第23話 最強賢者と最恐ドラゴンの再会(2)

 次々と迫って来る男達を打つ。殺すなとレオンが言うので、仕方なく峰打ちをする。そもそも人と戦うのは苦手だ。力加減が難しい。

「レオン!『カリスマ』は発動しないのか⁉︎」

「できねーんだよ!トゥーレも『カリスマ』持ちだ!相殺される!」


 その時、トゥーレが私に切り込んで来た。思ったより強い。こうなるとかえって加減が難しい。捌きながら後ろに下がる。

「ババアの警護は良いのか?」

「聖女エヴェリーナ様は無敵です。問題ありません」

「それ以上に無敵な女が、行ってるぞ?」

「そんな人はいませんよ」

 私は軽く笑ってやった。この世には化け物みたいな女がいる。知らないとは羨ましい。


 その時、遠くの壁が吹き飛んだ。皆がその音に驚く中、シーグリッドをお姫様抱っこしたファニーが恐ろしいほど呑気に入ってきた。そして。

「アストリッド様!レオンさん!」と、ヘラヘラしながら手を振った。


「ファフニール‼︎」

 燕尾服服の男達が叫び、一斉に警戒態勢に入る。が、それは一瞬ですぐに全員が床に倒れた。


「なに・・これ・・?」

 たじろぐレオン。

 冷静に見える様にしているが、私だってレオンと気持ちは一緒だ。

 ファニーの技と言う事はわかる。だがそうなると全員が来る必要はあったのか?そもそも作戦は必要だったのか?


「お元気そうで良かったです。アストリッド様、そしてレオンさん」

 倒れている男達を飛び越え、呑気なドラゴンが呑気に笑う。


「これってファニーさんの力・・だよな?」

 疑うようなレオンの言葉に、ファニーは破顔した。

「さすが『慧眼』の持ち主ですね!俺がやりました!」

「俺達・・・いらなくね?」

「私もそう思うわ・・・」

 お姫様抱っこから降りながら、シーグリッドは嘆息する。


 私もそう思う・・・とは言わなかった。それより言いたいことがある。

「ファニー!これができたのだったら、なぜトイヴォ王国の港でもやってくれなかったんだ‼︎」

「あの時は、なんか深刻そうだったんで、言うタイミングも、やるタイミングも逃しちゃいました」

 えへへの呑気に笑うファニーに、私も引き攣った笑いしか返せない。


 そして、まぁ良いか、とも思う。こいつらしいと言えばこいつらしい。


「さて、こちらは片付いたし、母を迎えに行こう。さすがに聖女エヴェリーナを殺しはしないだろうが、あの母の事だ。何をしでかすか分からない」

 仕切る私の腕をファニーがじっと見る。私がファニーのために、この服を着たのを気付いてくれたのだろうか・・・。


「この魔力を封じてる腕輪の鍵はどうするんですか?あ‼︎ 鍵じゃないんですね」

 ファニーの口から出たのは服の事ではなく、私の魔力を封じている腕輪のことだった。かなり悔しい。

 事情を知っているレオンが、ファニーにジェスチャーを送っている。言う事が違うと。更に悔しくなる。だから自分で自分を誤魔化す。この服は着たいから着た。決してファニーのためじゃない!


「さすが、ファニー。良く分かったな。この腕輪は鍵じゃ開かない。聖女エヴェリーナの魔力によって封印されている」

「じゃあ、とりあえずこのままですね。アストリッド様も飛べないんだったら、俺がドラゴンに戻るので、皆さんで背中に乗って下さい」

 私が頷くとファニーは、壁に向かって息を吐いた。壁が飛び散り、空が見える。

 驚くレオンがいる。私もこれには少し驚いた。こいつ、強くなってないか?


 その空に向かって人間の姿のファニーが飛び、その先で灼熱色のドラゴンに変わった。


 鮮やかな青い空に、太陽の光を反射する聖都の白い建物が並ぶ美しい街並み。そこの最恐というレッテルを貼られた灼熱色のドラゴンが浮かぶ。


 思った通りだ!

