第31話 最強賢者は愛しい者を迎えに行く(2)

 等身大にまばゆく輝く光に目が眩む。

 そして光の中心からゆっくりと現れた存在に目を見張る。


 赤みがかった金の髪がサラサラと肩まで靡く。その瞳は金色のままだ。だがまつ毛が長くなり、目鼻立ちも少し変わり美青年とした印象になった。体型は変わらない。だが表情が違う。男らしくなった。穏やかになった。更に自信に満ち溢れている。


 そして無駄にキラキラしてる。

 その姿に私はなんだかムカムカする。


「ファニー、なのか?」

 私は聞く。何かが違う。何もかもが違う。


「そうだよ。アストリッド。君の声は僕に届いていたよ」

 ファニーだった者が照れくさそうに笑う。はにかむ笑顔に、もやっとする。


 ファニーの癖に私を呼び捨て?しかも君?


「君が俺を求めてくれたから、『恋愛の神』として目覚める事ができた。これから二人で人間の恋を導こう」

 無駄にキラキラしてるファニーが、なんだかこそばゆい事を言ってくる。しかも両腕を伸ばしてきた。私に抱きつく気らしい。生意気な!


 抱きつこうとするファニーの手を弾き、腕を組み、思いっきりため息をつく。

「なんか違う」

「え?ああ、姿が変わったから、分からないかな?でも間違いなく俺はファフニールだよ!君のファニーだ!」


 両手を開いて爽やかに笑うファニー。無駄に歯が白くニカっと笑うのも気に入らない。


 そして気付く。


 これは私のファニーじゃないな、これはファフニールだ。

 なぜならファニーは爽やかじゃないし、男らしくないし、自信たっぷりじゃないし、すぐ泣くし、空気が読めるようで読めないし、すぐ逃げようとするし、うじうじしてるし、諦めが悪いし、開き直った姿はかわいいし、上目遣いがかわいいし、泣きべそもかわいいし、恋愛小説を語る姿はかわいいし、なによりもかわいいし。


 そう言えばファニーに言われたな。熱しやすく覚めやすいと・・・。

 懐かしいな、と笑みももれる。つまりはそういう事なのだろう。


「ファニー、いやファフニール・・・。お前は私の事を良く知ってるな?」

「もちろんだよ。アストリッド」

 自信満々に微笑むファフニールは気持ち悪い。吐き気がする。背筋に悪寒も走る。やっぱり無理だな。


「お前の事、好きじゃなくなったみたいだ。私のことは諦めてくれ」

「・・・え?」


 あ・・。固まった。この泣き出しそうな表情はファニーだな。これはかわいいな。


「待って!待ってアストリッドちゃん!なぜ?ファニーちゃんのこと好きなんでしょう?」

 焦って縋りつくヴェッラモには冷めた目で対応する。

「私が好きだったファニーはもっと情けなくて、かわいかった。このファフニールはキラキラして気持ち悪い。自意識過剰なところも嫌だ」


「アストリッド!やめろ!ファフニールがショックのあまり堕天して悪神に変わる!そうなったら誰にも止められない!」

 必死な様子のアハティには怒鳴りつけてやる。

「知るか!好きじゃないんだから仕方ないだろう?世界の半分は女だ。他をあたれ‼︎」


 幸いにして、神聖力と信仰心と聖なる力も得て、更にレベルアップもした。母の呪いもなんとかなりそうだ。

 よし、帰ろう!そして新しい恋を探そう‼︎


 そう思うと気分がすっきりして楽しくなる。意気揚々と登って来た山を下ろうとした時、怨嗟の声が聞こえた。


「ひどい。アストリッド・・。俺の心を弄んだな・・・」

 ファフニールの声に、とんだ濡れ衣だと振り替えった。そこには黒く染まっていくファフニールがいた。聖なる神が堕ちる時に生じる邪気だと言う事が分かった。


「お前・・失恋くらいで堕天って頭おかしいんじゃないのか?」

「わー!!!アストリッドはなんて事を言うんだ!人としての心がないのか⁉︎」

「そうよ!アストリッドちゃんひどいわ!早くファニーちゃんに謝って、責任とって結婚して!」

「意味が分からない。好きでもないのに結婚ができるわけがないだろう」


 私の言葉と同時にドッと風が吹き荒れる。ファフニールを中心に狂気の風が生じ、風が竜巻に変わり、竜巻が墨で染めた様に黒くなる。黒くなった竜巻から黄色い稲光が生じ、地面にいかづちを落とし、大地を黒く焦がす。世界を終わらせようとでもするように、竜巻の数は増えていく。

