第11話 最強賢者の恋人

 アストリッド様の涙を見た。初めて見た人間の涙は、美しかった・・・。

 そして思ったより細い体を抱きしめた。その体は震えていた。

 俺の肩の上で泣くアストリッド様は、儚げだった。強いアストリッド様が見せた、違う一面に俺も震えた・・・・・。



 だって震えるよね?


 自分が恋愛小説の中に入り込んだ様な感覚だよ?

 恋愛指導ってなんだ⁉︎からスタートしたこの関係。アストリッド様のツンデレに萌えて楽しんでいた日々。いつも俺は傍観者だった。

 それが今回、初関係者!しかも失恋したヒロインを慰める役!俺が人間だったら、ヒロインと付き合っちゃうパターンの可能性もあるよね?まぁ、俺はドラゴンだから、アストリッド様とどうとかないし、ましてや、まかり間違ってもあんな恐ろしい人間と付き合うとかない!

 俺の好みはかわいい〜子なので、ツンデレ属性とか無理ムリ!


 でも一応祈ってはおきました!今の俺は神官だしね!

 アストリッド様に良い出会いがあります様に。本当の恋と出会えます様に。

 とは言えど、アストリッド様の恋に関しては、レオン様の気持ち次第なので、まだまだ分からない!ツンデレ属性のアストリッド様を今後も堪能するぞ!と思ってた。

 

 さっきまで。

 

 俺が夕飯の買い出しに行って帰ってくると、リビングのテーブルで話すアストリッド様とレオン様がいた。一瞬、貴重な場面を見逃した!と思ったが、そん場面はなかった。


「ではお前は異世界から召喚された勇者と言う事か?」

「あ、はい。本名は志田麗音しだれおんと言います。聖女エヴェリーナに召喚されてこの国に来ました」

「どうしてここにいる?」

「それは・・聖女エヴェリーナの大勢いる恋人の1人になる様に強要されて・・・それで逃げたんです。辿り着いたのがここでした。」

「あのクソ聖女らしいな」

 

 憎々しげに笑うアストリッド様に、若干レオン様が引いている。誰がどう見ても悪者顔なアストリッド様。

 恋心は涙と共に流れたのだろうか。デレはどこにいったんだろう。

 こんなに早く立ち直り、かつ恋心が消えてしまうヒロインだと物語にならない気がする。俺は、ちょっと、いや、かなり寂しい。


 レオン様もアストリッド様の豹変ぶりに驚いている様だ。俺に助けを求めている。

 だが俺はなんだかんだで自分がかわいい!だからレオン様の視線は無視を決め込む事にした。


「レオン様は元いた世界に帰りたいんですか?」

「あ、それはできれば帰りたいですが・・」

 レオン様がアストリッド様をチラッと見る。あれ?もしかして、レオン様もアストリッド様に興味が出てきた?

 アストリッド様!チャンスですよ!


「帰れる様に尽力しよう。だがそれは聖女エヴェリーナの魔法次第だ。あまり過度に期待しないで欲しい」


 だが、アストリッド様は塩対応だ。

 本当に恋心は消えてしまったらしい。


「じゃあ、聖女の住まう聖都タハティクヴィオに行く必要がありますね。アストリッド様はそこに家は持ってますか?」

「持ってない。そもそも私は聖女が好きではないし、聖都とか意味が分からないから、行きたいとも思っていなかった」

「そうなんですね。俺は人間は全員、聖女を敬っていると思ってました」

「そんなわけないだろう。そもそも聖女の定義が曖昧だ。神の声を聞き、この世界を安定させ調和を保つ?だぞ。祖国から出た時に、外国の魔物の多さにびっくりした。それで安定させていると言えるのか?しかも天候だって自然災害だって普通に起こってる。魔王だっていた。なにを安定させているのか逆に聞きたい。しかも神の言葉を聞くってなんだ?その辺の神官だって聞けるぞ?聖女のどこが特別か全然分からない」


