第28話 最恐ドラゴンの真実

「ファニーちゃんは、なにをふくれているの?そのお顔もかわいいけど、お母さんは笑顔も見たいわ」

「お母さんを困らせちゃいけないなぁ。ファフニール。何そんなに怒っているのかな?お父さんに教えて欲しいなぁ」


 お父さんとお母さんが俺の機嫌を取ろうと優しい声をかける。でも俺はそれを無視する。だって勝手に連れ帰るなんてひどい!みんなで一緒に俺の誕生日を祝ってもらおうと思ってたのに。みんなに両親を紹介しようと思ってたのに。両親に初めての友達を紹介しようと思ってたのに!

 アストリッド様とその家族を紹介しようと思ってたのに‼︎


「じゃあ、クルクリに帰らせて。そしたら機嫌直すから」

 ソファの上で三角座りする。顔は膝の間に入れてやった。俺の目の前で膝をついて覗き込むお母さんの心配そうな顔が見たくないから。お母さんの後ろに立ち、知った風な顔を見せながら、俺をからかうお父さんの顔を見たくないから。


「クルクリに帰ってどうするの?ファニーちゃんは人間になりたいの?」

「そんな事は考えてないけど・・」

「あそこにいたら、お前は人間にされていたんだよ。ファフニールはお父さんやお母さんがそれを許すと思っていたのかな?」

 そう言いながら俺の横にどかっと座って、お父さんは背中を撫でてくれる。お母さんは頭を撫でてくれている。


「みんなをお父さんとお母さんに紹介・・したかった・・」

 ボソボソと言うと、お母さんが抱きしめてくれた。


「初めてのお友達だったものね。そのお友達に裏切られて、かわいそうなファニーちゃん」

「裏切られてなんかないよ!」

 顔を上げて、お母さんを見る。俺とそっくりなお母さんの目がまたたき、次に怒りをまとう表情になった。


「ファニーちゃんを人間にしようとする人達よ!ファニーちゃんの意思を無視して!お母さんは許しませんよ」

「それは・・・!それは・・」

 確かにそうだけど、違うって言いたいけど違わない。だから本当の事を言うしかない。

「アストリッド様のお婿さんにするために、俺を人間にしようとしてたんだよ。許してあげて。お母さん、お父さん」


 お母さんの怒りが解けて、キョトンとした顔になった。

「ファニーちゃんはそのアストリッドちゃんって子が好きなの?」


 お母さんの言葉で思い出した。聞きたい事があったんだって事を!

「そうだ!お父さんとお母さんに聞きたかったんだよ!好きって何?どんな感情?そもそも俺はドラゴンだから、ドラゴンに恋するんじゃないの?人間と恋人って変だよね?」


 俺の質問を聞いて、お父さんは俺の隣で額に手を当て、うなだれた。お母さんはふかーくため息をしながら、やっぱりうなだれた。


「にぶい子だと思っていたが、まさかここまでだとは思わなかったよ。お父さんはびっくりだ」

「そこがファニーちゃんの良い所だけどね。ファニーちゃん良く聞いて。お母さんはドラゴンでも人間でもないのよ」


 俺は良く分からないので首を傾げた。ドラゴンでも人間でもない。じゃあなんだろう。お母さんはいつもキラキラ光ってる。柔らかい榛色はしばみいろの髪に、優しい光を放つ黄色に近い金色の目。うっとりするほどかわいい顔。


「分かった!妖精だ‼︎」

「ファニーちゃん、妖精は小さいのよ。お母さんは大きいでしょう。違うわ」

「え?じゃあ、なんだろう。そう言えばお母さんの名前も俺は知らないんだけど?」

「お母さんの名前ヴェッラモよ。お父さんはアハティ」

「神様と同じ名前だね!」

「その神がお前の両親だよ。ファフニール」

 そう言った後に俺の頭を軽くぽんぽん叩いてくるお父さんを見る。次にお母さんを見ると頷いている。


「なんで?俺はドラゴンなのに?」

「母胎から産まれてくるドラゴンなんていないはずだよ。おかしいと思わなかったのかな?お前がドラゴンになれるのは、お父さんの力を引き継いでいるからだよ。お父さんは

原初の炎を司るドラゴンで、この世界を作り出した聖獣の一人だからね。だからお前はドラゴンにもなれるんだよ。ファフニールは産まれた時は人の姿だったんだよ。でも子供の頃から、ドラゴンの姿が格好良いって言ってドラゴンになってたから、そのまま定着しちゃったんだ。お父さんもお母さんもかわいいからそのままドラゴンだね〜って言い続けてたしね。それも悪かったね」


