第10話 最強賢者は洗脳中

 倒れた『知識の神』を放置し、ファニーに訳してもらいながら、幻の恋愛小説を読む。

 記憶を失った男が、唯一覚えている手がかりを元に愛する女を探す話は切なくて、泣きそうになるが、あまりにも大泣きするファニーのせいで泣けなかった。どうして人は、目の前の人間がひくほど泣くと泣けなくなるのか……。


「はぁ……良かったですね……」

 パタンと本を閉じ感慨深く目を閉じるファニーの頬をそっと撫でる。そうするとファニーはいつも期待しているような、はずかしそうな、でも泣きそうな顔になる。そうするとやはりキスの一つや二つしたくなるものだ。いつかはファニーから求められたい気もするが、純粋ドラゴンだから仕方ない。

 さぁ、するぞ!と思った時、背後から気配と視線を感じた。振り向くと、隠れながらこちらを見ている『知識の神』がいた。はぁはぁ言いながら興奮しているのが分かる。率直に気持ち悪い……。


「起きたか……」

 仕方ないから声をかけると、あからさまに残念そうな顔をしながら近付いてきた。

 そして……ファニー、お前はそろそろ目を開けろ!とおでこをペチンと叩いてやったら、驚いた顔をしたファニーと目があった。かわいいやつだ。


「さて……君達が聞きたい事は分かってるよ。コアトリクエを転生させる方法でしょう?ボクはその方法を知らないけど、それをした人を知っているよ」

『知識の神』が私をじっと見る。絡む様な視線が気になる。

「アストリッド……君のご先祖様だよ」


 そうか……と言う私の言葉に、『知識の神』が頷く事で返事をした。クルクリ王族の祖先が、戦いの神だの、悪魔の血が混ざっているだの言われていることは知っている。ましてや多国に比べて、個人の力の差がありすぎる。その理由がここで分かると言うことだろう。


 『知識の神』が語る昔話をファニーと2人で聞く。その話はファニーにも関わりあいがある事だった。


「遥か昔、人間が国を起こし、様々な文化が芽生え始めた頃、神々全てが見惚れてしまう様な神が産まれた。ファフニールに母の『芸術の神』ヴェッラモだ。その美しさは赤子の頃から光り輝く様で、独身の男神は我先に求婚を申し込んだくらいだ。だがいかんせん赤子では選べない。そこで男神の間で誰がヴェッラモを妻にするかと言う事で、争いが始まった。争いは1000日間続き、勝利したのは『戦いの神』だった」

「え⁉︎だって俺のお父さんは、原初の炎の神だよ⁉︎」

 ファニーが『知識の神』の言葉遮る。


「そうだね。『戦いの神』はヴェッラモと結婚できる権利を得た。だけどヴェッラモはアハティと恋に落ちた。神であろうと人であろうと恋心は止められないものだ。『戦いの神』は粘ったが相手はアハティ、原初の神の1柱だ。ましてやヴェッラモはアハティ以外は嫌だと言うのだ。勝ち目はない」

「アハティは1000日間の戦いには参加していないのか?」

「原初の神はこの世界を生み出したものだよ。彼等から見たら僕達みたいな聖なる神々なんて若造としか思ってないよ。何もかも格が違うんだよ。」

 そうか……と言いながら思う。私から見たらアハティは単なる親バカにしか見えないが黙っておこう。


「とにかく失恋した『戦いの神』は地上に降りた。そこで会ったのがアストリッドの先祖だ。『戦いの神』はアストリッドの先祖と結ばれた。2人の間にできた子達はなぜか神格を持たなかったので、そのまま地上で国を起こした。その子達がクルクリの先祖だ」

「だから規格外の強さなんですね………」

 ファニーに白い目を送り、『知識の神』に先を促す。


「『戦いの神』の妻となったアストリッドの祖先は当然神となり、神々の国へやって来た。良い子だったよ。『戦いの神』の妻にふさわしい強い子だった。ところが『戦いの神』は光の精霊と浮気をした。それを知り激怒したアストリッドの祖先が、『戦いの神』を殺そうとした。だが神は死なない。結果、『戦いの神』は生まれ変わり、妻のことも子供の事も忘れてしまった。アストリッドの祖先はそのまま出奔して行方知れずだ。僕も何百年も会ってない」

 我が国にそんな歴史があったとは知らなかった。だからあれだけ厳重な城があったと納得する。子供達を守る親の愛で作られた城なのだろう……。それにしても、『戦いの神』にはイラつくしかない。

「『戦いの神』は今どこに?」

「彼も消えたよ。子供の頃はいたけど成人したら出奔した。ただここ数年、この大陸で目撃情報が出てる。なにせ『戦いの神』だ。戦いの火種がある所に出没する」

「火種?」

「ああ、この大陸の北にある2国が戦争を起こそうとしてるのさ。当初の原因はくだらない事にその間に挟まれた小国の姫をどっちが娶るかと言う内容さ。そこから発展して領土争いまで発展した。人間はくだらない事で争うのが好きだ。血を受け止める大地の事は考えていない」

「戦争は嫌です……」

「……そうだな……」

 しゅんとするファニーの後ろ頭を軽く叩き、そのまま引き寄せ額と額を軽くくっつける。

「……も……萌え……とおと……い……」

  『知識の神』がまたふらふらし気絶する。こいつ……アホだな。


 そしてファニーは……うるうるしてる。そこで気付く。私がファニーにしてるこの甘々な行動は全て恋愛小説に載っていた物だ!気がつけばキザったらしい行動になっている!どうも恋愛小説を読む事で、ファニー好みに洗脳されている様だ!

 だが、まぁ良いか……、とほくそ笑む。

 ファニーの手を取り、立ち上がらせ、図書室の外へ誘う。必要な情報は聞けた。ここにはもう用がない。

 

 今日は久しぶりに2人きり……。そしてスイートルームも予約済み。存分に楽しもう……。

 自然に緩む口を抑え、私は早歩きでホテルへ向かった。

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