第6話 最強賢者は最恐ドラゴンの家庭事情に混乱する
「もう大丈夫みたい……。ごめん……」
申し訳なさそうに謝るシーグリットを見て、レオンが膝から崩れ落ちる。
「――脅かすなよ。寿命が縮まったよ……」
「ごめん。ごめん。でも本当に痛かったの。私もびっくりしたわ」
軟禁部屋のベッドに座るシーグリットの表情に先ほどの青さはない。
二人を見てると二人の愛が本物だと分かる。先ほどのシーグリットの元へ走るレオンは速かった。驚くほどに。
レオンとシーグリットを部屋に残し、私は母とファニーと廊下へ出た。二人の耳にはいれたくない。
「さっきお前は『子供の神』がお前の母の従兄弟だと言ってたな?」
ファニーにはうんうんと頷く。
「お腹の子供は『子供の神』の管轄か?」
「それは違いますよ。お腹の赤ちゃんは『出産の神』の管轄です。『愛の神』であるおばあちゃんの、お兄さんが『生き物の神』で、その娘が『子供の神』でその娘が『出産の神』です」
「祖母の兄の娘の娘……。つまり、お前の母から見ると母の兄の娘の娘……。はとこか?」
「そうですね。そして『出産の神』の旦那さんはお父さんと同じ原初の神の1柱の土の神で、蛇の王様、ククルカンです。お父さんのお友達です」
ファニーが余計な情報を入れてくる。ただでさえややこしくて、いっぱいいて、年を取らない神々なのに、そこにおばあちゃんだ、友達だの情報が入って来て意味が分からない!
「ククルカンと『出産の神』の間に子供は?」
端的に質問する母。確かに大事なのはそこかも知れない
「子供……?えっと……。いた?あれ?いない?あれ?思い出さないです。『恋愛の神』になって、記憶を取り戻したはずなのに……」
そしてやはり覚えていないらしい。ファニーの両親、ドラゴンの王であり原初の炎の神アハティと芸術の女神ヴェッラモが言った通りだ。
「さっきのウェディングドレスの客に見覚えは?」
母の言葉に私が驚く。ウェディングドレス?それは私が着るものだろう⁉︎
「……見た事があるような……ないような?」
私の気持ちとは裏腹にファニーは呑気に答えている。なんだろう……。無性にイライラする。
「でも悪寒が走りました。なんかあの人が無性に怖いです」
「まぁ、そうだろう。お前はアレに軟禁されていたことがあるらしい」
「母様⁉︎」
驚いてついつい声を上げる。
それは秘密にして欲しいとファニーの両親から言われていた内容だったはずだ!忘れているようだから、そのままでいさせたいと!
「アストリッド……。自覚を持たせないと、この呑気者を守る事はできないぞ。ヤツはこの城まで来たんだ」
「……やっぱり。レオンじゃなくて俺が狙われているんですね。アストリッド様もリューディア様も知ってるんですか?」
「ああ、だから帰ってきた。お前を守るためだ」
私の言葉にファニーは眉を寄せた。悲しそうな表情に心が痛く……ならないな。むしろキュンとしてしまった。
「あの人……。誰なんですか?」
「さっき聞いただろう?とククルカンと『出産の神』の間の子だ。おそらく、シーグリットのお腹の痛みは『出産の神』によって引き起こされたのだろう。私とお前を引き離すために……。まぁ母様によって、阻止されたが……」
「でもあの人って……」
ファニーの言いたいことは分かるが、それは言ってはいけない事だ。私も母も沈黙を貫く。
「とりあえず、ファフニールはアストリッドと一緒にいろ。異論は許さない!いいな!」
母の一言は強烈だ。ファニーはゆっくり頷いた。相変わらず背中を丸めて上目遣いで私を見るファニーはかわいい、じゃない!恋愛脳は恐ろしい!気がつくとキュンとしてしまう。
キスしたくなる気持ちを抑えるために乱暴に腕を取る。
「行くぞ!」
ファニーを引っ張り、まずは私の部屋に向かう。
◇◇◇
扉を開け、まずはファニーを放り込む。
久しぶりの私の部屋だ。想像以上に何もなくて呆れる。……と言うか、ベッドしかないではないか⁉︎しかもベッドメイクすらされてない。これを私の部屋と言えるのか?こんな部屋を両親が私のために残したと言ったシーグリットに呆れ返る!
