第19話 最恐ドラゴンと試練の洞窟

 どん、どんと足音を立てて近付いてくる黒いゴーレムに瞬きする。天井にまで届きそうなその姿は、ドラゴンに戻った俺と同じサイズに思える。

 1体、2体、3体と数えながら、俺は拳を握りしめる。


 頭の中はパニックだ。

 なんでだろう?なんでバトル小説みたいになっているんだろう?俺はアストリッド様の恋愛指導をするはずだったのに、人間の恋愛模様を見て楽しむつもりだったのに、なんでこんな所で戦っているんだろう。


 頭上から降って来たパンチを飛ぶことで避けて、ゴーレムの頭に一撃を加える。簡単に砕ける頭。2体目のゴーレムが空中に浮く俺に、拳を繰り出す。その拳に両手を乗せ、クルンと宙返りし腕に乗って走る。そのまま肩から、蹴りを加える。砕ける頭から飛び出して3体目を狙う。

 3体目は幸いな事に正面にいた。続け様に蹴ってやった。脆い頭が砕け散る。


 そのままくるくる回りながら、地面に足をつける。

 思ったより少ない床の破片に気付き、上を向く。

 3体のゴーレムは元に戻っていた。




◇◇◇◇◇◇◇



 家族の誰が俺と戦うかジャンケンの勝者は、アストリッド様のお父さんであるクルクリ国の王だった。


 適当にやって負けようと思っていたら、本気でやらないと殺すわよ?と言うシーグリッドさんの笑顔の脅迫により止める事にした。


 王様は魔術師だったため、最近覚えた『絶対魔法防御』により魔法は防げた。そうなると後は攻撃力が物を言う。

 なんで魔術師なのにそんなに強いの?と突っ込みを入れたい位の、鋭いナイフ捌きに驚愕しながら、腕を掴んでナイフを取り上げた。

 そこで勝負はついたらしい。


 その後に続く戦いたいアピールに、アストリッド様より強ければどうぞ!と言ったら、しんと静まった。どうやらアストリッド様が一番強いんだと思った。やっぱり化け物だと思った。


 それからは部屋をもらって、ご飯を食べて、買いためていた恋愛小説を読んで過ごした。シーグリッドさんがアストリッド様の様子を見に行くと言うので、お弁当にサンドイッチを作ってあげた。とても喜んでくれた。


 いっぱい作ったので、みんなで食べていたら、王妃様が『試練の洞窟』に暇つぶしに行かないかと言ってきた。

 暇つぶしに行くには物騒な名前だと思って遠慮しようと思っていたら、辿り着いた先に欲しいものが用意されていると言う。

 欲しい物って?と聞き返したら、神様が辿り着いた者が一番欲しいと思っている物を用意してくれていると言う。


 一番欲しい物・・・。昔、間違えて燃やした今は売ってない恋愛小説。もしくはアストリッド様の記憶の一部を消し去る薬。

 

 ぜひ!行きたいです‼︎と言ったら、みんなが笑顔で送り出してくれた。


 そして、今ここにいる・・・・。


 ◇◇◇◇◇◇



『鑑定』を使ってゴーレムを見る。

 弱点はなし。


 絶対に嘘だ!と言いながら、頭上から踵落としを喰らわせる。そのまま衝撃を追加して、真っ二つにしてやった。

 がつん!と言う音と共にくっ付くゴーレム。

 

 でも俺は見逃さなかった。真っ二つにした時に、身体の中心に黒く輝く石があった。

 恋愛小説のバトル物でも良くあるパターンだと思った。体の中心を腕で貫き、黒く輝く石、つまり核を取り出し握り潰す。あっという間にゴーレムが粉々になった。残り2体も同じ要領で倒した。


「入ってすぐにゴーレム3体ってなんだろう・・・・」

 独り言を言いながら先を急ぐ。

 恋愛小説と記憶を失くす薬、どっちが欲しいか真剣に悩む。


 今の俺は『絶対魔法防御』と『絶対攻撃防御』を手に入れた。この間リヴァイアサンを倒して、この2つのレアスキルが手入れた。

 誰にも言ってない俺の秘密。それは倒した敵のスキルを2個だけ貰えると言う『強奪』と言うスキルを持っている事。


 つまり今ならアストリッド様にも勝てるかも知れない。だったら、記憶を失う薬より、やっぱり今は売ってない恋愛小説が欲しいかも・・・。


 そう思いながら、洞窟を進む。途中には罠がいっぱいあるけど、俺にはまったく効かない。上から落ちて来た岩は、砕いた。右から飛んできた剣は掴んで折った。左から飛んできた大量の矢は燃やした。落ちた落とし穴にいた蛇は睨んだら、逃げた。正面から転がって来たトンネルいっぱいの丸い岩石は割った。

 

 とことこ歩いて行くと、銀色の大きな両開き扉に辿り着いた。中ボスとかいそうだな〜って思いながら、扉を開ける。


 左右にハルベルトを持った銀の鎧が並んでいる。数は100体程だ。

 一斉に俺を見てガシャガシャと音を立てて迫ってくる。


 小説だと大抵、こう言う場合の鎧の中は空洞だよね?と思いながら、蹴ってみる。やっぱり空洞だった。そしてすぐに元に戻る。

「なんか小さいのが操ったりしてるはず・・・・」

 魔力を検知しながら、前に進む。鎧達がハルベルトを刺してくるけど、残念ながら効かない。『絶対攻撃防御』がさっそく役に立つ。


 ずんずん前に進むと銀の鎧の1体が赤く光った。あれか!と思って、その鎧に近付き、頭を外す。中に小さい赤いゴーレムがいた。掴んで握り潰したら、鎧がガシャン、ガシャンと音を立てて倒れていった。


 やっぱり恋愛小説は役に立つ。

 ここで決定した。神様!俺が欲しいのは、誤って燃やした今は売ってない恋愛小説『光り輝く未来をあなたと共に』です!


