第26話 最恐ドラゴンの両親

 アストリッド様は怒って一人で行ってしまった。いってらっしゃいも言えなかった。お弁当も作れなかった。連れて行って、もらえなかった・・・。


 そして俺は今、アストリッド様のお母さんであるリューディア様と城下町に来ている。パンケーキはアストリッド様と行くと言うと、美味しいケーキがあるお店に連れてきてくれた。


 オープンテラスのおしゃれなお店はケーキスタンドに色とりどりのケーキとフルーツと更にサンドイッチも乗っている。どれから食べようか、本気で悩む。紅茶の種類もいっぱいあって悩んだ。とても贅沢な気分だ!今度、アストリッド様とも来ようと思った。


 大好きなチーズケーキから食べる。今は人間だから小さく切って、パクリといく。

 なんだろう・・・。美味しくない・・・。


「美味しいか?」

 聞いてきたリューディア様に笑顔で頷く事にした。本当は美味しくないのに。

 味は甘さ控えめで、チーズも濃厚で、滑らかで舌触りも良い。丁寧な仕事を感じるよ。いつもなら美味しいって食べてると思う。

 

 いつも・・・。ちょっと前までなら、一人でこんな場所には来れなかった。だってこんなおしゃれ場所に一人で来るのは気恥ずかしい。

 アストリッド様の恋愛指導を始めてからは、アストリッド様と一緒に来る様になった。甘い物が好きだけど素直にこう言う場所に来れないツンなアストリッド様は、お願いすれば来てくれる。仕方ないな、とか言いながら、どこまでも付き合ってくれた。


 リューディア様を見る。アストリッド様と似てるけど、やっぱり違う。


「アストリッドがいないと寂しいか?」

 リューディア様の質問に頷く事で返す。リューディア様はいつも何もかも分かっている様な笑みを表情に浮かべる。お父さんみたいだって思った。そう思ったら、お父さんに会いたくなった。お父さんに色々聞きたい。お母さんにも色々聞きたい。慰めて欲しい。


「ファフニールの両親であるならば当然強いのだろう。どこで何をしているんだ?名前は?そもそもドラゴンなのか?やはり炎系なのか?」

 矢継ぎ早に来るリューディア様の質問に戸惑いながら返す。両親・・・。両親は。


「お父さんは何となくリューディア様に似てます。お母さんはおっとりしてるけど、怒ると怖いです。俺が若気の至りで都市を破壊した時には、お母さんに怒られました。首根っこ掴まれて、部屋に閉じ込められました。その部屋には人間が書いた小説とか、絵とか、音楽とかがいっぱいありました。お母さんから『人間は弱くてすぐ死んじゃうけど、こんな素敵な物をいっぱい生み出すんだから、大事にしなさい』って言われて、そこから恋愛小説にハマって、極力人を殺さない様にしたんです。だって、誰がどんな名作を生み出すか分からないじゃないですか!人間ってすごいですよね」


「そうか、そう言ってもらえると光栄だな」

 リューディア様は嬉しそうな照れ臭そうな顔をしながら微笑んでくれた。

 聞かれたことからズレた気がしたので、俺はもう一回答える事にした。


「そう言えば俺は両親の名前もドラゴンになった時の姿も知らないです。今度会ったら聞いておきますね!」

 俺のこの言葉にリューディア様は、一瞬固まった。

 人間と違って、ドラゴンの俺はそんな細かい事を気にした事がない。人間はいっぱい複雑な事を考えているんだと感心する。


 両親の話をしていたら、気持ちも軽くなってきた。ケーキも美味しく感じられた。アストリッド様にも食べさせてあげたい。


「リューディア様。アストリッド様を追いかけちゃダメですか?」

「なぜ?」

 なぜ?なぜと言われるとなんでだろう・・。答えられずに黙っていると、リューディア様が更に追求してきた。


「お前はずっと一人でいただろう?なのになぜだ?なぜ、アストリッドの側にいようとする?アストリッドの側にいて何の利益がある?」

「利益で・・・いるわけではないです」

「ではなぜ?」

「一緒にいると楽しいですし・・・」

 リューディア様の鋭い視線と追求を受けながら、俺は混乱する。


 なぜ?分からない。初めの方は逃げようとしていたのに、いつの間にか楽しく生活する様になった。

 服や髪型でアストリッド様をコーディネートするのはやっていて面白かった。ご飯を作って美味しく食べてもらえるのは、単純に嬉しかった。美味しいって言われると、嬉しくて次を作る励みになった。

 でも結婚は嫌だと逃げようとした。だって結婚って好きな人に告白して、付き合って、愛を育んでから、お互いのタイミングでするものじゃないのかな?それもないのに結婚なんて考えられない。

 でも色々あったけど最終的には一緒に逃げようとしていた。色んな国を一緒に旅しようって話しをした。北の地に行こうと言うアストリッド様に、寒いから嫌だと言うと、じゃあ西だな、と笑っていた。


 結局、置いて行かれたけど。

 アストリッド様は戻ってきてくれるかな?