 アストリッド様節が全開になって来た。もう本来の性格を隠す気が更々ない。さっきまでかわいかったのに、本当に恋愛小説のヒロインに向かない人だ。


「さすが信仰心0の人の言葉ですね」

「え⁉︎0なんですか?」

「そうなんですよ。レオン様もびっくりしますよね。ちなみにレオン様のレベルはいくつですか?」

「僕はレベルは52です。信仰心は58ですね」

「思ったよりありますね」


 レベル52かぁ。人間としてはある方かな?俺はカンストして、更に高みを登ってる。レベルは99まで行ったら、2周目、3周目と周回できる。最大99まで周回できると聞いてるけど、そこまで行く人はいない。俺だってまだまだ先の話だ。

 アストリッド様はどうなんだろう。あの人のステータス画面を見て見たいけど、見たくない。


「アストリッド・・さんのレベルはいくつなんですか?」

 俺が勇気がなくて聞けない事をレオン様が聞いている。しかも『さん』付けだ!あれ?レオン様ってM体質?デレるアストリッド様より、ツンなアストリッド様に萌えちゃうの?


「・・・同じくらいだ」

「そうなんですね。カンストしてるかと思ってました。最恐ドラゴンのファフニールも倒すくらい強いですし・・・。そう言えば、あの尻尾を引き摺り歩く姿にはびっくりしました。ファフニールは強かったですか?魔王とどっちが強かったですか?」


 興味津々に聞くレオン様を見ながら、ファフニールは俺です。

 とレオン様に言いたいけど黙っておこう。だって世間的には討伐された事になってるし。あれ?そうすると俺は今後、どうやって生きていくのだろう。


「ファニー、今日の夕飯は?」

 アストリッド様はレオン様の質問には答えずに、俺に話を振って来た。何か都合が悪いのかと思い、俺は普通に対応する。


「今日のメインはラザニアにしようかと。あとは鳥の香草焼きと、サラダとスープです」

「ブルスケッタが食べたい」

「トマト料理が被るけど良いですか?」

「この間食べたトマトとアボガドのが良い」

「バジルソースを手作りしたものですね。分かりました」


 俺はキッチンへ向かう。カウンター式のキッチンなので、テーブルに座る2人の姿が良く見える。そしてやっぱり思う。レオン様の顔は普通だ。あっさりモブ顔。アストリッド様はいったいレオン様のどこに惚れていたんだろう。まぁ、顔が全てではないんだけど。人間は分からない。


「ご飯はファニーさんが作ってるんですか?」

 空気を読んだのかどうか分からないが、レオン様は話題を変える事にしてみたいだ。この辺はやっぱり好印象だな。


「そうだ。私の全てをファニーに任せてある。何もかも全てをだ」


 だん!大きな音と立ててまな板が切れる。

 しまった。アストリッド様の言葉に動揺して、トマトごとまな板を切ってしまった。


「え⁉︎お二人はそう言う関係だったんですか?そうは見えなかったんですが・・・」


 レオン様が動揺しながらアストリッド様に聞く。俺も動揺してる。俺もアストリッド様の答えが知りたい。


「そうだ。さっき恋人同士になった」


 そうなんですね、と残念そうに言うレオン様。

 嘘でしょう⁉︎ と思いパニックになる俺。


 なんで?さっき抱きしめたから?確かに恋愛小説ではそう言う展開になることが多いけど、アストリッド様は人間で、俺はドラゴンだよ?種族が違うよ?俺のこの姿も仮の姿だよ?俺よりレベルの高い人に『鑑定』されたら、種族ドラゴン。名前ファフニール。職業神官ってでるよ?そりゃ一応、雄だけど!


 そんな俺の動揺を他所に二人の会話は進んでいく。


「明日の朝一番に、一緒に聖都タハティクヴィオに行こう。レオンも早く還りたいだろう」

「え?明日ですか?」

「そうだ。だから今日は泊まって行けば良い。ファニーのご飯は美味しいぞ?」

「え⁉︎でもお部屋が・・・」

「ファニーの部屋を使えば良い。私達は同じ部屋で良いから」

「あ、はい。そうですか・・・」


 赤くなるレオン様。

 青くなる俺。


 どうしよう。

 とりあえず、そっとアストリッド様を見る。

 アストリッド様はこちらを見ない。

 

