第8話 最強賢者の信仰心

 あんなに良い人がなぜ理不尽な目に遭うのだろう。働き振りも良いし、性格も安定してそうだ。そもそも色んな男達に絡まれていたが、全て無抵抗だったではないか。なのに何故⁉︎


 私はレオンに絡んだ男達に聞いてみた。だが誰も彼もがなぜか知らないが気に入らないと言っていた。意味が分からない。私もファニーも好感は持っても、不快な思いなどした事がないのに。


 理不尽な目にあって、更に職を無くしたのかと思うと悲しくなってくる。

 だが私も同じだ。魔力が制御できず周囲を凍らせてしまった。無関係な人達ばかりなのだから、完全な八つ当たりだ。なんと傍迷惑はためいわくな事をしてしまったのか・・・。


 一瞬で凍らせたから蘇生は可能なはずだ。


 そう思い、ベッドから立ち上がる。自分の家から、レオンの元職場までは走ればすぐ着く。涙を拭い、部屋を出ようとした時、ファニーの気配を感じた。

 あのまま逃げたと思ったのに、戻って来てくれたらしい。なんてお人好しドラゴンなんだろう。


 安堵から笑みが漏れた。


 部屋の扉を開けると、ちょうど玄関に着いたファニーと目があった。ファニーが曖昧に笑う。私も笑ってみた。


「ただいま戻りました。アストリッド様の後始末はしておきましたよ。皆、びっくりしてましたが無事でした」

 ファニーの言葉に安心する。そうか、やってくれたのか。思いつきで生かしておいたファニーだったのに、どうやら大きな貸しができた様だ。


「すまない。動揺した」

「大丈夫ですよ。それよりアストリッド様、レオン様の事ですが、どうも今回と同じ様な事がどの店でも頻繁に起きている様ですね。聞き込みをしてみたんですが、皆言うんですよ。悪い子じゃないだけど、なぜかある一定の種類の男達に絡まれると」

「その様だな。私が尾行している時もそうだった。どうも粗暴な男達の癇に触るらしい」

「呪われてるんじゃないかと思うんですが、どう思いますか?」

「・・呪いは専門外なんだが・・・」


 ファニーが首を傾げる。私も真似をしてみた。とりあえず、リビングに行きましょうと、ファニーが言う。私は頷き、リビングへと向かう。私はテーブルに座る。ファニーは自然にキッチンに向かい、コーヒーを淹れて持ってきた。私はいつもブラックで飲む。ファニーはミルクと砂糖がたっぷりだ。

 ファニーの入れるコーヒーは美味しい。美味しさのあまりホッと一息落とす。今日は色々あって、頭の回転が良くなかった様だ。温かいコーヒーに安心する。


「アストリッド様って、職業は賢者ですよね?」

 ファニーの言葉に前を向く。正面に座っているファニーの顔に浮かぶのは、迷いのある表情。何かを疑問に思っているらしい。


 この世界の人間は5歳で教会にて職業を選択する。教会で祈ると、ステータス画面に選べる職業がでてくるのだ。向き不向きもあるので、何にでもなれる訳ではないが、誰しもがある程度の種類の職業が画面に出てくる。例えば戦士、例えば、魔法使い、例えば調理師、例えば建築士。それに沿ってレベルを上げていき、上級職等を目指しながら精進していく。

 そして私が5歳の時に選択したのは『賢者』だ。賢者が選択肢に出て来ることは稀なため、私は喜んで選んだ。両親も喜んだ。兄妹も喜んでくれた。

 だから私の職業は間違いなく『賢者』だ!


