第10話 最強賢者の涙

 レオンと共に私の家に転移した。レオンが恐怖で震えているので、とりあえずファニーのベッドで休ませる事にした。


 そして、私とファニーはリビングでテーブルに座り向き合っている。手にはファニーが入れてくれたコーヒー。冷静にならねば話せない。


「ファニー、あれは、あの呪いの元の女性は・・・」

「アストリッド様はどう思いますか?俺はあの女だと思うんですが・・・」

「・・一緒に言う・・・か?」

 ファニーが私の目を真っ直ぐ見て頷く。私も頷く。


「「聖女エヴェリーナ」」


 ファニーと一緒に深いため息をつく。


「アストリッド様は聞こえなかったでしょうが、すごい地雷女でしたよ。ずっとレオン様に執着してました。ヤバかったですよ。俺が神官LV99でドラゴンだったから祓えたんだと思います。普通の神官だと無理でした。と言うか普通の神官だと見えないでしょうね。本人の人格はともかくとして、一応聖女ですし・・・」


 私は頷く。

 確かに残念ながら一応聖女だ。あんな女でも・・・・。


 聖女エヴェリーナ。この世界で唯一の存在『聖女』の職の持ち主。神の声を聞き、この世界を安定させ、調和を保つ。神聖にして無二の存在。それが『聖女』

 だがエヴェリーナは聖女でありながら私利私欲にまみれた女だ。聖女と言う地位を利用して欲しいものを力付くでも手に入れようとする。奴の毒牙にかかり、破滅した人間も国もある。だが唯一無二の存在であるが故に糾弾できない。それを分かっているから、やっているのだろうが・・・。


「最悪だな。一番関わり合いたくない相手だ」

「アストリッド様にも苦手な相手がいるんですね」

「あの女が召喚した勇者が、東の魔王を倒すって言ってたんだ。だが、私が倒しただろう?逆恨みされている」

「・・・西の復活した悪魔も同じですよね?」

「そこに強敵がいると聞いたら行くに決まっているだろう?」

「俺には分からない心情ですね」

「安心しろ。魔王よりも、復活した悪魔よりもお前の方が強かった」

「言っておきますけど、アストリッド様が規格外なんですよ?俺は勇者も倒してるんですから!」

「その勇者は偽物だろう?」

「違います!だって俺、『勇者を倒した者』って称号持ってますから」


 威張るファニーを見て思う。と言う事は勇者とは相当弱いのではないだろうか。

 そう言えば両親が言っていた。外の世界の人は、か弱いから注意する様にと・・・。これからはもっと優しくしないとダメだな。


 しかし困った。

 なぜ、この世界で一番関わりたくない女とレオンが関わっているのか⁉︎私が言うのも何だがレオンは普通の男だろう!顔も普通だし、これと言って光る何かがあるわけじゃない!


 ではなぜ、私が惚れているのかと言うと分からないが・・・。


「ファニー。私はなぜレオンを好きになったのだろう?」

「それを俺に聞くんですか?パーティー会場で、一目惚れしたのはアストリッド様でしょう?」

「そうだが・・・。あの時は私の威圧で、皆は私を避けていたんだよ・・な?」


「そうでしたね。アストリッド様の威圧はヤバいですから。俺はドラゴンだったから平気でしたけど、普通の人は近寄れませんよ」

「レオンは平気で近寄って来てたよな?」


「そうですね。見上げたプロ意識ですよねって、そんなわけないですよね⁉︎あれ?そう言えば、レオン様は普通に近付いて来て、普通に会話してましたね?でも、できるわけないですよね?アストリッド様の威圧ですもんね」


「今まで気付かずにいたのが間抜けだったな?」


 ファニーも頷く。

 あれだけ絡まれていて怪我もなかった。

 そしておそらく私の隠密も見抜かれている。レオンを尾行中に何度も目が合った気がした。気付いていて、気付かないふりをしていたのだとすれば・・・。


「俺が思うに・・・レオン様は聖女エヴェリーナが召喚した勇者なんじゃないでしょうか?そうでないとあそこまで呪われたりしないと思うんですよ。レオン様もエヴェリーナを恐れてましたし・・・。それに前に俺が男3人の脳に刺激を与えて気絶させた時に、レオン様と目が合った気がしたんですよ。気付いてたとすれば、それなりの力の持ち主ですよね」

「私と同じ考え・・・だな・・」

「あー、やっぱりそう言う結論になりますかぁ」


 ファニーは黙り込む。この聡いドラゴンは、一手、二手と先を読む。言葉を選んでいるのだろう。


「ちなみに、アストリッド様は召喚された人を還す事はできますか?」


 やはり聞いて来たか・・・と思う。

 答えは・・。

「今は知らない。だが、聖女エヴェリーナが使った召喚術を見れば、解析は可能だ。私のスキル『解析』はレベルMAXだ。よほどの術でもない限り問題ない。解析の結果、還せるかどうかも分かるだろう」

「・・そうです・・か・・」

「還すべきだろうな。強制的に連れて来られた人間だ」

「それは、本人の意思次第だと思いますよ。俺はなんとも言えないです」


 ファニーの言葉は全くその通りだと思う。だが私だったらどう思うだろう。故郷には家族もいる。少ないとはいえ友達もいる。今現在はファニーもいる。家に帰れば出迎えてくれる暖かい存在・・・・・。


「ファニー。お前は片思いから、恋愛に進むと言った。だが片思いが一方通行だった場合は、なんと言うんだ?」


 ファニーが私をじっと見る。つまりそれに適する言葉もあるという事だ。全ての片思いが恋愛に進む訳でないだろうとは思っていた。今日、片思いから呪いに転じた聖女エヴェリーナを見た。ああはなりたくないと思った。あの恐怖の表情を好きな人にさせるのは間違っていると・・・。


「その場合は失恋です。実らなかった恋です」

「・・・そう・・か」


 頬に何かが流れた。指でそっと触ると涙だった。そうか、私は泣いているらしい。


「まだ分かりませんよ!だって、レオン様が召喚された勇者とも決まってませんし、それにアストリッド様を好きになって還らないって言うかも知れないし、そもそも還せないかも知れないじゃないですか‼︎」


 ファニーの言葉が遠く聞こえる。慰めてくれているのは、分かる。そして思った以上に自分がショックを受けている事も分かった。

 好きな人がいなくなるかもと思ったら、心が痛い。でもそれよりも、想いが通じないかもと思ったら、もっと痛くなった。肉体のダメージは慣れている。だが心に突き刺さるダメージは、慣れていないらしい・・・。


 今まで泣いた事なんて、私の人生においてあっただろうか・・・。

 興味本位で始めた恋愛は、思った以上にダメージを与えるものらしい。


「アストリッド様・・・」

「ファニー、お前が読む本ではこう言う時はどうやって、慰めてくれるんだ?」

 どうやら涙と言うのはポロポロと溢れるものらしい。しかも止めようと思っても中々止まらない。手で拭っても、次々と溢れる。


「えっと、抱きしめたりするんですけど、良いですか?アストリッド様?」

 

 ファニーが両手を開いて、照れ臭そうな顔でこちらを見た。私が頷くと、そっと抱きしめてくれた。


 確かに、人肌は落ち着く様に思えた。

 後ろ頭をそっと撫でられると、私の中の何かがほどけていく。絡んだ糸がほどける様に、気持ちが解きほぐされる。


 ファニーの肩に寄り掛かり、気の済むまで、泣いた。

 涙する事で、何もかもが流れていく気がした。私の感情も想いも全て・・・。

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