第25話 最強賢者と最恐ドラゴンはイチャイチャする。

「普通に手を繋ぎますか?」

「いや?そこはあえて恋人繋ぎにしよう」

 ファニーは頷きながら、クローゼットに手を伸ばす。服を選ぶファニーは相変わらず楽しそうな顔をしている。


「服は俺の好みが良いって事ですね。じゃあこのワンピースを着てください。髪は俺がセットしますね」

「頼む。ついでに様付けもやめてくれ。名前だけにしてくれ」

 このお願いには、大層イヤな顔をされた。なんとなくショックだ。


「・・・それはレベルが高くて無理です」 

「何でだ⁉︎あ!背中のボタンを止めてくれ」

「はーい」


 よくよく考えるとファニーとは一緒に寝てるし、なんなら着替えも手伝ってもらってる。化粧もしてもらってる。


 今日の髪型は編み込みだ。ちょっと前まではご飯とおやつも作ってくれていた。

 この関係は何と言うんだろう。

 我ながら不思議な関係になったもんだ。


「朝食中の話題は何にしましょう?」

「恋愛小説で良いだろう。私も話したいし、共通の話題で盛り上がれそうだ」


 私が聖女の邸宅からもらって来た本は、ファニーが欲しかった本だった。

 ファニーは大層喜んだ。私も恋愛小説にハマっていると言うと、ファニーがいっぱい貸してくれた。お陰で昨夜はお互いに寝不足だ。悪くない傾向だと思った。意外に鋭いあの母を騙さなければいけない。



◇◇◇




 ファニーと手を繋いで、皆が待つ食堂へと行く。我が家のテーブルは大きな丸テーブルだ。一番奥に母と父が座り、時計周りに、長男エンシオ、次男ヨウシアが座る。いつもなら私がその横だが、今朝は違うらしい。ヨウシアの隣にはシーグリッドが座り、その横になぜか青い顔をしたレオンがいる。そしてレオンと母の間に椅子が2つ。


「ファフニールは私の横に来い」

 相変わらずの上から目線の母に従う。


 ファニーは私の椅子を引いてくれた。私は母を見ながら座る。母はファニーをじっと見ている。気付いていないのだろう。ファニーは相変わらずの呑気な顔で椅子に座った。


 そして召使いが朝ごはんを運んでくる。配膳は母からだ。我が国クルクリは産まれた順で王位継承権がくる。第一子として生まれた母は当然のように王となった。父は入婿だ。一人息子で跡取りだった父は、母に強引に迫られ結婚した。私の苗字エーゲシュトランドは父の旧姓だ。跡継ぎがいなくなったエーゲシュトランド家を私が継いだ。


「アストリッド、食事の後にドレスルームに行け。ウェディングドレスの仮縫いをする」

 母の爆弾発言に驚く、が、顔色を変えないように心掛けながら、返事をする。


「分かりました。ただし私にも好みがあります。気に入らないデザインであれば、変更させて頂きます」

 この方法で時間を稼ごうとほくそ笑む。延期できるなら、できるだけ延ばしたい。


「お前の夫が選んだドレスだ。私も似合うと思っている。変更する事は許さない」

 ファニーをキッと睨む。

 この押しに弱いドラゴンは、母に脅されて選んだに違いない!


「いっぱいあって選ぶの大変だったんですよ。でも一生に一度の晴れ舞台のドレスじゃないですか?だからアストリッド様に似合うのが良いと思って、最終的にはデザイナーさんと一緒に徹夜しました!」

「・・・・あ、ありがとう」

 にっこ〜り笑って見せた。


 頑張った!自分で自分を褒めたい!


 このアホドラゴンは、どうしてこんなに自分で自分の首を絞めるのか⁉︎どうせ、選ぶのが楽しくなって暴走したんだろう。想像できる!

 だがお前が選んだウェディングドレスは私とお前の結婚式で着る為の物だ!と、視線で訴えたら、そこで気付いたらしい。目が泳いで冷や汗をかきだした。後で尻尾を切って、私の防具も作ってやる!