 決定したので、罠を回避するのも面倒臭さいから、全力で走る。途中に出てきたゴーレムも定石通りに倒して行く。


 そしてラスボスがいるっぽい扉の前に到着した。今までで一番大きな黄金の扉。趣味悪いなぁ、と思いながら入る。


 入ると正面奥中央に、偉そうに足を組んで座る男がいた。

 定石通りだと、よく来たな。くくく、とか笑うんだけど・・・。


「良くここまで辿り着いたな」

 って男が笑いながら言った!


 ちょっと違ったけど、ニュアンスは一緒だ!あんなセリフ言って恥ずかしくないのかなぁ。ウケるんだけど!

 いや待て待って!俺も乗ってあげないと、かわいそうでしょう?


「き、貴様がここの・・ぷっ、あ、ごめんなさい。今のなし。貴様がここのボスか⁉︎って言っちゃった。恥ずかしい〜」

 ダメだった!俺には無理だった。真っ赤になった顔を隠しながら、顔をぶんぶん振る。恥ずかしい〜‼︎


「き、貴様!真面目にやれ!」

「え?ごめんなさい。無理です」

 

 その言葉に怒ったのか、一気に距離を詰めて、俺を殴ろうと男が飛んできた。その襟元を掴み、そのまま顔から床に投げつける。床が割れ、男の頭が沈んでいく。


「定石通りすぎでウケるんですけど。額のそれが核でしょう?あ!もう聞こえないか?」


 入った時から気付いてた。男の額にこれ見よがしにあった黄色の石を地面にぶつけて割ってやった。

「大した事なくて良かった。『試練の洞窟』とか言うから緊張しちゃったよ」


 椅子の奥にあった扉の鍵が開く音がした。恐らくあの先に、欲しい物があるんだと思い、るんるん気分でスキップしながら、進んでいく。


 『光り輝く未来をあなたと共に』は泣ける恋愛小説だ。小説のお供にクッキーを焼こう。飲み物は甘い紅茶が良い。甘いベリー系の紅茶ってあったかな?


 扉を開けると、小さな部屋の奥にやたら豪華な棚があり、その上に小さい箱があった。


 嫌な予感がする。1歩2歩と進むと入った扉が閉まった。慌てて扉を押すがびくとも動かない。ドラゴンの力を持ってしても動かない。更に恐怖が増す。


 生唾を飲み込み、奥に進み、小さい箱を持ち上げる。手のひらに乗るサイズ。前からカパって開くタイプだ。中身が何かは見てないけど、小説じゃない事は確かだ。


 すると扉の鍵が開く音がした。

「つまり・・・これを持って帰れと言うこと?」

 震える声に彷徨う目線。背中には大量の冷や汗。頭をぶんぶん振って、深呼吸をする。

 

 開けたくない!見たくない!と思いながらそっと開ける。そしてすぐに閉じた。


「あ・・・悪夢だ。あ、夢かな?」

 夢にしてはリアルだ。


 小箱を棚に戻すと鍵が閉まる音がする。


 戻ってもう一度、扉を押す。やっぱり動かない。力いっぱい押してもダメ。だったらと蹴ってみた。足跡すら残せない。周りの壁も蹴って殴る。握った拳に血が滲む。足もジンジンする。ダメージを負うのは全て自分だ。


 恐怖で体が震えてきた。


 ドラゴンの姿には戻れない。魔法は使えない。全てのスキルも使えない。部屋全体になんらかしらの、魔法がかけられている。


 無理だと思いつつ、小箱を持ち、扉の前に立つ。鍵は開いている。小箱を投げて、その隙に扉を潜ろうとする。見えない何かに弾かれて、部屋に戻される。やっぱり持ってないと通れないんだ!


 チャリーンと甲高い金属音がして、その方向を見る。

 小箱から落ちたらしい。

 慌てて拾って小箱に戻す。

 蓋を閉めて、目を瞑る。


 今だったら、アストリッド様はいない。聖女に捕まっているから。だから逃げられるかも知れない。行けるかも知れない!


 そもそも俺が馬鹿だった!神様が欲しい物をくれるなんて言葉に騙されて!ここに来た俺の馬鹿!人間の嘘吐き‼︎純粋なドラゴンを騙さないでよ‼︎


 わんわん泣いて、更に往生際悪く色々試して、更に泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて、俺は諦めて小箱を持って部屋を出た。


 洞窟の前で笑顔で待ち構えていたアストリッド様の家族から逃げる事はできず、そのまま引き摺られる様に城に連れて行かれた。


 小箱に入っていた指輪は、アストリッド様のサイズに直すと、お妃様が笑いながら言った。その目は、逃げたら殺すぞ?と言っていた。

 

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