第27話 最強賢者は決意する

 思ったより簡単に見つけてしまった聖女を大聖堂に届け、その桟橋にて空を見上げる。この大陸と橋を通じた先の、海に浮かぶ大聖堂は厚い雲のような美しい白さを誇る。

 その空は海の光を反射するかのような、眩しい青だ。つい最近、この空を飛ぶ灼熱色のドラゴンは思った以上に映えていた。


 帰ろうか、それともこのまま逃げようか悩む。左手にはプレゼントの包みがある。ここに来る途中の店で見かけ、つい買ってしまった。買った以上は帰って渡せば良いとは思っている。

 だけど、なんとなく嫌だ。母の思惑に乗っている気がするし、何より自分の親に一番に紹介してくれないファニーに、まだ怒ってる。

 ぐるぐる回る思考に答えは出ない。帰るか、出奔するか、それを決める決定打が欲しい。


 ぼうっと立つ私の前に、空飛ぶトカゲが降りて来る。頭に紋章が掘られている。クルクリ紋章。クルクリからの手紙だと分かった。

 仕事が終わった事が母にバレたのかと、舌打ちする。だが、おかしい。あの母の事だ。私を直接迎えに来そうなものだが・・・。


 トカゲから手紙を受け取り、目を通す。

 その内容に一瞬、言葉を失う。

 あり得ないともう一度熟読する。

 転移魔法を発動させ、急いで帰る。


 目を開けると、クルクリの王城の前だ。

 頭を下げる警備の者に、目もくれずに走る。


 あり得ないと思う。そんな事が本当に起きたのかと、まるで夢の様に、現実ではない様に、思考が鈍化する。だが、急ぐ体を止められない。早くなる鼓動を止める事ができない!


 目的の扉の前に佇むシーグリットとレオンがいた。二人の目を見る。現実だと納得した。


「母様は?」

「母様は無事。なんとかね」

 頑張って笑おうとしているシーグリットの表情は痛々しい。


 扉を開けて、中に入る。ベッドの脇に座る父が見えた。そしてベッドに座る母。その目には包帯が巻かれている。首にもきつく巻かれた包帯が物語る。きっと身体にも巻かれているのだろう。


「母様!」

「その声はアストリッドか?手紙は見たようだな」

「見ました。回復魔法が効かないと書かれてました。本当ですか⁉︎あり得ない!」

「ではやって見るが良い」

 両手を掲げた母の腕には血が滲んだ包帯が巻かれている。

 私は渾身の魔力を持って、回復する。だが、手応えがない。包帯の血が広がっていく。

「回復魔法は効かない。そう言う傷だそうだ。徐々に死んでいく呪いだ」

 淡々と語る母の声に、父は我慢できなかったのだろう。口に手を当て廊下へ駆け出した。


「呪い?では解呪すれば・・・。ファニーは!・・連れ去られたのでしたね」

 手紙には二つの内容が書かれてあった。

 一つはファニーが連れ去られた事。

 そしてもう一つは、その時に母が負傷したこと。治療ができないこと。


「ああ、ファフニールの両親にな。ファフニールを人間にしたくないそうだ。しかも相手は神だ。人では太刀打ちできない」

「ファニーはあいつは一言もそんな事」 

「ファフニールは知らないと言っていた。教えてないと。ただ違和感はあったはずだ。魔物でありながら職業を持ち、聖なる力を持つ。良くよく考えるとあり得ない」


「最恐ドラゴンだから、そんな物かと思ってました・・・。色々な技も持っていましたし。彼もそれに疑問も持っていなかったですし」

 こうして改めて考えると、私はファニーの事を知らない事に気づく。ただの恋愛小説好きの呑気なドラゴンだと。

 考えて見ると違和感は多い。150年も生きた魔物のくせに純粋すぎるし、優しすぎる。その割にタフだ。初めて会った時も血を吹き出しながら喋ってた。確かに違和感はあった。随分と変なドラゴンだと・・・。