「仲が良い事で結構な事だ。お前達の次には、レオンとシーグリッドが結婚だ。これで娘達は片付いたな」


 母の言葉を聞き、慌てて横に座るレオンを見る。完全に目が泳いでいる。

 その横のシーグリッドと目が合う。してやったりとした顔で笑っている。レオンの持つ数々のレアスキルが目当てだと分かった。特に、『あいてむぼっくす』とやらは、スパイ活動に役立ちそうだ。レオンには悪いが自分の事で精一杯で助けてやれない。このままこの国に根付いてもらおう。


 私の前に置かれたサラダを見る。とりあえず、嫌いなブロッコリーをファニーの口に押し込むか、それとも続く他の食べ物にするか悩む。と言うか、この心理状態で、あーんとか厳しい・・・・。


 悩んでいたら、ファニーが私の皿のブロッコリーを食べた。ファニーをじっと見る。


「ブロッコリー、嫌いですよね?」

 私は頷く。


「代わりにトマトをどうぞ。この国のトマトは味が濃くて美味しいですよね」

「・・・ブルスケッタが食べたい」

「ソース手作りのやつですね。分かりました。後で買い出しに行って来ます。・・・そうだ!アストリッド様!一緒に行きませんか?俺、行ってみたいところがあるんですよ?」

「また、美味しそうなカフェでも見つけたのか?」

 ファニーは買い出しに行ってはカフェを見つけて帰ってくる。だが1人では恥ずかしくて行けないらしい。そしていつの間にか一緒に行く事が日課になった。私も甘い物を嫌いではないので、少しだけ嬉しい。


「生クリームたっぷりのパンケーキのお店です!一緒に行ってもらおうと思って、楽しみにとっておきました」

「お前は甘いものが好きだな。分かった。付き合おう」


「仲・・・良いのね」

 シーグリッドの羨ましそうな声に私とファニーはキョトンとする。

 ため息混じりにレオンも話す。

「俺と旅をしてる間もずっとこんなんだったよ。しかもいつも2人でスイートルームでイチャついてるし!アストリッドを落とせって命令されてたけど、どんなムリゲーだよ!ってずっと思ってたよ」


 私とファニーは見つめあう。

 どうやら私達は自然体でイチャイチャしている様に見えるらしい。知らなかった。私の嫌いな物を食べるのも、好きな物を作るのも下僕として当たり前だと思っていたし、ファニーのスイーツ巡りに付き合うのも、下僕へのねぎらいだと思っていた!


「そうか。安心した」

 母の安堵の声に、やる気が出た!

 つまり普通にしていれば良いのだ!そうすれば外出許可も降りるだろう!その後は、どこか知らない土地に逃げれば良い!二人で!


「そうなると半年は長いな。来月に結婚式を挙げよう。ヨウシア、薬はどうなっている?」

「実験結果待ちです。スライムでは成功しました。一昨日、捕獲した青龍に薬を飲ませて昨日は問題ありませんでした。今週末までに異常が見られなければ、成功と言って良いでしょう」

 兄のヨウシアが誇らしげな表情で、私を見て親指をグッと上げた。

 ちっとも喜ばしくない!しかも来月⁉︎冗談じゃない!


「待って下さい!母様!私は聖女を探しに行かなければ!」

「行ってくるがいい。ただし来月には帰って来い」

「え?・・・・良いんですか?」

 母のまさかの許可に間抜けな言葉しか出ない。


「この世界が『聖女』と言うシンボルが必要と言うなら仕方がないだろう。探しに行けば良い。ただし、1か月後には戻ってくる様に」

「分かりました!行ってきます」

 この国を出さえすれば良い。そしたら逃げよう!ファニーと一緒に!


