第29話 世界最高の剣豪が語る真実

 扉が閉まる音が聞こえ、それでもまだ駄目だと、震える唇を手で押さえる。


 外からアストリッドの声が聞こえる。シーグリッドに私の事を頼んでいる様だ。涙声のシーグリッドに胸が痛む。


 アストリッドもシーグリッドのいつもと違う様子を察知したのだろう。私とシーグリッドの事をレオンに頼んでいる。言葉少なげに返事をするレオンは良い子だ。


 シーグリッドが良い人がいるとレオンの事を相談に来た際には、『勇者』なんて冗談じゃないと思っていたが、本人を見ると鍛えがいがありそうだと思い、気に入った。根性もありそうだし、柔軟そうだ。ましてや我が家にはなかった、善良な心を持っている。


 扉が開きシーグリッドとレオンが入ってくる気配がする。敵前逃亡した夫は、後からお仕置きをしよう。


「姉様は転移したわ。もう大丈夫よ。母様」

 シーグリッドの明るい声に、目の包帯を取る。かわいい娘の涙が見れなかった事が残念だ。


「アストリッドは泣いていたな?」

「ええ。目がウルウルだったわ!あの姉様にもこんなかわいい面があったかと思うと、おかしくて笑いそうになったわ!」

「この家族、意味わかんねーよ。罪悪感とかねーのかよ。俺はアストリッドが気の毒になってきたよ」

「その割には良い演技してたわね」

「仕方ねーだろ?俺は長いもんに巻かれる主義なんだよ!」


 相変わらず良く分からない言葉を使うレオンだ。だが、『勇者』の割に正義感ぶってないところも気に入っている。


「私もアストリッドの泣き顔を見たかった。この目に巻いた包帯がなければ見れたのに・・・。レオン、この包帯は本当に必要だったのか?」

「目は口ほどに物を言うって言うだろう?意外に鋭いアストリッドを騙すには必要だ。それよりオウサマなんとかしろよ!顔を真っ赤にして笑いながら出てきてさ!俺はばれるんじゃないかって、心配してたんだぜ?」

「本当に父様にはびっくりしたわ。姉様が慌てて、回復魔法をかけたのが面白かったみたいよ」

「すっげー、カワイソ。アストリッド・・・」


 会話を楽しみながら、手に巻いた包帯も外す。アストリッドの様子からファフニールの母がかけた幻術は完璧だと分かる。さすが古き神の1柱だと、感心する。


 そう、私は怪我などしていない。ファフニールの父であるアハティと戦ったのは事実だ。だがその妻であるヴェッラモが登場し、ファフニールを眠らせたところで、勝負は中断した。久しぶりにやりがいのある相手に出会えたのに、とても残念だった。



◇◇◇◇◇◇◇




 剣と剣が響き合う。次々と繰り出す剣は止められる。更に相手が打ち込む剣を流し、こちらの番だと剣撃を飛ばす。そしてそれは相殺される。

 思った通りの手応えのある相手に笑みが漏れる。こんなに全力を出して戦うのはいつぶりなのか。


 上段から打ち込めれた長剣を、刀で受け止めするりと流し、相手の正面に刀を打ち込む。素早く戻った長剣に刀は弾かれた!更に突き刺そうと襲ってくる長剣を、身体を捻って避け、ついでに蹴りをくれてやる。蹴りは蹴りで返される。

 お互いに弾き飛ばされ、一旦距離を置いたところでファフニールの側に現れた女性が手を振った。


 ファフニールの父が嘆息する。

「降参するよ。年寄りにはキツい!」

「つまらないな。これから楽しくなりそうだったのに」

 私の言葉を受け、ファフニールの父が満足気に笑った。

「神相手にここまでやれるんだ。君は十分に強いよ。やっぱり、クルクリの人間は規格外だ。だからファフニールには近付くなってあれほど言ったのに」

 

 神?どう言う事か分からない私は、じっとファフニールの父を見る。

 確かに人の気配ではない様に感じる。一目見た時に、背筋が凍るほどの強さを感じた。化け物だと・・・。


「ファニーちゃんは寝たわよ。相変わらずかわいい寝顔だわ」

 呑気な声で光り輝く美しい女性が、ファフニールを抱き抱えながら近づいてくる。おそらくファフニールの母だろう。目が良く似ている。しかも驚くべき神々しさだ。こちらは神だと納得しそうだ。ファフニールにデレデレする姿は、ただの親バカだが。


「話しを聞かせて頂きたい」

 私が言うと、ファフニールの両親は頷いた。


「まずは自己紹介をしよう。私がアハティ。そしてこちらが妻のヴェッラモだ。ファフニールは私達の一人息子だよ。よろしくね。リューディア」

「アハティとヴェッラモ。神々の?と言う事は、ファフニールは?」

「神だよ。だから魔物を人にする薬を使われのは困るんだよ。分かってくれるかな?」


 アハティの言葉に私は頷く。と同時に希望も見えてくる。

「つまり、アストリッドとファフニールは結婚できる?」

「そうなの!さすがリューディアちゃん!分かってくれるのね!ねぇねぇ、リューディアちゃんはアストリッドちゃんとファニーちゃんは愛し合っていると思う?」

 突然のちゃん付けに戸惑うが、そこは顔に出さないように返事をする事にした。

 さすが芸術の神だ。ぶっ飛んでいる。


「2人とも無自覚だが、思い合っていると思っている。アストリッドはファフニールと一緒にいたいと言うし、ファフニールはアストリッドに会いに行きたいと言う。どうしてそこから発展しないのか分からないくらいだ。ただ、息子達を見ていて思うのだが、最近の若い子はどうも恋愛におくてと言うか苦手と言うか、興味がないと言うか、中々発展しない。娘のシーグリッドも良い人ができたと言うから楽しみにしていたら、スキルがすごいだ。色んな魔法を持っているだ、と恋とはほど遠い事ばかりを言う。世代の違いだと思うが、ついて行けない。世界全体で結婚率も落ちているとも言うし、どうも気になる」

