかった姿で雄々しいのに。
ファニーは空から急降下してプウノツとシャウレーの軍に向かって行く。突然のドラゴンの出現に慌てふためいている人々が見える。まぁ、そうだろう。そもそもドラゴンの王の息子だ。言ってしまえば王子だ。普通のドラゴンより大きい。しかも一応最恐ドラゴンの異名も持っている。実際は
地上に降り立ったファニーは二つの軍から同時攻撃を受けている。やはり共通の敵と認識されららしい。あのサイズのドラゴンが襲って来ているのだ。国家間の争いなどどうでも良くなるらしい。
ファニー本人は降り立ったは良いが、どうやって攻撃しようか悩んでる様だ。
軍の魔術師達が打つ魔法は、ファニーの持つスキル『絶対魔法防御』に阻まれている。そして特攻部隊の槍も『絶対攻撃防御』に阻まれ、ファニーを刺したと同時に曲がってる。勇気のある騎士達が攻撃をしているが、ファニーは、何をしてるんだろう……と言った顔で見てる。
どうしようかと悩んでいるファニーはそっと息を吹くことにしたらしい。ファニーからすると軽く埃を払うくらいの勢いだ。すると騎士や兵士が勢いよく飛ばされた。更に小型のつむじ風が発生し、人々を巻き込みながら竜巻に代わっていく。
予想外の出来事に慌てふためいているのはファニーだ。短い両手をバタバタと震わせて、金色の目には涙が溜まってきている。竜巻に巻き荒れた人達を助けようと手を伸ばしているが、足元の人間が邪魔で動けないらしい。どうもパニックで竜巻を消す事を思いつかないようだ。
ああ、相変わらず何というかわいさだ。仕方がないやつだ。これも妻である者の勤め。助けてやろう……。
急降下してファニーの頭に降り立つ。パニック中のファニーの目はくるくるしてる。私にも気づいてない。
指をぱちんと鳴らして、竜巻を消す。竜巻に巻き込まれた人間はそっと地面に下ろしてやろう。ついでに怪我した人間にも回復魔法だ。ファニーのおかげで私も随分と甘くなった。以前だったら知った事かと無視していたはずなのに。
「アストリッド様!」と喜ぶファニーを無視して、前を向く。本命がやってきた。さすが『戦いの神』!強者を相手にするためにやってきたらしい。
後ろに高く結んだ髪から剣の形の櫛を取る。くるくる回すと白銀の刃を持つ長剣へと変わる。
前方から飛んでくるプレッシャーに武者震いがする。勢いよく空を駆けながらやってくる男がそこにはいた。段々と姿がはっきり見えてくる。やはり血は繋がっているらしい。紫がかった黒髪がそっくりだ。髪を振り乱し、青い目に闘志を込め、酷薄さを浮かべた唇で、大剣を片手に近付いてくる。
「危ないですよ。アストリッド様に剣なんて向けないでください」
呑気なファニーが手をブンっと動かして、蝿を叩くようにペシっと『戦いの神』を叩き、意気揚々とやってきた『戦いの神』は地面にペシャっと落とされた。
私達の祖先であり、『戦いの神』である彼はそれだけで終わった。
戦場に寂しい風が吹いた……。
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