第2話 最強賢者の帰宅

 赤茶色の岩々が続く焦げた地面からは陽炎が立ち上り、容赦なく照り付ける太陽が無慈悲に植物を枯らして行く。

 荒々しい風景だ。人が住めるところではない。


 そこにやつはいた。

「ヨウシア兄様!」

 私は叫ぶ。1か月振りに見つけた兄だ。

 邪神に堕ちながら、無駄極まりない頭の良さで、私から逃げ続けたクソバカ兄とやっと対面を果たせたのだ。どうやってなぶってやろうかと考えたら、自然と笑みも漏れると言うものだ。

 元はと言えば、ファニーの血から生えた木の実のせい。更に元はと言えば、私がファニーを刺したせい。更に更に元はと言えば『恋愛の神』なんぞに目覚めたファニーのせい!

 つまり私の夫となるファニーのせい!そうなると妻になる者としては責任を取らざる負えない。


 後ろに高く結んだ髪から、櫛を抜く。櫛をくるくる回すと槍となる。手始めに串刺しにしてやると槍を構えたところで、私の目の前にクルクリの紋章が頭に彫られた飛びトカゲが降りてきた。この戦いの緊迫した空気の中で降りてくる根性に感心する。


「――あ!」

 失敗した。ちょっと目を離した隙に兄が逃げた。舌打ちしつつ飛びトカゲを見る。こいつを炙って食ってやろうかと思うくらいには頭にきてる。いや、以前の私なら確実にやっていただろう。だが、飛びトカゲのキラキラした純粋な目がファニーに似ていて躊躇する。私も弱くなったものだ……。


 飛びトカゲをそっと撫でる。首を傾げる姿がかわいいくて、荒ぶる気持ちが和む。

 ファニーに会いたい。会ったら会ったで、反応がかわいくてついつい、いじめてしまうのだが、それもこれも全てこの良く分からない愛情と言うやつのせいだ。愛と言うものは人をおかしくしてしまうらしい。


 手紙を受け取り、目を通す。そしてその手紙を握り潰す。飛びトカゲが怯えた声を出す。


「とうとう来たか……」

 クルクリの方角を見る。やけに赤い空が血の様に見えた。




◇◇◇◇◇◇



「お帰りなさい。姉様」

 クルクリに帰った私を出迎えたのは妹のシーグリッドだった。

 私は帰ってすぐにシーグリッドが作った特殊ギルドの本拠地、つまりシーグリッドの執務室に来た。この妹は純粋に金を稼ぎたいと言う理由で、大陸の人間が対応できない魔物を退治する為の特殊ギルドを設立した。高額な金額でそれの退治を請負うギルドの従業員はクルクリの王族並びに国民。更に王城の一室にタダでギルド室を設置すると言う節約振りだ。商魂が激しすぎて、驚きを隠せない。


「ファニーは?」

「買い物よ。夕飯を張り切って作ってるわ」

 そう言うシーグリッドのお腹はだいぶ大きくなってきている。

「7か月だったか?」

「そうよ。男の子だって。レオンったら毎日お腹に耳を当ててるのよ」

 シーグリッドの笑みは、羨ましくなるほど幸せそうだ。

 だがレオンとシーグリッドはまだ正式には結婚できていない。


 クルクリの王族の結婚には決まり事がある。まずはクルクリ王族から指輪をもらう事。次に家族に認められる事。その次は『試練の洞窟』に相手の指輪を取りに行くこと。


 そこまではファニーもレオンも行なっている。あとは結婚式を挙げれば終わりだ。だがレオンとシーグリットが結婚式を挙げようとすると何かしらの問題が起きる。前回はレオンが突然現れた『湖の精』に惚れられて、攫われた。その前はレオンが『光の妖精』に惚れられて、攫われた。その前の前は、なんだったか……。確かレオンが何かに惚れられて攫われていた気がする。その度にファニーと母様でレオンを救出していると聞いている。

 そのせいで私もこの国に帰るタイミングを失くし、ファニーと会えていない。まったく悪循環だ。


「レオンは?」

「ファフニールが使っていた軟禁部屋よ」

 にっこり笑うシーグリットの顔には青筋が立っている。『勇者』であるレオンはレベルが上がり、その魅力値は半端ないらしい。その為にあらゆる精霊や妖精を勝手に魅了していくらしい。その力が制御できるまではクルクリ王族自慢の軟禁部屋に閉じ込めている。少し前までは私とファニーの部屋だった……。


「ではファニーはどの部屋を使っているのだ?」

「姉様の隣の部屋よ」

「私の部屋……?」

 もう何年も帰っていないのだ。自分の部屋が残っていたとは驚きだ。そもそも私は父の実家エーゲシュトランド家を継いだ身だ。とっくに部屋は無くなっていたと思っていた。そもそも部屋には何も残さず家を出たのに……。


「意外な両親の愛でしょう?初めは分からなかったけど、今は分かるわ。私も親になるからかしら……」

 ふふふと微笑むシーグリットからは幸せの香りがする。私とファニーにも、こうなる時がくるのだろうか。そもそもファニーとの間に子供はできるのか?相手はドラゴンだか神だか分からない存在なのに……。


 まぁそれは置いておこうと、息を吐き、ぐしゃぐしゃにした手紙を取り出す。

「これはお前の字だな?」

「そうよ。母様の指示で送る様に言われたの。私は見てないけど、母様は見たらしいわ。強敵よ……。姉様」

 鼻で笑い手紙を再び握り潰す。

 強敵?望むところだ。

 恋敵が弱くては話にならない。強い敵でいてこそ、やりがいがあると言うものだ。

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