 その様は世界の終焉のようでなかなかに美しい。


「きゃー‼︎ファニーちゃんが悪神になっちゃう。アストリッドちゃん!早く謝って!」

 混乱するヴェッラモから肩をバシバシ叩かれる。見た目より馬鹿力だから正直痛い。


「ファフニールが‼︎どうすれば良いんだ⁉︎」

 アハティの取り乱す様は見ていて面白い。


「アストリッド!!!!!」


 叫び声が聞こえた。魂を引き裂く様な叫び声。いいね。悪くない。さっきのエセくさいお前より、そちらの方が私好みだ。


 灼熱のドラゴンよりも二回りも大きくなった姿。色も赤黒くなり赤銅色に変わっている。金色の目から流れた血の涙が目を縁取る模様となり、酷薄なさまを物語っている。そしてその邪悪な魔力がなんとも心地良い。黒々とした恨みがましい瘴気。全てを滅ぼそうとする毒々しい気配。この世を破滅へと導くために生まれた存在。恋愛の神なんぞより、こちらの方が私にふさわしい。


「良いだろう、ファフニール!私に勝ったら私を好きにしろ!その代わり私が勝ったらお前は私の夫になるんだ!」


「待って!意味が分からないわ!!」

 ヴェッラモの突っ込みを無視して、私は走る。ファフニールも空を飛びながら、私に煉獄の炎を吐く。私は結んだ髪から杖を取り出し、大きくする。


 さすが堕天しただけはある。以前の炎はこの威力に比べれば蝋燭の火の様だ。地面に落ちれば、聖なる山ヴァルグリンドごと吹き飛ぶだろう。


 だが強くなったのは貴様だけではない。

 私もレベルアップした。更に貴様の両親から色々もらった。

 同じ力で相殺するのは簡単だが、それでは面白くないだろう。私達の出会いが無駄になる。つまり貴様が煉獄の炎なら、こちらは絶対零度の氷だ‼︎


 どれほど熱い炎でも広範囲で高出力の魔法であれば、勝てるに決まってる。

 炎を凍らせ、更にその先のファフニールを凍らせようと魔力を込める。


 ほう・・・。以前とは違うらしい。逃げられた。いいね。楽しくなってきた。そうでなければ私の夫としてふさわしくない。


 だったらと私もと空を飛ぶ。聖なる力を持った今なら飛べる!上空でファニーと正面から向き合う。

「ファフニール!貴様の氷漬けになった姿は美しかった。またあの姿を見せてもらおう」


「アストリッド!許さない‼︎」

 語彙力が落ちたファニーは面白くないと思いながら、周囲に魔法を展開する。どうせなら世界を凍らせる勢いで戦ってやる!


 周囲を取り巻く竜巻は、魔力を持って消し去る。爆風と爆音を立てながら消える様は爽快だ。その度に揺れる大地と大気は、お騒がせな息子を持った両親アハティとヴェッラモがなんとかするだろう。


 ファニーのサイズの氷柱を作り、次々とファニーにぶつけて行く。ファニーは煉獄の炎で破壊する。アハティと同じで自然属性は効きにくそうだ。そもそもやつは『絶対魔法防御』を持っていた。


 だったら次は覚えたての魔法だ!


 杖を頭上で回し、魔方陣を構築する。その回した勢いのままファニーに向けて杖の切っ先を指す。雲の上、更に上空の空の上からファニーに光が落ちる!聖なる光だ!邪悪なドラゴンにはきつかろう。

 案の定、ファニーは苦しそうにのたうち回る。見た目はただ光が当たっているだけだが、相当苦しい様だ。口から血を吐き出しているではないか。目からは大粒の涙。


 その慌てふためく姿はとてもかわいい。余りのものかわいさに、私の鼓動もはやくなる。

 だんだんと私のファニーに近づいてきたようだ。


 杖を櫛に戻し、高く結んだ髪に挿す。そして次は槍を用意する。


「さぁ次は肉弾戦だ!」

 私は槍を腰に構えた。




 ◇◇◇◇◇◇◇




「わーん。ごめんなさい。ごめんなさい!神様になれて調子に乗りました!許してください‼︎」

 わんわんと泣くファニーの頭にあぐらかいて乗り、押さえつける。前より大きくなったから踏みつける事ができなかった。忌々しいが、こちらの方が乗り心地は良さそうだ。


「アストリッド様にも好きって言われて嬉しくて、更に調子に乗っちゃいました!許してください!もう調子にのりません〜!!」

 大きくなった分、涙の出る勢いも半端ない。焼け焦げた哀れな大地にファニーの涙が流れ、みるみると自然が蘇っていく。どうやら悪神の力は出し切ってしまったらしい。実につまらない。