 戦う→完膚なきまでにやられる。

 逃げる→たぶん回り込まれる。

 睡眠薬を盛る→たぶん効かない。

 土下座して謝る→未知数。


 良し!土下座して謝ろう。種族が違うから無理ですって説得してみよう。それが無理なら、レオン様の部屋に逃げ込もう。


 俺は念の為にドラゴンでも一発で効く睡眠薬を魔法で精製した。



◇◇◇



 夕飯に混ぜた睡眠薬は効かなかったらしい。

 アストリッド様は元気だ。

 そして俺はアストリッド様とアストリッド様の部屋にいる。恐怖しかない。冷や汗が止まらない。


「ファニー・・・」

「・・・は、はい」

 俺は緊張で声が震える。

 とりあえず土下座をしようと思い、床に膝を付ける。


「クローゼットだと狭いか・・・。ファニー、小さく慣れるか?」

「・・・ドラゴンの姿に戻れば子犬くらいには慣れますが」

「それは良いな!ここに良い箱があるな。可哀想だから、タオルくらいは入れてやろう」

 

 アストリッド様はダンボール箱にタオルとクッションを入れて床に置く。そしてそれを指差した。

「ファニー、お前のベッドだ」

「・・・ベッド?」

「なんだ?不満か?まさか一緒に寝る気か?ドラゴンのくせに生意気な!」

「さっき、アストリッド様は俺が恋人だって言って・・・ました、よね?」

 俺は大混乱しつつ首を傾げる。

 アストリッド様は、ベッドに座りため息をついた。


「レオンの前ではそうしておいて欲しい。私も色々考えたんだ。レオンは異世界人だ。仮に恋人同士になったら、あいつは還りにくくなるだろう。私も別れは辛い。かと言って、こちらに残った場合、私は良くても、レオンの家族や友は困るだろう」

 

 アストリッド様の言葉を聞いて納得した。つまり、レオン様のために身を引く事にしたんだと、その為に俺を恋人と言う事にしたんだと思った。そうする事で、アストリッド様はレオン様への想いを断ち切ろうとしてるんだと・・・。


「と、さっきまで思っていたんだが・・・」


 更に深いため息をつくアストリッド様を見る。顎に手を当て、足を組み、ばつが悪そうな顔をする。


「私はレオンのどこが好きだったのだろうか?」

「へ?」

「いや、お前が買い物に行った間にレオンと2人きりで話をしていたんだが、どこが良かったのか全然分からない。変な病気にでもかかっていたのか?どうなってるんだ?」

「さっき泣いた時には、好きだったんですよね?」

「そうだった気がするんだが、でも良く考えると途中からドキドキしなくなった気がする」

「ちなみに・・いつからドキドキしなくなりました?」

「あれだな。お前が呪いを祓って、レオンの顔が青くなっただろう。あれを見た時からかな?」


 憑き物が落ちた様なアストリッド様を見て思った。あの呪いはレオン様を解放したと同時に、アストリッド様のレオン様への恋心をも祓ってしまったのだと。

 それをどうこう言っても仕方ない。ある意味アストリッド様らしいと言えば、らしいのだろう。


「なんか一瞬で恋が冷めるってあるみたいですよ。良く聞くのが、デートしてご飯の食べ方が汚かったから冷めたとか、店員への態度が悪かったから冷めたとか、馬の乗り方が下手だから冷めたとか。女子同士の会話で良く聞きます」

「そうか。あの青い顔は相当なヘタレ具合だったからなぁ。まぁ、そんなもんかもな」


 ケタケタと思い出し笑いをしながら納得するアストリッド様を尻目に、俺は小さいドラゴンに変わる。


 俺の勘違いで良かった。アストリッド様と恋人同士なんて冗談じゃない。

 アストリッド様が作った簡易ベッドも良い感じだ。ヨイショと入って、クッションとタオルの間に潜り込む。久しぶりのドラゴンの姿はやっぱり良い。くるんと丸まって寝る。


 その時、ドサッという音が聞こえた。


 タオルの隙間から覗き見る。


 アストリッド様がベッドに倒れ込んでいた。ドラゴンでも一発で効く睡眠薬がやっと効いたようだ。一応効くんだ。少し安心して、俺は寝た。

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