第30話 最強賢者は愛しい者を迎えに行く(1)

 大陸中央にある聖なる山ヴァルグリンドの裾野に立つ。さすが聖なる山だ。上空から頂上に行こうとしたら、結界に阻まれた。仕方がないので歩いて行く。


 聖なる山と言われているだけはある。目の前には清涼たる景色が広がる。遥か長い年月をかけて削られたであろう岩肌には、彫刻の様に美しい年輪が刻まれている。足元に広がる緑は青々とし、色とりどりの花々が咲き乱れている。蜂は蜜を運び、蝶は花々を飛び回る。


 ただただ、隠れる場所もなく広がる景色を登って行く。時折、懐から出して、小箱に入った指輪を見る。正面から上に引っ張れてるいる様に見える。


 神の座す山だ。魔物も敵もいない。

 意外な事だと思った。私とファニーの事を許さないと言っているファニーの両親、アハティとヴェッラモが妨害してくると思ったが、何もないまま平和な広野を、散歩するかの様にただ歩いているだけだ。少々面白みにかけてしまう。


 その時、前方の空に見えた物に笑みが漏れた。そうでないと面白くないと思い、髪に刺した杖を大きくし、横でくるくると回す。

 

「アハティはドラゴンの王だったな」

 

 前方から空を覆い尽くす様に飛んでくるドラゴンの数を数える気はない。倒して倒して、倒しまくるだけだ。


 雲に近いのならば、この攻撃が一番だと思い雷撃の魔法を展開し、ドラゴンの群れに落とす。木の葉の様にくるくると、黒焦げになった体が落下する。大きな音を立てて落ちる様は、爽快だ!


 雷を避けたドラゴン達が、こちらに向かって下降してくる。口からは炎のブレス。球体の結界を張って、一旦受け止め、結界周りで吐かれた炎を回しながら、その火力を強める。これ見よがしに私の上を低空飛行しながら飛ぶドラゴン3体の胸に槍と化した炎をお返しする。貫かれて、そのまま滑りながら広野に落ちる。


 上空で旋回するドラゴン達にも炎の槍をお見舞いする。5体ほど刺した所で、結界にまとった炎のストックが切れた。


 その瞬間、大きな口を開けて私を飲み込まんとするドラゴンが前方に見えた。槍を正面に構え、身体に魔力を巡らせる。


 ガキン‼︎と鳴り響く大きな音はドラゴンの歯と杖がぶつかった音だ。正面から受け止めてやった。勢い良く飛んできた割には、一歩も私を下がらせる事はできないようだ。


 大きく開けた口に中に直接、風の魔法を送り込む。頭から螺旋状に裂け、そのまま尻尾まで切り刻んでやった。


 まったくドラゴンとは弱い生き物だ。これが出る度に、一個師団を用意する外の人間達の気がしれない。


 ドラゴン達が旋回し、山の頂きの方へ戻って行く。数がいても無駄だと気付いた様だ。


 そしていつの間にか前方にいる男に武者震いがする。


 赤みがかった茶色の髪を風に靡かせ、佇む姿は王者の風格を誇っている。マグマの様な赤い瞳は鷲のようにこちらを睨んでいる。がっしりとした大きな体格は黒い皮の様な衣装に包まれている。腰に刺しているのは長剣だ。鋭くない剣。力付くで相手を地にねじ伏せる剣。


「初めまして。君がアストリッドだね。悪いがファフニールは返さないよ」

 飄々とした語り口だが、その声は大地を揺るがすかの様に低く、その視線は周囲を焼き尽くすかのように燃えている。


 身震いがした・・・・。


「ドラゴンの王であり、原初の炎の神であるアハティか。そうだ。私がアストリッド・ドリス・エーゲシュトランドだ。ファニーをファフニールを返して頂こう」

 真っ直ぐ立ち、負けるものかとアハティを睨みつける。神であろうが親であろうが知った事ではない!ファニーは私の横にいるべきだ!