「ファニーの両親は神と言う事ですか?」

 私の声に母は頷いた。

 

「父親がドラゴンの王アハティ。母は聖なる神の1柱ヴェッラモだそうだ」

「古き神々ですね。ドラゴンの王でありながら原初の炎の神であるアハティ。ヴェッラモは確か愛を司る女神の子供、芸術の女神」

「その通りだ。私はアハティと戦ったが、さすが古き神だ。結果はこの通りだ」

 傷を見せ、強がった笑みを見せる母は痛々しい。

 母の目には包帯。もうその水色の瞳を見る事はできないのだろうか。春の空の様な、けぶった柔らかな水色。厳しく、そして優しく私を導いてくれた鋭い眼光は・・・。


「なぜ、ファフニールは人間界にいたのでしょう。神々の系譜に連なる者です。本来なら人間界にいて良い存在ではないはず」

「両親曰く、ファフニールは人間界で修行させていたらしい。人を知らなければ、人は導けないとの事だ」

「随分と、情報を漏らしたのですね・・・」

「・・死に行く者へのプレゼントだと言っていた。何も知らずに死ぬのは嫌だろうと。神を人にしようとしたのだ。私の罪は大きいらしい。おそらく私は1か月待たずに死ぬだろう」

 母の言葉に眉をひそめる。拳もぎゅっと握り締める。手のひらに刺さった爪の痛みで、涙が流れるのを我慢する。


 余裕のある笑みを見せているが、その傷の痛みは凄まじいはずだ。包帯が赤く染まっていく。

 痛々しく染まって行く母の腕を見ながら、その手を握り締める。母はそっと握り返してくれた。強いと思っていた母の弱い一面が見れた気がした・・・。


「元はと言えば私がファニーを誘ったのが原因です。責任を取ります」

「子供に取ってもらう責任などない。強敵と戦って死ねるなら私はそれで本望だ」


 私は頭を振る。

「母様はまだ死ぬには早いです。妹の結婚式にも出なければいけない。兄達の結婚相手も見つけなければいけません。それに・・」

「・・・・それに?」

 

 私は目を瞑る。

 今は母が一番前向きになることを言うべきだ。それが私の望みとなり、母の希望となるだろ。そう考えると頭の中が晴れてくる。

 目を開き、決意を込めた目で母を見る。


「私とファニーの結婚式を見なければいけません。私があのウェディングドレスを着るのを見なければ、死ぬに死ねませんよ」

「・・そうだな。あのドレスはお前に似合うだろう。ぜひ、見たいものだ」


 私は頷き、母の手をぎゅっと握る。母は更に強い力で握り返してくれた。


「ファニーの両親はどこに行くか言っていましたか?」

「来れないと思っているのだろうな。教えてくれた。大陸中央にある聖なる山ヴァルグリンドの頂上に館があるらしい」

「聖なる山ですか・・・」

 聖なる力が必須な山。それがないと道は開けない。私にはない力だ。


「これを持っていけ」

 母がベッド脇のテーブルから小さな箱を出す。開けると指輪だと分かった。

「ファフニールが『試練の洞窟』から持って帰った指輪だ。それに対応するお前がファフニールに渡した指輪は、まだやつが持っている。二つの指輪は引き合う。それで登っていけば良い」


 この指輪にそんな機能があったとは!

 私は頷き、立ち上がる。


「行ってきます」

「ああ、頑張れ。私はここで待つ」


 その言葉を受けて扉に向かう。


 ファニーが入れば呪いも解ける。

 母を喜ばせる事もできる。

 つまり、これが私に授けられた決定打だ。


 もう迷わない!


 扉を開け、涙を目に溜めたシーグリットと抱き合う。

 レオンにシーグリットと両親に事を頼み、私は歩き出した。


 母のために、そして何よりも自分のために!

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