「そうだが、それがどうかしたのか?」


 私の言葉を聞いてファニーはテーブルに突っ伏した。どん!と言う額がぶつかる音が響いた。そしてそのままテーブルをダンダンと叩き出す。

「じゃあ、なんで呪いが解けないんですか⁉︎賢者って言えば、神官の最上級職でしょうが‼︎全ての魔法を使える上級者でしょうが‼︎違いますか⁉︎」

 最後の方は私を睨みながら、怒鳴った。

 私はびっくりして、目をまたたく。こんな態度を取るファニーを初めて見た。いつも私の機嫌を取っている風なのに・・・。


「呪いを解くのは、神官の秘技。それを行うには信仰心が必要だ。だが私のステータスでは、信仰心は0だ。だから無理だ」

 私の言葉に、ファニーは口をあんぐりと開ける。ない物はない!私は開き直る。


 これは本当の事だ。自分のレベルが数値化して見えるこの世界で、私のレベルはほぼMAXだ。レアスキルも多く保有している。称号も多い。

 だが、信仰心は鍛えればどうにかなる物ではないらしい。神に感謝し、祈らなければならない。そして私はその機会に恵まれなかったので、育たないまま、ここまできてしまった。


「マジですか⁉︎俺でも50はあるのに?」

「50?半分じゃないか。お前は最恐ドラゴンではなかったのか?街も破壊したと聞いたぞ?」

「あ、それは若気の至りで、ちょっと悪ぶって街を一つ潰しちゃったんですが・・・。今、考えるとお恥ずかしい限りで・・・。でもその時に恋愛小説に出会いまして!それからはむやみやたらに街や人を破壊しない様に努めてます」

「ではなぜ最恐ドラゴンなどと言われているのだ⁉︎」

「その街に住んでいた勇者を、グーパンで倒したからだと思いますよ。それから色んな人が俺を討伐に来る様になりましたし・・。俺も一応殺さない様に心掛けてるんですが、人間って弱いから、すぐ倒しちゃうんですよね。まぁ、正当防衛だし仕方ないですよね。そんな俺もアストリッド様には完敗でしたけど」

 乾いた笑いを見せるファニー。

 

 勇者はレア職なはずだ。それをグーパンで殺せるはずがない。恐らく偽物だったのだろう。だが、そこを追求しても仕方ない。


 今はファニーの信仰心が50もある事に喜ぼう。

「ファニーの信仰心50は間違いなんだな?」

「はい。ここ最近、お祈りしてたら一気に上がりました!」

 何を祈ればそんなに上がるのか気になるが、ここは無視して話を進めよう。


「ではお前が呪いを解け」

「へ?」

「呪いの解き方は知識としては知っている。使えないだけだ。教えてやるから、おぼえろ」

 そうと決まれば後は実行するだけだ。やる事が分かれば体が軽くなる。

 混乱しているファニーの首根っこを掴み、転移する。




「ここはどこですか⁉︎」

 叫ぶファニーを無視して見回す。

 

 深い苔むした森の中。精霊の息吹すら感じそうなこの場所には、鏡の様な池がある。清らかな水は透き通り、魚の姿だけではなく、その水底までも映し出す。


 聖なる魔法が使える様になったら、ここで修行しようと思っていた、とっておきの場所だ!信仰心が育たなかったから夢のまた夢で終わったが・・・。


 半パニックになっているファニーを無理矢理正座させる。


「ファニー、心を空にしろ・・・」

 

 ファニーは泣きべそをかきながら、私を見ている。中々かわいいその表情に笑みが漏れる。

「アストリッド様・・・。いきなりこんな所に連れて来て、呪いを解く方法とか言われても、俺は良く分からないです」

「ああ、そうだな。説明が足りなかったな。神官の最終奥義が呪いを解く事だ。つまりお前が神官になれば良い」

「俺、魔物なんですけど?」

「だから?魔物だから職業が持てないわけではないだろう。誰も試した事がないだけだ」

「でも・・・

「でもでも、うるさいんだが?」

 グチグチとうるさいから言葉の途中で睨みつける。このドラゴンの良い所は変わり身の早さと物分かりの良い所だ。

 一瞬で静かになって、前を向いた。覚悟を決めた様だ。魔物なのに職業が神官?しかも呪いを祓う?確かに聞いた事はないがやってみなければ分からない。私がやるよりは、よっぽど成功率は高いだろう。


 しかもこれでファニーに貸しも返せるし、レオンも助けられる。

 そう思うと自然に笑みがこぼれた。



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