第18話 最強賢者と聖女のランチ会
狭い窓から外を見る。
日の光を受け、その白さを誇る様にそびえたつ建物に吐き気がする。
扉をノックする音が2回聞こえ、扉が開く。
「アストリッドさん、聖女エヴェリーナ様がお呼びです」
燕尾服を着たレオンだった。
「お前・・・その服がクソ似合わないな」
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ」
自分の格好を見て、自重気味にフっと笑う。確かにメイド服は似合わない。
◇◇◇
強制的に連れて来られた聖都タハティクヴィオ。まず私は魔力封じの腕輪を嵌められた。そしてメイド服に着替えろと言われた。
聖女エヴェリーナに仕える者は、男だったら燕尾服、女だったらメイド服に着替えるらしい。
そしてそのままメイドの勉強会とやらが始まった。
歩き方、手の置き方、お辞儀の仕方。
花の種類、花瓶の種類、花のいけ方。
紅茶の種類、淹れ方、カップの置き方。
等々の授業全てで暴れてやり、更に夜伽を命じられたので、暗殺の良い機会だと思い。食事用のナイフを持ち込もうとしたら、懲罰室とやらに入れられた。
そして今日、その罰が解けたらしい。別に私は悪い事だとは思っていない。だから、反省はしていない。食事は抜かれたが、修行で良く抜くので問題ない。
それにここの食事より、ファニーの作る料理の方が美味しい。ブルスケッタをまた食べたい。
「お前は、故郷に帰りたくないのか?」
なんの気なしに聞いてみる。こんなどうでも良い男でも、一応は一緒に旅をした仲間だ。
「帰りたくないって言えば嘘になりますよね。あっちには家族もいるし、友達もいる。でもこっちに来て、『勇者』って言われて、非日常を送れるって思ったら、嬉しくて忘れちゃいましたね。だってもうモブじゃない。チートな生活を送れるんだって思ってましたから」
「今の生活がチートってやつなのか?」
「まさか!想像と全然違いますよ。実際の俺なんかより、あなた達の方がよっぽどチートだ。しかも、聖女には逆らえない。まるで奴隷だ!」
「逆らえば良いだろう?」
私の言葉を受け、レオンの表情は屈辱的な笑みに変わった。そして吐き捨てる様に言った。
「できれば苦労はしねーよ。あんたもそのうち分かるさ!」
その後は沈黙のまま廊下を歩いた。正直、最後の言葉の方がレオンらしいと思った。美しい所作や、穏やかな言葉使いは、こちらに召喚されて聖女エヴェリーナに教育されたものなんだろう。なぜなら、ここにいる者は、みんな同じ様な態度で、同じ様な話し方をするから・・・・。聖女エヴェリーナの趣味かも知れないが、個性のない世界はつまらない。
レオンに案内された場所は食堂だった。
扉を開けると長テーブルが真ん中にあり、奥には聖女エヴェリーナが微笑みながら座っている。
部屋の右側には燕尾服を着た若い男達が並び、左側にはメイド服を着た若い女が立っている。多少の個性はあるものの、皆美しい顔をしている。こうして見ると、平凡な顔のレオンが個性的に見えてきた。
レオンが深くお辞儀をし、私を聖女エヴェリーナの対面に案内する。椅子を引かれたので、どかっと座り、足を組み、腕を組んでやった。更に聖女エヴェリーナを睨みつける。
だが周りの態度も変わらない。そして肝心の聖女エヴェリーナの微笑みも崩れない。
「食事抜きは辛かったでしょう?今日は一緒にランチしましょうね」
エヴェリーナの言葉と共に、食事が運ばれてくる。前菜に手をつける。一口食べて、フォークを置く。
「あら?気に入らない?」
「媚薬が入ってなければ、美味しいとは思うが?」
「バレちゃったわね。だって今の貴女には魅了が効かないんだもの。この手しかないでしょう?」
エヴェリーナの言葉に安心する。実際、魔法が封じられている今、私の体にどんな影響があるか分からない。
「ムカつくわよね。ファフニールの魔力。さすが最恐ドラゴンね。貴女への守りの力が強すぎて私にも消せないわ‼︎」
ガシャン!と音を立てて、エヴェリーナの持つナイフが皿に刺さる。皿の上のサラダとドレッシングが飛び散り、白いテーブルカバーに色を染める。
燕尾服の男が近付き、いつもの事の様に片付ける。
メイドも近付き、テーブルカバーの染みを拭き取る。
気持ち悪いくらいの連携プレイだ。
「守りの力?」
「あら?知らないの?本当に愛し合っているのね。魔物と愛し合うなんて気持ち悪いわ。趣味が悪いのね」
荒ぶったばかりで興奮が治らないらしい。私を睨みつけながら、皮肉を言うその姿は滑稽だ。
「ファニーも連れてくるつもりだったくせに良く言うな。あの時ファニーが止めなければ、トイヴォ王国民ごと、貴様を殺すつもりだったのに!」
「私は唯一の聖女よ。殺せないわ。世界が混乱するわよ?それにしても、本当にファフニールを愛しているのね」