 やはり、青い空に良く映える。


「行くぞ!」

 私の合図で二人が乗り込む。

「ファフニールと久しぶりに会えた感想はどうなの?姉様」

 妹のウキウキした質問には答えずに、私は前を向く。

 ファニーが飛び立ち、あっという間に大聖堂が見えた。

 大聖堂は聖都タハティクヴィオがある大陸の海の先にある。その間は長い橋で繋がれている。


 その海の沖に向かって走る線が見えた。その線を中心にして、海が割れる。


「な・なんだよ!あれ‼︎」

 慌てるレオンに妹が説明する。母だと。


 最強賢者などと言われていても、母には勝てる気がしない。だから内心焦っている。


 ファニーの背に手を置き、こっそり話しかける。

「ファニー、後でゆっくり話そう」

 ファニーの金色の目が私を捉え、ゆっくり閉じた。良かった。私達の思いは同じ様だ。


 敵は世界最強だ。二人の思いが同じでなければ立ち向かえない!




◇◇◇◇◇◇◇





 娘を誘拐した女が乗る白い馬車を眼前に捉えた。金の彫刻で縁取られた馬車は美しい。美しい物は壊したくなる。それが人という物だ。


 あまり派手にやらない様にと娘のシーグリッドは言うが、馬車を切る事くらいは誰でもできる。問題ないはずだ。


 私の背後には海に浮かぶ大聖堂。そこから大陸に向かって長い橋が渡っている。大聖堂に向かう橋の入り口にいる私に見えるのは、美しい聖都の街並みとそこに行き交う幸せそうな人々。彼らに害を成す気はない。筋が違う。私の娘婿の意見は至極真っ当だ。私の娘は男を見る目がある様だ。


「どけ!邪魔だ‼︎これから聖女様が大聖堂に渡られるのだ!横に避けろ!」

 白い馬車を操る御者が居丈高に私に叫ぶ。主人が下品だと下もそれに習う。良くない事だ。


 腰に差した剣をすっと抜き、そして戻す。それで全てが終わる。


 音を立てて、真っ二つに割れる馬車。

 驚きからいななく馬達。ついでに手綱も切っておいた。好きな所に行くが良い。

 つまらない男を切る気はない。御者は服だけを細切れに切ってやった。恥ずかしくて、歩けまい。

 真っ二つになった馬車から、鋭く光る執念深そうな目が見えた。その両脇と正面に座っていた男達の服も細切れだ。


「眼福だろう?クソババア・・」


 割れた馬車の上から金の髪の女が飛んできた。目の前に立ち、ゆっくり笑う。

「だあれ?貴女・・・」 

「リューディア・タイナ・アンティカイネン。アストリッドの母だ。娘を返してもらおう」


「アストリッドのお母様?クルクリの王妃ね。でも残念だわ。アストリッドは返さないわ。お気に入りなの」

「私の母より年上なババアに娘をやれるわけないだろう。エロババアが若ぶるな。恥ずかしくないのか?」


 奇声を上げながらエヴェリーナは魔法を展開する。感情の抑制ができないババアだと聞いていたが、その通りの様だ。


 しかしさすが、腐っても聖女だ。天から何本もの光の柱が降って来るではないか!どうやら超高熱で身体を貫く術のようだ。しかも周囲一帯を焼く魔法だ。このままでは無関係な人々も被害に遭ってしまう。

 私のかわいい娘婿が泣いてしまうではないか。その泣き顔もかわいらしくて好きではあるが・・・。


「なぜ‼︎なぜ、魔法が発動しないの⁉︎」

 金切り声を上げる聖女エヴェリーナ。

 大変見苦しい。仕方がないので、理由を教えてやろう。


「魔法頼みの娘によく言うのだが、魔法は発動する前に切ってしまえば、ただのカスだと思わないか?」

「魔法を切れるわけないでしょう!」

「これも娘に言うのだが、この世には切れない物などないのだよ」

 私は振り返り剣を抜き、そして戻す。


 剣先から出た斬撃が海を走り、海を割る。水底まで割れた海と海の間を魚が飛ぶ。食べる以外の殺生はやめよう。娘婿が泣いてしまう。


 振り向くと白目になり気絶寸前のエヴェリーナがいた。この程度で気絶とは情け無い。これでも私は優しくしてやったのに。

「そうだろう?聖女エヴェリーナ・・・」

 

 返事はできないらしい。海を切った後に、エヴェリーナも真っ二つに切ってやった。娘婿が泣くから、切ってすぐくっつけたが・・・・。


「身体は無事だが、精神的ダメージは大きかろう。私の娘に手を出した貴様が悪い。だが、一つだけは礼を言おう。お陰で娘は良い婿を連れてきた」


 海が緩やかに戻ったと同時に、私の体に影を落とす存在を見上げる。

 強さと美しさと優しさ、そして可愛らしさを備えた娘婿が私を迎えに来た。その姿に年甲斐もなくときめいた。

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