「え⁉︎じゃあ俺は何?」

「神でありながら、ドラゴンでもあるものだよ。お父さんと一緒だよ」

 お父さんの言葉に頭がぐるぐる回る。


「だって魔物もみんなドラゴンだって言ってたし。ステータスだってドラゴンってなってるし、違うんじゃないかな?」


「そりゃあドラゴンの姿で会えば、ドラゴンだ!魔物だ!って言われるに決まってるだろう。ステータス画面がドラゴンなのは、ファフニールに神の自覚がないからだ。でもファフニールは神である俺達の子供だから、ちゃんと神だよ!」

 お父さんが大きく腕を広げて抱きしめてくれた。お母さんも頭を撫でてくれた。


 俺は良く分からない。だって150年生きてきて、ずっとドラゴンだと思っていたのに、神様って言われても分からない。


「そもそも俺は『神官』だよ?おかしくない?」

「おかしくないわよ。ファニーちゃんはずっと小説の神に祈ってたでしょう?小説は芸術。お母さんは芸術の神よ。つまりお母さんに祈りを捧げていたのよ。お母さんは嬉しくっていっぱいレベルをプレゼントしたわ。そもそもファニーちゃんは今は、『神官』じゃあないでしょう?」

「うん。あっという間に『賢者』になった。アストリッド様におかしいって言われた」

「あらあら、またアストリッドちゃんね。ファニーちゃんはやっぱりアストリッドちゃんが好きなの?」

「またその質問なの?お母さんも恋バナが好きだよね。だから俺は好きって何?って聞いたよね?」

 

 黙る二人を交互に見る。教えてはくれないみたいだ。

 

 さっきまでドラゴンだから、アストリッド様とは無理だと思っていた。でも神だったら別だ。人と結婚した神様もいるし、なんなら魔物と結婚した神様もいる。神様はなんでもありだ。

 そもそも俺のお父さんはドラゴンで、お母さんは神様だった。

 

 今まで信じていた何かが、石を投げ込まれた水面の様に揺らぐ。誰かに答えを教えて欲しい。慰めて欲しい。誰か・・・誰だろう。

 お父さんもお母さんも助けてくれない。


 いつも答えをくれた人。

 俺を導いてくれた人。

 俺と一緒に考えてくれる人!

 

「アストリッド様に会いに行く!」

「どうして?」

 お母さんの質問を無視して、立ち上がって、出口に向かう。そこで腕を掴まれた。お父さんの目が光る。


「どうして行くのか答えなさい!ファフニール‼︎」

「だってお父さんもお母さんも答えてくれないんだもん!アストリッド様に聞きに行く!」

 俺は捕まれた腕をぶんぶん振る。お父さんは離してくれない。


「じゃあ、何を聞きに行くんだ⁉︎」

「好きってなにって聞きに行くの!離して〜!!」


 お母さんも慌てて片方の俺の手を取った。そして俺の目を見つめて言う。

「ファニーちゃんは、アストリッドちゃんに恋愛指導をする為に、一緒に暮らしたのよね?アストリッドちゃんに好きって何?って教えたんじゃないの?」

「言ったよ!好きになるって、雷が落ちた様な衝撃が走ったり、動悸が酷くて呼吸ができなくなったりする、って言った!言ったけど俺はした事ないもん!俺はアストリッド様にそんな感情を持った事ないもん‼︎と言うかお父さんとお母さんは俺の事なんでそんなに知ってるの!見てたの⁉︎見てたのに尻尾切られた俺を助けてくれなかったの⁉︎ひどいよー。バカー!!」

 俺はわんわん泣き出した。もうやだ!みんなして、いっぱい聞いてきて、もうやだ!


