第2章 最強賢者と最恐ドラゴンの恋の行方
第1話 最恐ドラゴンの買い出し
クルクリの空はいつも灰色がかった水色だった。その空の色が冬の訪れと共に灰色に変わっていく。街路樹も寂しくなってきた。ギリギリしがみついていた枯葉も、乾いた風によって空に舞う。味気ない風景のクルクリの街並みが更に寂しさをます。灰色がかった空に、石造の灰色の建物、灰色の石畳が敷き詰められた平坦な道。なんとなく物悲しくなる。
クルクリの冬は厳しいぞ、と言ったのはアストリッド様。俺の愛しい恋人……。
厳しい冬を越せない魔物も多い、そう言ったのはアストリッド様のお母さんであるリューディア様。そこの表現は普通人間ではないだろうかと思ったけど、怖くて突っ込めなかった。そもそもクルクリの人間はみな規格外だ。
「ファフニールさん!今日は良い南瓜があるよ」
すっかり顔馴染みになった八百屋さんが声をかけてくれる。
八百屋さんのレベルは2周目の67。職業『またぎ』。特技に『暗殺』がある。なぜ八百屋さんをやっているのか怖くて聞けない。
「わぁ、良い南瓜だね。甘そうだから南瓜プリンにでもしようかな」
「良いね!南瓜も喜ぶよ」
ニカっと笑う笑顔は普通に男気溢れた素敵なおじさんに見える。その服の裾を指を加えた子供が摘む。
「おっと、どうした〜?ちゃびしくなったでしゅか〜?」
赤ちゃん言葉になった八百屋のおじさんが子供を持ち上げ、ぎゅっと抱きしめる。子供はキャッキャッと声を上げて笑う。微笑ましい光景だと思う。
そんな子供のレベルは23。職業『なし』。特技『尾行』。
5歳になるまで、人間は職業は選べない。だから職業がないのは分かる。だけどなぜ、レベルが23なんだろう。クルクリ以外の国では、大人の平均レベルは50前後だ。まだ3歳なのにもうレベル23って意味が分からない。しかももう特技もある。特技の『尾行』のレベルは47だ。やっぱりクルクリ国民は異常だと改めて思った。
南瓜を2個買って、家路(城路?)を急ぐ。今日は久しぶりにアストリッド様が帰ってくる日だ。美味しいご飯を作ってあげたい。
それに何よりも付き合ってから初めての一緒のお部屋で過ごす日だ!否が応でも期待は膨らんでしまう。もしかしたら俺達の関係も1歩先に進めるかも……。更に2歩、3歩と進めれば……。
自然に緩む口を引き締めて、買った食材をヨイショと持ち直して、早歩きで歩き出す。
ここに至るまでには色々あった。だけど俺とアストリッド様は思い合っている……はずだ!だって俺達は付き合ってから、半年経った。その間に会った回数は2回だけど……。
相変わらずポジティブ思考の後に、ネガティブ思考がくる自分に嫌になる。頭をぶんぶんと振って頭をコツンと殴る。
これでも『最恐ドラゴン』でもあり、『恋愛の神』でもある俺だ。本気を出せば一気に城に辿り着く。
じゃあ走ろうと足に力を込めた時、ふと視線を感じた。誰かが俺を見ていた気がする。キョロキョロするけど、分からない。空を見上げる。相変わらずの灰色の空だ。
殺気ではない何か別の感情が混ざった視線だった。何かは分からない。指を顎に立てて、目を閉じて、ん――――と考える。なんだか記憶にある気がする。だけど俺は150歳。さすがに忘れていることも多い。しかも、『恋愛の神』として目覚めるまで、幼少期の記憶は失っていた。
後ろ頭をコツンとされて、ゆっくり振り向く。こんなでも『最恐ドラゴン』だ。俺の後ろを取れる人は限られている。
「リューディア様……」
「何をぼーっとしている?ファフニール」
「なんか見られてる気がしたんです……」
俺の言葉を聞いて、リューディア様は周りを見回す。すると周りの市民がそっと目を伏せる。市民に愛される王妃ではなく、市民に目を背けられる王妃なのかと思うと気の毒になる。
「ふむ。いない様だが?」
「……そうですか……」
気のせいかと思いながら、歩き出す。俺の横をリューディア様も歩く。
リューディア様が今日の夕飯は何だと聞いてくる。今日の夕飯はグラタンです。付け合わせにスペアリブの炙り焼きと、ほうれん草のサラダ。デザートは南瓜のプリンですと答える。
こんな何気ない会話ができるのも家族っぽい。アストリッド様とはずっと会えてないけど……。
「アストリッドはやっと帰ってくるらしいな。良かったな。ファフニール」
「はい!」
俺が流した血から生えた木の実を食べたドラゴンが邪竜となった。それらのおおよそは、片付いた。だけど、アストリッド様の兄であるヨウシアさん、職業『研究者』はまだみつからない。ヨウシアお兄さんは興味本位で、俺の血でできた木の実を食べて邪神化した。どうしてそんな危険な木の実を食べれたのか、ドラゴンであり神でもある俺にはちっとも分からない。
ちなみに、アストリッド様のお父さん、職業『上級魔術師』以外の家族はみなヨウシアお兄さんの気持ちは分からないらしい。お父さんだけが、未知なるものは試してみたいものだと言っていた。率直に変態だと思った。
そんな訳でアストリッド様はお兄さんを探す為、大陸中を走り回っている。俺も一緒に行くと言ったけど、料理人が消える!と言うわけの分からない理由で、クルクリに残された。俺は哀しくて毎日枕を涙で濡らしていた。
そんなアストリッド様が久々に帰ってくる!その理由は分からないけど、俺は嬉しくて仕方ない!
「ブルスケッタは作らなくて良いのか?アストリッドの好物だろう?」
「それは新作を仕込んであるので大丈夫です。今回は牛レバーのパテを使うんですよ」
「そうか……。それは楽しみだな」
リューディア様と俺の影が重なり、ゆっくりと灰色の街を歩いて行く。きっと家族ってこうやって過ごしていくのだろう。
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