「ファフニールは帰らないそうだ。このまま私達と共に暮らすと言っている」

「それを本人の口から聞くまで納得する気はない」

「人間ごときが生意気だな。ファフニールは神の子だ。お前ごときには相応しくない」

「誰が誰といるか、誰といると相応しいかを決めるのは親じゃない。自分自身だ。ファニーに会わせろ!」

 杖を回し、腰に構え臨戦体制を取る。神であろうと知った事か!私は前に進むだけだ!


「アストリッド。ファフニールはお前にとってなんだ?なぜ危険を犯してまで、ファフニールを求める?」

 臨戦体制を取る私に、アハティは構えず質問する。全てを分かった様なその目が気に入らない。


「勝ったら教えてやるよ」


 原初の炎の神。この世界を創り給うた神の1柱。だったら炎の力で様子を見よう。


 私の攻撃力は上がっている。レベルも上げた。第一段階は卒業した。今の私のレベルは2周目の98。そして今までわざと上げなかった職業もランクアップした。ファニーと一緒なぞ冗談じゃない!今の私は『大賢者』だ!

母に対抗するために、今までの殻は打ち破った。すべてはファニーとの人生のため‼︎


 炎を超高密度に圧縮し槍の太さに調整する。長さも矢のサイズに調整した。先ほどドラゴンを貫いたものより何倍もの高熱だ。ドラゴンの王にどこまで効くか楽しみだ!


 千の数を用意し、次々とアハティに打ち込む。まったく微動だにしない姿に頭に来る。

 あるだけ全て数をこれでもかと打ち込んでいく。炎が天を焦がさんと立ち上がり、爆風が嵐の様に吹きあれ周囲の青々した緑を焦がし、地面を黒く染めていく。耳を侵す様な爆発音が次々と鳴り響き、空気を揺らし、大地に轟く。


 だがその中心にいる人物は、微風でも浴びている様に優雅に佇む。


 そうだろうと思う。あの母を倒したのだ。そうでなければいけない。そうじゃなきゃ楽しくない!


 炎は諦めた。氷系もダメだろう。おそらく自然属性である火・水・氷・風・雷・土の6属性の魔法は全て効かないはずだ。ではそれ以外を使えば良い!


 操るのは重力だ。

 アハティを中心に重力を操作する。2倍に、4倍に、更に倍に‼︎

 アハティの膝がガクッと折れる。先ほどまでに余裕な表情が消えた。口を歪め殺意を込めた目で私を見る姿に、背筋に戦慄が走った。


 アハティが声をあげる。放たれる魔力を感じたと同時に、私が掛けた重力の魔法が解除された。

 負けられない戦いだ!

 髪に刺した槍を大きくして、一気に駆け出し真っ直ぐにアハティを突く。長剣を構えたアハティが槍を弾こうとするので、長剣の周囲を槍の穂先で回し下側から長剣を弾き返し、ガラ空きに腹を突き刺す。が、槍は手で止められる。

 引き抜こうとするが、槍はびくとも動かない。代わりに上から奴の長剣が私に襲いかかる。咄嗟に槍を縮め、横に飛んで、アハティから離れる。がすぐに目の前にアハティの姿が映る。


 接近戦で槍は不利だ!槍を剣に持ち替え、奴の長剣を捌く。迫り来る長剣を次々と捌いていくが、単純な力には差がある様だ。あちらの方が遥かに強い。

 捌きながら1歩、2歩と徐々に下がって行く。数歩下がったところでやつの剣を弾き、離れた所で魔法を発動させる。


「落ちろ‼︎」

 アハティの足元を陥没させる。深い穴だ。おまけにやつの体に重力をかけて、更に地中へ沈めて行く。落ちていくアハティの驚愕の表情を地上から見下げながら、魔法で岩を作り上げていく。

 そのまま蓋の様に地上にドン!と置いてやる。


「このくらいではダメだろうな・・・」

 ダメ押しで取っておきの魔法を作る。全てを飲み込み闇の魔法。私は聖魔法を一切使えないが、闇魔法なら得意技だ!


