第3話 最恐ドラゴンは翻弄される。

 クルクリの調理室は城に似て味気ない。料理長はいるけど、老齢だ。補助の料理人もいるけど、その職業のほとんどが料理人とは程遠い。老練の料理長だけがちゃんと職業『料理人』だ。スキルも普通に、包丁捌き、味付け、盛り付け等一般的な料理人のスキルだ。そのスキルの中になぜか『無音殺法』と言う『暗殺』の上級スキルがある。怖くて若い頃の武勇伝は聞けずにいる。


 とにかく唯一の料理人が老練な為、俺がクルクリ王族の夕飯を担当する事になった。料理長は朝と昼の担当だ。俺は趣味でスイーツも作るので、10時と15時のオヤツ係も俺になった。今日の15時のオヤツは昨日から仕込んだカヌレだ。妊娠中のシーグリットさんには、優しい味のババロアにした。ノンカフェインの紅茶も手に入れた。絶賛軟禁中のレオンにもシーグリットさんと同じものを用意しよう。

 レオンにはシーグリットさんか、同じく『魅了』もちの俺か、『状態異常完全無効化』もちのリューディア様しか会えない。なぜならレベルが上がったレオンは誰かれ構わず魅了してしまうからだ。

 ついこの間、アストリッド様の一番上のお兄さんに部屋に連れ込まれそうになってるレオンを見かけた。シーグリットさんに内緒で軟禁部屋から出てきたらしい。俺は内緒で助けてあげた。レオンはそれで懲りたらしい。それから部屋から出てこなくなった。涙目だったレオンの顔が忘れられない……。


 シーグリットさんとレオンの15時のオヤツを盛り付けてワゴンに載せる。次にリューディア様と王様の分。これは玉座の間に持っていく。そして一応用意したアストリッド様と俺の分……。

 帰って来てると衛兵が言ってたけど、まだ俺は会えてない……。


 アストリッド様はシーグリットさんのところにいると聞いた。衛兵がクッキーと交換でこっそり教えてくれた。俺が買い物に行ってる間に帰って来たって言ってた。アストリッド様は俺のところに一番に来てくれない……。いつもそうだ。なんなら城に帰って来て、俺に会わずに行っちゃう事もある。俺達のために頑張ってるのは分かってるけど、やっぱり寂しい。

 

 調理室の扉が開き、俺はそちらを向いて歓喜の声を上げた。

「アストリッド様!」

「久しぶりだな……。ファニー」

 相変わらずの塩!相変わらずのしょっぱい対応!でもそれがアストリッド様の良いところ!俺はアストリッド様の態度とは正反対にスキップよろしく駆けて行く。

「会いたかったです!お元気でしたか?今日の15時のオヤツはカヌレのオレンジソース掛けです。付け合わせのオランジェットも手作りです!夕飯はグラタンです!アストリッド様の好きなブルスケッタは牛レバーのパテで作ってみました。なめらかにするために2日前から仕込んだんです!スペアリブも昨日から仕込んだんです!あ、朝ごはんは……」

 頑張って話してると、口を指で押さえられた。アストリッド様のこの熱視線はキスの合図だ。キス、きす、きす!あまりにも魅惑的なアストリッド様の視線に俺はいつもパニックになる。あわあわしているうちにアストリッド様の唇が、俺の口に近づいてくる。

 ああ、どうすればスマートに受け入れられるんだろう!


「――!!」

 廊下からの視線を感じ、目を向ける。

 王様だ!アストリッド様のお父さん!見てる……。俺を……俺達をじっと見てる。口を引き結んでじっと見てる。怖い!率直に怖い!

 アストリッド様の肩を叩く。直前で止まる唇。アストリッド様の視線が廊下に向かい、そして!

「――うわぁぁぁ!!」

 俺は慌ててアストリッド様の口を手で塞ぐ!怖っっ!アストリッド様、怖い!鋼の精神だ!心臓に毛が生えているいるに違いない!お父さんの存在に気付いていながら、俺にキスしようとした!


「――父様……何かご用ですか?」

 ため息混じりでお父さんに聞くアストリッド様の腕は俺の首に巻き付いている。この状況で平気でお父さんに話ができるアストリッド様はやっぱりおかしいと思う。俺は恥ずかしいやら、何やらで目がくるくる回ってるよ。


「今日のオヤツは何かな?と思ってな」

 まるで何もない様な口調で話しているけどお父さん視線には殺気がこもっている。俺の背中は冷や汗がびっしりだ。

 でもアストリッド様は何も感じないみたいだ。

「そこにありますよ。お持ちください」

 お父さんに対する言葉が塩!アストリッド様は、リューディア様とお父さんでは態度が全然違う!海よりもしょっぱい塩!塩分過多で死んじゃうよ!

 そしてお願いします。アストリッド様、腕を外して下さい!恥ずかしくて恥ずかしくて、涙が出てきます!お父さんの視線も怖いです!泣いちゃいます!だってドラゴンだもん……。


「ファフニール君。どれを持って行けば良いのかのぅ」

「あ!はい、えっとですね!」

 俺はアストリッド様の腕を外して、スイーツを載せたワゴンに近付く。お父さんも近付いてくる。アストリッド様の大きな舌打ちが聞こえる。追い討ちとばかりに王様から足を踏まれる。踏まれた足は更に上からぎゅうぎゅう踏みつけられる。


もう嫌だ……。

 俺は心の中で涙した……。




◇◇◇




 ワゴンのタイヤの音がカラカラと廊下に響く。そのワゴンを押しながら、俺は横を歩くアストリッド様に声をかける。

「アストリッド様、今日は何のご用で帰って来たんですか?」

「ああ、まぁ色々あって、その報告がてら帰って来た。嫌なのか?」

 俺は慌てて、ぶんぶんと横に首を振る。嬉しいに決まってる!さっきみたいになるのは、嬉しいけど、困るけど、やっぱり嬉しいけど……。


「ところでお前はいつまで敬語なんだ……。そろそろ私の名前くらい呼び捨てにしろ。私達はもう結婚する仲なんだぞ?」

「分かってるんですけど……」

「『恋愛の神』の時に一回言ってたじゃないか。まぁ、あのファニーにはイライラしたが……」

 その時のトラウマが残っているんですよ、とは言えない。馴れ馴れしくしたら、またフラレちゃうんじゃないかと想像したら怖くて、敬語を外せない。だってアストリッド様は熱しやすく冷めやすいから。結婚するまで安心できない。


「もう少しこのままじゃダメですか?」

 怖いと思いながら勇気を出して聞いてみる。

「まぁ……いいが……」

 相変わらず意地悪い顔をするアストリッド様をじっと見る。この表情の時は何か要求される時だ。きっと何か来る!

「では明日、パンケーキでも食べに行こう」

 普通だった!無理難題じゃなかった‼︎俺の顔はぱぁっと明るくなる。


 すると突然キスされた。真っ赤になる俺を、アストリッド様は相変わらず意地悪く笑う。そんな意地悪なアストリッド様も大好きだ。

 俺はるんるん気分でワゴンを押す。

 明日が楽しみになって来た。

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