一緒に誕生日をお祝いしてくれるかな?両親に会って欲しかったのに。紹介したかったのに。


「その答えを探せ。そして私に教えろ。答え次第でお前達の結婚も決まる」

「俺とアストリッド様の結婚は決定なんじゃないですか?」

 俺の質問には答えずに、相変わらず全てを分かっている様にリューディア様は微笑む。


 良く分からなくなって来たのでケーキを食べた。ケーキの味がまた、しなくなった。




◇◇◇◇◇◇



 ケーキを食べたら買い物に行こうと言われた。好きな物を買ってくれると言う。誕生日プレゼントだと。とても悩む。何にしよう。


 小説は今はいっぱいある。服もある。アストリッド様が自分のを買う時に、一緒に買って良いと言うので買っていた。となるとなんだろう。武器はいらない。アクセサリーもいらないかな?できれば実用的なのが良い。


 自分の顔が写るショーウィンドウを見ながら、その奥を覗く。決められない。何にしよう。

 悩んでいたら、目の端に知ってる人が見えた。

 振り返ると、俺の後ろにいたリューディア様と目があった。

「どうした?」

「お父さん?」


 リューディア様が振り返ると同時に、俺は走った。そして思いっきり抱きついた。

「お父さん!久しぶり‼︎来週じゃなかったの⁉︎」

「お前の事が心配だから来たんだよ。久しぶりだねぇ。ファフニール。元気そうで良かった」


 俺は改めてお父さんを見る。赤みがかった茶色の髪。マグマの様な赤い瞳は、鋭いけど俺には優しい。全体的に人を威圧する様な風貌だし、身体も大きいから、お父さんはいつも笑顔を心がけている。だったら黒い服を着るのをやめたら?ってお母さんが言っていたけど、俺は似合うから良いと思ってる。


 そうだ!と思ってリューディア様をみた。

「お父さん。リューディア様だよ。アストリッド様のお母さん。クルクリの王妃様」

 次にお父さんを見上げる。

「リューディア様!俺のお父さんです!」


 だけど二人から言葉はでない。俺はキョトンとしながら、お父さんをもう一度見た。


 沈黙破ったのはリューディア様だった。

「リューディア・タイナ・アンティカイネンだ」

 いつもと違う低い声で、お父さんを睨みながら、リューディア様は手を差し出した。


「ファフニールの父です」

 お父さんはそれだけ言って、リューディア様と握手をした。そして続けた。

「息子は連れて帰ります。人間と結婚などさせませんよ。ましてや人にする?あり得ない」


 お父さんの口調に驚いてると、身体がフワッと浮かんだ。いつの間にかお父さんの肩に乗せられて運ばれている。お父さんの背中越しに見えるクルクリの城下町が、どんどん、どんどん小さくなっていく。


 そして俺達を追いかけて来るリューディア様が見える。その腰の刀が光った!と同時に俺の目の前で、火花が散り、金属音が鳴り響いた。続いて何回も何回も鳴り響き、目がチカチカするほどの光が飛び散る。


 大混乱のまま運ばれていると、お父さんが止まった。見覚えがある景色が広がる。国境沿いの森に囲まれた開けた土地だ。俺がシーグリッドさんに会った場所。俺がリューディア様と戦った場所。


「困ったねぇ。人間にしてはやるもんだから、止まるしかなかった。だからクルクリには近寄るなと脅しておいたんだけど」

「さすがはファフニールの父親と言うべきか。貴方も随分と強いようだ」

 お父さんに下ろしてもらいリューディア様を見る。刀を抜いている。アストリッド様が言っていた。リューディア様は強い相手でないと刀抜かないって


「お父さん!俺をどこに連れて行くの?」

「もちろん、家だよ。できないだろうとタカを括っていたけれど、まさか本当に魔物を人にする薬を作るとは思わなかったな。だから人間は恐ろしいんだよ」

「なぜ知っている?」

 リューディア様の表情に笑みはない。怖い。前に俺と戦った時とは違う。本当の殺気だ。


「かわいい息子の動向は常にチェックしているよ。親として当然だろう?」

「毒親か?気持ち悪いな。それでは子供の自立心は育つまい」

「人の家庭に口を出さないで欲しいなぁ」

 

 その言葉を合図に、お父さんとリューディア様の戦いが始まった。お父さんは長剣でリューディア様は刀で、互いに打ち合っているようだけど、俺には早くて見えない。ただただ、空に響く打ち合う剣の音に心を痛め、飛び交う火花に目が眩むだけ。

 

 突然の出来事にどうして良いか分からない。ワタワタしながら、立ちすくむ。口から声は出ない。手も動かない。足は進まない。でも涙は出そうになる。

 心が止めて欲しいと悲鳴をあげる。大好きな人同士が戦って欲しくないと。どちらも傷ついて欲しくないと。それを見たくないと。


「かわいいファニーちゃん。大丈夫よ」

 聞き慣れた優しい声に目を見張る。

 いつもの様に光の粒を引き連れて輝きながら、現れた目の前の人に抱きつく。

「お母さん、二人を止めてよ!怪我して欲しくないよ」

「大丈夫よ。あの人がうまくやってくれるわ。かわいい私のファニーちゃんはなにも心配しなくて良いのよ」

 そう言いいながら頭を撫でてくれるお母さんの手は優しい。その優しさに心をほぐされて、俺はあっという間に眠るように気を失ってしまった。ダメだと思っていても耐える事ができなかった。


 まぶたに浮かぶのは、クルクリの灰色の空と、青みがかった黒髪を靡かせるアストリッド様の姿。

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