 そしてやはり、地中に放り込んだくらいでは倒せないらしい。私が蓋をした岩を中心に地面が揺れる。ゴゴゴという地響きと共に動き出す。


 出てくれば良い!代わりに一切の光も届かない世界へ放り込んでくれる!


「危ないものはダメよ。アストリッドちゃん」

 突然後ろから聞こえた呑気な声に振り返る。と同時に展開していた闇魔法も消される。


「怖い顔しちゃダメよ。私はアストリッドちゃんのかわいい顔が見たいわ」

 

 キラキラと光輝きながらニコニコ笑うファニーにどことなく似ている女性に驚愕する。まったく気配に気付かなかった!


「怖い顔の子にはおしおきよ!」

 

 突然のデコピンで、私の体が宙に飛ぶ。そのまま飛ばされた先にはアハティがいて、羽交締めにされる。


「いやいやびっくりしたね。若い子の戦い方は年寄りには予想がつかない」

 傷一つなく笑うアハティを睨む。

 そして無駄にキラキラ輝きながら、女性が私に近づく。


「アストリッドちゃん、初めまして。ファニーちゃんの母のヴェッラモもよ。人間にしては強いわね。お母さんはびっくりしちゃたわ」

「私は貴女にびっくりしましたけどね」

「ふふふ。こう見えて実は強いのよ?だからアストリッドちゃん。ファニーちゃんを諦めて帰ってくれる?帰ってくれたらリューディアちゃんの呪いは解いてあげるわ」

「ファニーは私と帰ります。あなた方こそ息子離れしてはいかがですか?」

「かわいいファニーちゃんから離れる事はできないわ。貴女こそファニーちゃんを連れて帰っても召使いの様に扱うだけでしょう?親として見過ごすわけにはいかないわ」

 ヴェッラモの言葉に心が揺らぐ。召使いとまではいかないが、色々やってもらっていた事は確かだ。だが・・・。


「ファニーはイキイキしながらやっていたぞ?特に私の服を選ぶのは楽しそうだった。ご飯を作るのも楽しいと言っていた。確かにファニーのご飯は美味しかった。二人の関係性は二人が築く物だ。親であろうとも口出しをすべきではないな」

「だからファニーちゃんの一方的な奉仕を受けとる貴女を許せと言うの?貴女はファニーちゃんが好きでも愛してもないでしょう?」

「どうして貴女が私の心を決めつけるのですか?」

 頭にくる!ただでさえ羽交締めされて身動きが取れないのに、この女は私を探る様な目をする。ファニーに似た顔だと言うのが更に嫌だ。


「では好きだと言うの?違うでしょう?」

 更に私をあざ笑う様な声を出す。これがあの穏やかなファニーの母かと思うと苛つきが

増す。


 深呼吸をつき、まっすぐ前を見る。

「愛していますよ。おそらく彼以外は私の相手などできないでしょう。私も彼以外は無理です。無意識のうちに求めていた事を、今更ながら自覚しました」

「そう、熱烈な告白ね。それは結婚まで認めろと言う事かしら?」

「祝福して頂けるなら、それは重畳。ファニーは私の親に気に入られている。あなた方にもできれば祝福して頂きたい」

 そうでなければファニーが泣いてしまう。その姿もかわいいが今回はさすがに別だ。

 

「分かったわ。おめでとう!」

「・・・へ?」


 アハティが私を解放する。ヴェッラモが私に抱きついてくる。無駄にキラキラ眩しい!


「かわいい娘に神の祝福を!」

 ヴェッラモの言葉で私のステータスの神聖力が上がる。

「私からも祝福を!」

 アハティの言葉で勝手に信仰心も上がる。

 そして聖なる力が宿り、聖なる魔法の数々が使用可能になる。これが神の祝福か‼︎ではなく・・・。


「どう言うこと・・・」

 大混乱しながら、言葉を絞り出す。

  

 更に抱きつかれたヴェッラモの肩越しに何かが見えた。


 光り輝く何かが現れる。


 もう何がなんだか分からない。

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