 

「それは恋愛の神が目覚めてないからなの。母である愛の神も頑張ってはいるんだけど、もう年でしょう?若い子の感覚にはついていけないみたいなの。やっぱり限界がきてるみたい」

 右手を頬に当て、ため息をつくヴェッラモ。この細い身体で片手でファフニールを支えるか・・。さすが神だ。


「恋愛の神・・・聞いた事はないな。そんな神もいるんだな」

「いるんだよ。自覚がないから私達も困っているんだ。他の神々からも早く自覚を持たせろと言われてるんだが、どうもうまくいかなくて困っていたんだ。そこにアストリッドが来てくれた。我々としては千載一遇のチャンスだと思っていたんだ」


 アハティの言葉に疑問を持つ。アストリッドの名前が出てきた。どう言う事だ?


「アストリッドちゃんに恋愛指導を頼まれた時に私は歓喜したわ。このまま恋愛ってものを分かってくれるかも知れないと。その内、アストリッドちゃんと良い感じになっていくのは見ているのは、嬉しくて嬉しくて、我が家に嫁がくるかもと喜んでいたのよ」


 ヴェッラモの言葉に確信する。 

「つまり、恋愛の神とは・・・ファフニールなのか?」


 頷く2人を見て、空を見上げてため息をつく。あれが恋愛の神とは世も末だ。


「神々の子供が産まれるのは稀でしょう?ファニーちゃんが生まれたのも、神々の中では何百年振りだったから、神々みんなで甘やかしたのも悪かったの。ドラゴンに変身した姿をみんなで褒めていたら、本来の姿も目的も忘れてしまって・・・。魔物のドラゴンだからとか言う理由で都市を滅ぼした時は驚いたわ。お陰で神格も落としちゃうし。聖なる力もなくしちゃうし。仕方ないから恋愛小説を読ませたら、そこはさすが『恋愛の神』よね。すっかりハマって。でもハマリすぎて夢見がちになって、今度は現実を見れなくなるし・・・。本当に困っていたのよ」


 ため息混じりで話すヴェッラモを見ながら思う。神であっても人であっても子育ての悩みは尽きないのだと。私も破天荒な子供達には困っている。

 

 武者修行と言う名の旅に出かけて、常に家にいない長男のエンシオ。

 実験と言う名目で怪しげな薬ばかり作っては飲み、良く死にかける次男のヨウシア。

 末の娘のシーグリッドに至っては、スパイ活動と称して変な組織を作りだした。

 アストリッドはエーゲシュトランド家を継いだのに、冒険者になると言って外の世界で名を馳せてしまった。更に夫が『恋愛の神』?意味が分からない。


「つまりアストリッドとファフニールが恋を自覚すれば、ファフニールは『恋愛の神』として神格を取り戻せると言う事か?」

「その通りだよ!さすがはクルクリの王妃!」

「その為に一回、ファニーちゃんを家に連れて帰って、アストリッドちゃんへの恋を自覚させようと思うのだけど、どうかしら?」

「ファフニールは大丈夫だろう。だいぶ自覚が出てきてる。そもそも素直だ。問題はアストリッドだな。ちなみにアストリッドがファフニールを振ったらどうなる?」


 私の何気ない質問に、アハティが青い顔をして答える。その顔に私は少し怯える。

「そうなったら、ファフニールがショックのあまり悪神に堕ちる可能性がある。そしてこの世界を滅ぼそうとするだろう。神と言うものはそう言う者だ」


 そう言う者らしい・・・。

 なぜただの恋愛が世界を滅ぼそうとする存在の出現までに発展するのか。そしてなぜそれの一旦を私の娘が担うのか!良く分からない!

 だが、それを言っても仕方ない。とかく神とは勝手な生き物なのだから。


「ではこうしよう。アストリッドは障害が多いほど燃えるタイプだ。私があなた達にやられた事にしよう。私はあなた達の所に行かせる様に尽力しよう。そしてあなた達はアストリッドとファフニールの結婚に反対すれば良い」


「リューディアちゃんが言うなら大丈夫そうね!じゃあ、とっておきのおもてなしをするわ!」

 とっておきとはなんだろうと思うが、アストリッドなら大丈夫だろうと、判断する事にした。私をしては神だろうが、なんだろうが、かわいい娘婿ができれば良い。


 その場でヴェッラモに包帯を巻くと身体から血が滲んで見える幻術をかけてもらい、アストリッドが無事にファフニールの元へ行き着けるように2人の結婚指輪が引き合う様に魔法をかけてもらった。


 そしてお互いに握手をして別れた。

 神とはなんとも奇妙な、いきものだ。




◇◇◇◇◇◇◇



「姉様とファフニールがうまく行くと良いわね」

 窓から空を見上げながら、シーグリッドが笑顔を見せる。

 私はそうだなと答え、シーグリッドの横で空を見る。


 思ったより親思いだったかわいい娘が、かわいい娘婿と一緒に帰ってくるであろう空は、美しかった。

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