「ファニーちゃん!落ち着いて!」

「ファフニール!分かった。お父さんが一緒に考えてあげるから、泣き止みなさい!」

「・・・・尻尾の事は?」

 俺はぐずぐず言いながら、お父さんを睨んだ。お父さんは気まずそうに謝ってくれた。



◇◇◇



「それで、ファフニールは好きってなに?って聞きたいのかな?」

 泣き止んだ俺は、もう一度ソファに座った。お父さんとお母さんは俺を挟んで両側に座ってくれた。

「ファニーちゃん、好きって人それぞれ違うのよ。答えは一つじゃないのよ。人の数だけ好きの形があるのよ」

 お母さんの言葉に疑問を持つ。

「だって恋愛小説だと、だいたい同じパターンだよね?」


「だいたいであって全部じゃないでしょう?小説と現実は違うわ。ファニーちゃんにはもう分かっているんじゃないかしら?アストリッドちゃんとの生活で、小説とは違う感情もあったでしょう?」


「思った通りに行ったり行かなかったりしたよ。でもアストリッド様のために、ご飯作るのも、洋服をコーディネートするのも楽しかった。小説も読むのも楽しいけど、実際やって見るともっと楽しかった。思い通りに行かない事があっても、それでも楽しかったよ」


「じゃあ、ファニーちゃんにとってアストリッドちゃんはどう言う存在?」

 お母さんの言葉をちゃんと考える。


「・・・・ご主人様?」

「「ん゛」」

 俺の両側でハモる声が聞こえた。

 俺は両手の人差し指をくるくるさせながら、答えを出していく。

「だって料理作るのって、召使いの仕事だよね?貴族は洋服も自分で着ないって言うし、アストリッド様の服を、選んで化粧をしている俺のやっている事は召使いの仕事だよね?それで俺は引き換えに小説を買ってもらってるから、それが賃金だよね?衣食住も補償してもらっているし、旅行にも連れて行ってもらってるよ。外食のお金は全部アストリッド様持ちだよ。でもどこにでも一緒に行ってくれるよ!そう考えるとアストリッド様って、とても良い雇用主ご主人様だよね!」


 俺の言葉にお父さんはまたうなだれた。お母さんなんかソファ肘置きに頭を打ち付けた。


「じ、じゃあ、ファフニール。例えばアストリッドが恋人ができたら、どうするんだ?今までお前がやってきた事を取られるんだよ?」

「そうよ。ファニーちゃんがデザインしたウェディングドレスを着て、他の人と並ぶのよ?嫌じゃないかしら?」


 また難しい質問が来た!

 

 仕方ないから俺は考える。

 他の人が作ったご飯食べるアストリッド様。

 あの美味しい時に見せる笑顔は、その人に向けられるのかな?


 他の人が用意した服を着て、化粧をしてもらうアストリッド様。

 これは昔から召使いとかがしてそう。でもその人はアストリッド様に似合う服を用意できるのかな?

 

 スイーツのお店に他の人と行くアストリッド様。

 行きたいくせに、素直に言えないアストリッド様が見せる一瞬のデレとツンを俺以外の人にも見せちゃうのかな。


 子竜の俺をぎゅっと抱きしめて寝る、寝相の良いアストリッド様。朝までずっと離してくれないアストリッド様。

 俺以外を抱きしめて寝るのかな?


 俺がデザインしたウェディングドレス。デザイナーさんと徹夜した。ふんだんにレースを使ったデザイン。かっこよさの中に、かわいさを少し混ぜて見た。デザインができた時には、涙が出た。きっと似合うだろうと、美しいだろうと思った。

 

 その横には・・・・・。


「・・・俺がいたいかも・・」


 そう思えた。だって嫌だ。アストリッド様の横には俺がいたい。いつも、近くにいて色んな話しをしたい。色んなものを食べたい。色々な景色を見てみたい!

 今回の様にすれ違ったりもすると思う。喧嘩もする思う。でも会いに行きたいって思う。近くにいたいと思う。


 リューディア様に聞かれた。なぜ会いたいと思うのか。

 たぶんそこに理由はない。だって好きだから。それ以外の答えはいらない。


 俺の初恋は衝撃を受けるものではなかった。ドキドキもしなかった。岩に沁みいる水の様に、徐々に徐々に俺に浸透していった。俺の魂にアストリッド様という存在が!

 人によって違う。違っていて良いんだ!

 だって同じ生き物なんていないから!

 答えは1個ではないから!


 

 身体の底から何かが湧き上がる。


 かって自分が持っていたモノ。

 今まで忘れていたモノ。

 失くした力。

 必要な感情。

 やるべき使命。


 光が俺を包む。まるで逆流する滝のようだ。

 お父さんが見えなくなる。でもきっと笑ってる。

 お母さんも見えなくなる。でもきっと還ってくるよ。


 そうして俺は光に溶けた。

 生まれ変わるために。

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