「ではファフニール。パンケーキは私と行こう」

 母が珍しくにっこり笑いながらファニーを誘う。私は意味が分からず、瞬きを繰り返す。ファニーも挙動不審になっている。家族も母の笑顔に動揺している。


「アストリッドは仮縫い後にさっさと行って来い。ファフニールはここで私と待っている」

 母の態度と言動に、キョロキョロするファニー。


 私は思わず立ち上がる。


「人質ですか?」

「人聞きが悪いな。娘婿と一緒にいたいと思っているだけだ。それとも後ろめたい事でもあるのか?」

「いえ。ないですよ。ですがファニーはいつも私と一緒にいないとダメです」

「理由にならない」

「理由はいらないです。ただ一緒じゃないと嫌です」

「理由は必要だ。私は子供達に一人で生き抜く術を教えた。お前もファフニールと暮らすまでは一人で生活していた。なのになぜ、ファフニールを必要とする?」

「それは・・・」

「逃亡するなら一人でも良いはずだ。お前がいなければ、結婚はできない。違うか?」

「逃亡しても良い様に聞こえますね」

「そうだな。逃亡したら、お前はそれまでの人間だったと言う事だ」


 私は母を睨む。だが母は私の全ての言動も行動も手の内であるかの様に憫笑する。この人のこう言うところが苦手だ。


「親子は仲良くして欲しいです!」

 そして、その空気を打ち壊すファニーの声に、呆れかえる。この空気の中、それを言えるお前を私は尊敬する。


「あーーーー。そう言えば、ファニーって親はいんの?」


 我が家の婿コンビは気遣いの達人らしい。空気を変えようと思ったのか、レオンが口を出してきた。呆れて言葉が出てこない。

 私と同じ思いだったらしい。母が視線で着座を促してきた。ため息混じりに座ると、私を挟んで、ファニーとレオンの話に花が咲いていた。


「いるに決まってますよ!2人とも死んだって聞かないから元気だと思いますよ」

「会ったりしないの?」

「年3回、それぞれの誕生日に会いますよ。4ヶ月前にも、お母さんの誕生日で会いました。誕生日プレゼントにネックレスあげたら喜んでました」

「親孝行だな!ところでファニーの誕生日って卵から孵った日?」

「ドラゴン=卵と思うなんて、レオンは物知らずですね!俺はお母さんのお腹で育ったので、産まれた日が誕生日ですよ!」

「俺はドラゴンは卵から産まれるのかと、思ってたよ」

「ほとんどのドラゴンは卵ですよ。でも俺は最恐ドラゴンなんで特別です!」

「へー、そうーなんだ!ところでさ、次はいつ会うの?ファニーの親を見てみたい」

「え⁉︎会ってくれるんですか?俺、友達いないから、親に紹介した事なくて・・」

「俺達は友達だろ。ファニー!」

「レオン〜!!」


 私を挟んでやかましい。そもそもファニーの親はドラゴンだろう。プレゼントにネックレスってなんだ⁉︎それは首輪だろう?

 しかも卵から産まれないドラゴンは私も初めて聞いたぞ!お前は何者だ⁉︎最恐ドラゴンは後から付いたあだ名だから、出自は関係ないだろう!

 しかしそれらはどうでも良い!一番頭に来るのは、ファニーだ!レオンより誰よりも前に私を親に紹介すべきではないのか?友達がいないだと?だったら私はなんだ!お前にとって私はなんなんだ!


「次はいつ会うんだ?家族として私達も紹介して欲しいのだが?」

 余裕でこの会話に入っていく母が羨ましい。私はなんだかモヤモヤしてこの会話に入りたくない。


「リューディアさんも会ってくれるんですか?次は俺の誕生日に集まるので来週です!ここに呼んでも良いですか?」

 相変わらずの呑気な声に頭に来る。しかも!


「ファニー!お前は私と一緒に行くんじゃないのか⁉︎」

「・・・・あ゛」

「もういい!私一人で行って来る!母様もそれで良いんですよね⁉︎」

「1週間で帰ってこい」

「見つかるまで帰って来ません!」

 

 叫んだ勢いのまま席を立つ。私を呼ぶファニーの声が聞こえたが、完全無視して部屋を出る。

 こうなったら一人で逃亡してやる‼︎

 そう心に決めた。

 

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