「俺だってアストリッド様が好きだって、やっと気付いたんです。そこで両思いになれたと思ったらテンションが上がったんです。呼び捨てにして、ごめんなさい!だって好きなんだもん。仕方ないじゃないですか〜‼︎」

 しかし相変わらずのタフさだ。体中が槍で刺された穴だらけで血が流れているのに、泣いて叫んでいる。おっと、ファニーの流した血で美しい花が咲いた。更には実のなる木もできた。神と言うのは本当の様だ。こいつ、なんでもありだな。


「なんでもするから許してください。もう姿を見せるなっていうなら見せないから、殺さないでください〜!!!」

「はぁ⁉︎」

 怒りのあまり声が出た。こいつ、私の一世一代の告白を聞いていなかったらしい。


「ファニー。人になれ!」

 私はファニーから降り、回復魔法をかけてやる。

 人になったファニーの姿は、やはり神の姿のままでいけすかない。だが表情が違う。この情けない顔は私の好きなファニーのものだ。


「ファニー。お前は私に負けた。つまり私との賭けに負けた。それは良いな?」

「・・・はい」

 相変わらずの背を丸めて上目遣いで泣きべそをかくファニーは、姿が変わってもかわいい。やはりこうでなければファニーではない。


「ちなみに戦う前に私が言ったことは聞こえていたのか?」

「ごめんなさい。あの時はおかしくなっていたので、声は聞こえませんでした」

「そうか・・・。それは残念だ」

 

 そう言えばと思い出し、そっと後ろに高く結んだ髪を触る。落とさなかった様だ。やはりここで正解だった。

 そっと抜き、そのままファニーの胸に挿す。


「アストリッド様・・・これって・・・」

 戸惑いながら、ファニーは貴重なものを受け取る様に両手でそっと包んだ。

「少し早いのか?あの時、正確な日は聞いていなかったからな。どちらにしろ誕生日プレゼントだ。受け取ってくれ」

「ドラゴンのデザインの栞ですね。ありがとうございます」

 ファニーは私のプレゼントをぎゅっと握りしめ胸に抱く。その姿に私もついつい笑みがもれる。


「さてファニー。これからの事だが、まずはブルスケッタが食べたい。クルクリ産のトマトを使ってくれ」

「え⁉︎あ・・はい。ソース手作りのやつですね」

「あとは生クリームたっぷりのパンケーキを食べに行こう」

「連れて行ってくれるんですか⁉︎他にも行きたいところもあるんですが!」

「いいだろう。全て行こう。ついでに恋愛小説も買いに行こう。私の服も欲しいな!選んでくれるか?」

「俺で良ければ、もちろん!・・・あの・・つまりあれですね。俺達は・・・」

 ここまで言っても良く分かってないらしい。察しが悪いにもほどがある。おそらく元の主人と従者もどきの関係になると思っているのだろう。だがそんなところもかわいい。


「私が渡した指輪をお前は持っているな?」

 かわいいと思ったら、いじめたくなる。わざと冷たい声と態度で威圧的にファニーに尋ねる。するとファニーはおずおずと、ズボンのポケットから指輪を出して来た。

 それを取り上げてじっくり見る。サイズは問題ない様だ。

 そのまま、ファニーの左手の薬指にそっとはめる。

 指輪の行方を追っていたファニーの目が私と目を交わす。


「戦う前に私が言った事は、私に負けたら私の夫になれ!だ。文句は言わせない。良いな?」

「え!だって‼︎・・・」

 困惑している顔だ。そうだろう。それは分かる。

 愛を語られ、ふられ、戦い、負けて、プロポーズされているんだ。私だって自分の1日の感情の変化にびっくりだ。


「文句はなしだ!」

 ファニーの首に腕をまわす。それだけで、何をするか分かるはずだ。


 以前とは違う思いが通じての口付けは、血の味がしたことは同じだが、暖かさと溢れる思いで、心が満たされた。

 

 血の様に赤い夕日に照らされながら、私達は片思いを卒業し、両思いへの道を歩み出す。



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