心の中で舌打ちする。聖女を殺せば、この世界が混乱するのは事実。そもそもあの時に、トイヴォ王国民を殺せたとしても、殺している間にエヴェリーナは逃げることができただろう。その位、こいつの影響力は強い。
このままこの会話を続けても埒が開かない。私は話題を戻すことにした。
「守りの力とはなんだ?」
私の言葉を受け、エヴェリーナは私を指刺した。そのまま指を動かすと赤いモヤが現れ私に襲いかかる。が、そのモヤは私を守る様に現れた光る赤い力で弾かれた。
「魔力が使えない貴女のために視覚化してあげたわ。赤いモヤは私の『強制魅了』の力。自慢じゃないけど、世界で一番強いのよ?そして光る赤い力はファフニールの力。『魅了』や『洗脳』から貴女を守っているの。私がレオンを通して貴女にかけた『魅了』を解いたのも、ファフニールよ。愛されているのね?」
「いつの間に・・・」
周囲に浮かぶ赤い光にしばし見惚れる。
いつから守っていてくれたのだろう。どうして言ってくれなかったのだろう。だが、それがファニーらしいと感じた。
「術は貴女の後頭部から出ているわ。見返りも求めず貴女に内緒で術を仕掛けるなんて、良い男よね。やっぱり私のコレクションに加えれば良かったわ」
舌舐めずりをする様な、笑みと表情に寒気がする。だが、赤い光に勇気をもらった。怖くない。
「ファニーは私のものだ。残念だったな」
運ばれて来た媚薬入りのコンソメスープをテーブルに溢す。テーブルから伝わり私の白いエプロンも茶色く染まる。
「服が汚れた。帰る」
「仕方ないわね。また夕飯で会いましょうね。アストリッド」
「次は媚薬なしの食事を頼む」
「用意したドレスを着てくれたら、考えるわ」
その言葉には返さずに、席を立つ。
メイドの一人が案内係として前に立つ。
着いて来いと言う事か。ため息混じりに部屋を出た。
◇◇◇
「こちらが新しいアストリッド様のお部屋でございます」
用意された部屋は幸いな事に一人部屋だった。窓はない。軽く幽閉されていることが分かる。
だが、最初に用意されたのは大部屋だった。暴れてベッドを壊してやった。その甲斐があったらしい。
ベッドと小さいテーブルセット。更に嬉しい事にユニットバスも備え付けられている。そして壁には私がレオンに褒められて喜んでいた民族衣装。
心の中で、あの女は絶対に殺すと呟いた。
「で?いつまでこの部屋にいるつもりだ?大丈夫なのか?」
私はベッドに足を放りだして座る案内役のメイドに声をかける。
「あら?それを私に言うの?ね・え・さ・ま」
案内役のメイドは妹だった。良く潜り込めてものだ感心する。
「久しぶりだな、シーグリッド。ファニーは無事に両親に受け入れられたか?」
「受け入れられるなんてものじゃないわ。大歓迎よ。父様に勝利して、すっかり婿扱いで我が家に馴染んでいるわ」
「そうか!良かった!」
ファニーの強さを見せつければ、なんとかなるだろうと思っていたが良かった。しかし父様を倒すとは、私と戦った時より強くなっている気がする。次に会ったら手合わせをしてもらおう。
「ファフニールから、姉様へのお土産もあるわよ?愛されてるわね」
シーグリッドから受け取ったのはお弁当だった。サンドイッチが入っている。
嬉しくてついつい笑みが漏れる。目尻にも暖かい物が溜まる。片思いから両思いになるとはこう言う事かと思う。
「あとこれはヨウシア兄様から。媚薬対策の薬。状態異常を防いでくれるって話よ。食事前に飲んでね。さっきはほとんど食べてないから大丈夫だけど、これからも食事なしってわけには行かないでしょう?」
次男のヨウシア兄様の職業は『研究者』だ。怪しげな薬を作って売って儲けている。我が兄ながら気持ち悪い。しかも内勤でありながら、強い。あの攻撃力は薬の成果なのだろうか。
そして妹のシーグリッドはスパイ。こうして簡単に聖女の住まいに入って来れたのには感心する。私でさえ、ここに入ってくるのは困難だと思われるのに。
「お前がファニーのお弁当を届けてくれれば良いじゃないのか?」
「無理よ。ここに入るのも大変だったのよ。さすが聖女の住まう大神殿よね。上手くいけば姉様と一緒に逃げようと思ってたけど、セキュリティが厳しすぎるわ。私もいつ出れるか考えあぐねている位よ」
「お前ですらそうなのか・・・」
「大丈夫よ。ファフニールは我が家の『試練の洞窟』へ行ったわ。姉様はファフニールの迎えを待っていれば良いのよ」
シーグリッドの言葉に、私の目は輝きをます。更に頬も赤くなり、目からは涙が溢れた。嬉しくて出る涙は心を幸せにしてくれる。
「羨ましいわ。私も早く彼氏を作ろうっと」
「そうだな。思ったより良いぞ!」
シーグリッドと会話をしながら、ファニーのサンドイッチを食べる。このパンの味はファニーの手作りのものだと分かり、更に笑みが漏れる。
窓から見える空が眩しい。この空に灼熱色のドラゴンが浮かぶ日が楽しみだ。
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