「……あれ?」
何か言おうとするファニーを引っ張り、隣の部屋に移る事にした。つまりファニーの部屋だ。
こんな部屋は見せられない!恥ずかしい!
扉を開けると、私の部屋とは正反対に花畑が広がっていた。花柄のカーテン、花柄のベッドカバー、花柄のソファカバー、花柄の……。
「なんだ……?この部屋……」
「わー!!俺の部屋が花柄に侵されてる!」
「お前の趣味じゃないのか⁉︎」
「そんな訳ないでしょう!俺はこんな趣味じゃないですよ!」
わけが分からず部屋に入る。ソファカバーを見ると手縫いのキルトだと分かる。しかも全て血の様な赤い薔薇の刺繍……。
「この刺繍色は血で染めてるな……」
怖い〜!と言って泣き出すファニーを無視して、カーテンやベッドカバーも見る。全て赤い薔薇……。しかも血で染めているせいか物によっては茶色に変わってる。
そして……無視していたが、ソファの前のテーブルに二つ折りにされた手紙らしきものがある。……正直見ない事にしたいが、そう言うわけにはいかないだろう。
「ファニー……手紙があるが?」
「う…う゛……ぅ…怖くて見たくないです〜。も、燃やしてください〜」
「そうもいかんだろう……」
トラップはなさそうだ。すっと取って、できるだけ距離を取るために、腕を伸ばしてそっと開く。ファニーはぐずぐず泣きながら私の背中越しに覗き込む。お前…ずるいな。
「「う゛……!」」
二人一緒に声を上げる。手紙一面に書かれた、ファフニール愛してる♡の血文字。しかも隙間なくぎっしり大量に。
そしてパラパラ落ちる紫がかった赤色の髪……。
「わ――――――――――――!!!!」
ファニーの声が部屋と廊下に響き渡る。
便乗し損ねた!私も叫べば良かった!
「お、落ち着け……ファニー……。ただの髪の毛だ」
「こ〜わ〜い〜!気持ち悪いよぅ。アストリッド様……。うっううっ…地雷臭がするよぅ。血染めの薔薇に、髪の毛って異常だよぅ〜」
耳元でわんわん泣くファニーがうるさい!
私だって泣きたいのに!どうして人は自分以外がパニックになると冷静になってしまうのか……。私も一緒にパニックになった方が楽なのに!
しかし、どうやってファニーの部屋に入ったのか!この城は元々先祖が建てた物で、訳の分からない機能が充実している。
例えば建物内では転移できないし、無駄に頑丈だ。しかも自己修復機能もあると言う意味が分からない城だ。そしてその中に防衛機能もある。この城にクルクリ国民以外の人間が入る際には、クルクリ王族の立ち合いが必要だ。そうでなければ入れない。なのにどうやって入ったのか……。そして……。
「ファニー、私の部屋は元々あんな感じだったのか?」
「え?違いますよ。いつ帰って来ても平気なように整えられてました」
ぐずぐず泣きながらファニーは思った通りの答えを出す。やはりそうか……。両親の愛を思いっきり疑った!
「何か無くなってる物はないか?」
「なにか……あ!アストリッド様からもらった栞がない!あとアストリッド様からもらったドラゴンの金の置物も!」
金の置物は戦利品だし、黒歴史だから捨てて欲しかったが、栞は思い出の品だ!ふざけるな‼︎
「ファフニール……城中に声が響いていたぞ」
母が呆れた声で部屋に入ってくる、が部屋を見回して納得したようだ。
「悪い知らせだ。先程私が気絶させた者達の中にウェディングドレスのアレはいなかった。気絶していたのは精霊や妖精のみだ。そいつらは城の外に捨てた」
「そうですか……」
私は言葉を飲み込む。
思ったより強敵だ。しかも気持ち悪い。
わんわん泣くファニーを無視して、母と視線を合わせる。もう召喚するしかない。あの人達を……。
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