第20話 最強賢者と勇者
警備の隙をついて妹が帰り、1週間経った。私は聖女の着せ替えごっこに付き合いつつ、食事を共にしている。それ以外は部屋で過ごす。
暇だとごねたら、小説をくれた。ファニーが好きな恋愛小説だった。暇つぶしに読んで見た。思ったより悪くないと読み耽る日々。
そんな平和な日々を満喫していた。
◇◇◇
「アストリッドは媚薬も効かないのね」
何度目か分からないランチで、聖女エヴェリーナがため息混じりに私に言った。
「もう諦めたらどうだ?私も帰りたい」
「どこに?ファフニールはあの日以来姿を見せないわ。隠れているのよ。臆病者よね」
「ファニーは臆病者だと言ったはずだ。だがそこがかわいいのだ。相手を認めようともせず、自分好みに染めようとするお前には分からないだろう」
「認めているわよ?アストリッドは食べ方も座り方も美しいもの。ここ数日、見惚れているのよ」
「お前の気持ち悪い視線には、ちっとも慣れないな。相性が悪いらしい。見るのをやめてくれ、それが無理なら、目玉をくり抜け、それも無理なら死ね。頼んでくれれば、今すぐ苦しめながら殺してやるぞ?」
聖女エヴェリーナを睨みつけながら、手に持ったナイフをテーブルに突き刺す。深々刺さったナイフはもう抜けない。
「ナイフが使えなくなった。帰る」
いつもと同じ様に言い訳を作り、席を立つ。
「ナイフは用意するわ。座りなさい。アストリッド」
いつもと違う聖女エヴェリーナを上から見下げる。いつもならここで解散なのに・・。
「言い換えようかしら?クルクリの皇女アストリッド。ファフニールはクルクリにいるのね?」
「別に隠しているつもりはない」
席に戻る。するとレオンがやってきて、ナイフを置いていく。更にテーブルに刺したナイフを回収していった。あれを簡単抜くとは、腕を上げたらしい。
「ファフニールが迎えに来るとでも?貴女の一族が助けに来るとでも?聖都タハティクヴィオは鉄壁の要塞よ。神の社よ。来れる訳がないわ。諦めて私の物になりなさい」
「随分と焦っているようだな?何かあったのか?」
「・・・・別に・・・」
黙り込むエヴェリーナをじっと見る。
何かこいつにとって不都合な事があったらしい。何かは分からない。
燕尾服の男が後ろの扉から入ってくる。この足音を立てない男は、エヴェリーナが一番信頼している人間だ。最近、やっと人の見分けがつくようになって来た。
男はエヴェリーナに耳打ちする。
エヴェリーナが立ち上がる。
「今日はここまで。またね。アストリッド」
「もう会いたくないな。エロクソババア」
エヴェリーナの目がカッと見開く。カツカツと大きな足音を立てて、私に近付き、大きく振りかぶり、その手を私に当てようと振った。そんなに遅くては簡単に避けられる。
舌を出しながら避けてやった。
「レオン‼︎」
エヴェリーナのヒステリックな声を聞き、レオンが私を羽交締めにした。併せて顔まで指で動かないようにされた。こいつ・・・力までつけた様だ。
エヴェリーナが私に平手打ちをする。右と左を交互に打たれ、それでも睨んで笑ってやった。馬鹿な女だ。その打ち方では自分の手が痛いだろうに・・・。
「レオン‼︎続きはあなたがやりなさい!反省するまで痛めつけなさい!」
感情を隠せない女なのだろう。ここ数日で良く分かった。
エヴェリーナは怒鳴りながら、部屋を出て行った。
「ここではなんだな。あんたの部屋に行くぞ?アストリッド・・・・」
レオンが兪樾を含んだ表情を見せた。
◇◇◇
「あんた、思ったよりバカなんだな」
レオンが冷たいタオルを私にくれた。私はそれ頬に当てる。
「回復魔法を使うわけには行かないからな。とりあえず、それで我慢してくれ。それで今日は俺に暴行を受けて夕飯は食べれない事にしよう。夜にあんたの傷を治す許可をもらうから、そしたらすぐ治す。・・・・・ごめん」
「何がだ?」
「無抵抗の人間を殴るなんて、最低だ。あのクソババア。だけど・・・俺もそれに協力した。だから、ごめん。ごめんなさい!」
「気にするな。さっきのお前の態度は正解だ。それに、エヴェリーナの叩き方を見ただろう?今頃、手のひらと手首が痛いはずだ」
私は意地悪く笑って見せた。
レオンは、確かに!と言って大笑いする。
私は兄から貰った薬をレオンに分けた。元々、『勇者』であるレオンは、エヴェリーナの術が徐々に効かなくなっていた。それが薬によって一気に無くなり、今は私の味方になってくれた。たまに来て私に剣の使い方や、魔法の使い方を習っていく。そして郊外に出てレベルを上げているらしい。
「しかしあのババアが随分と慌てていたな。何があったんだ?」
「聖女が見つかったとかなんとか?」
「は⁉︎あんたがなんで知ってんの?」
「あの男がエヴェリーナに耳打ちするのを読んだ。読唇術だ」
「あー!もう!どんだけチートだよ‼︎」
レオンは相変わらず意味の分からない言葉を使う。だが、今のレオンの方が自然体で良い。
「あ!そうだ。あんたのエロい妹から連絡があったぜ。明後日だってさ」
「エロい?」
「ん〜・・・色っぽいって言うか、まぁ男受けするって言うか、そんな意味?」
「男はあんな格好が好きなのか?」
妹のシーグリッドはいつもノースリーブのシャツにタイトなミニスカート。その上に厚いロングコートを着ている。スパイの服ではないらしい。好みだと言っていた。
「ああ、俺は好きだけど、ファニーさんは違うんじゃないかな?ファニーさんはどっちかって言うと、かわいい系じゃない?」
「かわいい?」
「ヒラヒラ系のワンピースとか?俺も直接聞いてないから、想像だけど・・・」
どうせ着るならファニーの好みの服が着たい。が、正直分からない。いつも言われたままに着ていたから。
そんな事を考えていたら、レオンが私の顔を覗き込み笑った。
「恋する乙女は大変だ!」
レオンの言葉に私も笑う。
そうだな。本当にこんな事を考える様になるとは思わなかった。殺すつもりで会った相手なのに。
「それにしても、随分と決行が遅いな?」
「ああ、あんたの妹が言ってたぜ。本当はファニーさんに、聖都タハティクヴィオを襲撃してもらって、その間にあんたを助ける手筈を整えていたらしいんだ」
「その作戦はファニーが嫌がるだろう?」
「その通り!無関係な人を巻き込んじゃダメです!って言ったって。どっちが魔物なんだか」
「ファニーらしいな」
「それで作戦を変更して、明後日の午後のエヴェリーナが礼拝に行く時を狙う事になった。俺があんたの妹とファニーさんをここまで連れてくるから大人しくしておけよ?」
「お前は、どうすんだ?」
「一緒に連れて行ってくれ。もうクソババアの夜のお相手も、罪のない人を戦いに巻き込むのも嫌だ。勇者なら勇者らしく生きて行きたい」
レオンの言葉に私は頷いた。レオンは照れ臭そうに笑って部屋を出て行った。
明後日、それを希望にもう少し頑張ろう。
そう思えた。
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