第6話 最強賢者の本当じゃない本当の私(1)

 今日のアストリッド様の衣装は水色のワンピースにした。ヒラヒラのスカートが似合うタイプではないので、すっとした細身のタイプにした。

 相変わらず武器を頭に飾るとわがまま言うので、ポニーテールに武器を刺しリボンをつけて誤魔化した。

 化粧もかわいい感じにしてみた。

 人を雇うのも面倒なので、今回は化粧も髪も俺がやってみた。これも恋愛小説を読んでいたお陰だ。人類の全ての知識が恋愛小説には詰まっている。


「アストリッド様、今日はその喋り方をやめませんか?貴族の女性の話し方をして欲しいんですが」

「これが我が国の貴族の話し方だが?」

「『わたくし』とか『ですわ』とかじゃないんですか?そもそもアストリッド様の出生国はどこですか?」

 そう言えばアストリッド様の祖国を知らない事に気付く。貴族の端くれだと言ってるし、そもそもミドルネームも苗字もあるのだから貴族だとは思っていたが、出生国については語られていない。


「私の国か?あまり知られてない国なんだが、クルクリと言う国を知っているか?」

「・・・戦闘民族の?」

「良く知ってるな?」

「魔物界の常識です。自殺志願者以外はクルクリに近づくなって」

「・・・そうか、だから我が国には魔物が少ないのか・・」


 アストリッド様の強さに納得した。クルクリ国。少数民族だが一人一人が極端に強く、クルクリの戦士は一人で百の敵を相手にすると言われている。国民全員が竜と渡り合える国・・。滅多に外に出る事はないとも聞いた。祖先が戦いの神だ、とか悪魔の血が混ざっているとか噂されている。


「あの国の貴族って王族ですよね?」

「本当に良く知っているな。クルクリは一番目に生まれた子が跡継ぎなんだ。そして二番目が跡継ぎになにかあった際のスペアになって、以降は貴族となる。私は貰い手が決まるまでの間は好きに生きろと言われたので、国を出て冒険者になったんだ」

「良いんですか?アストリッド様は恋愛しようとしてますが・・・」

「恋愛であって結婚ではないから良いだろう・・・。それに最終的にはなんとかなるだろう」


 なんだか結婚までの火遊びみたいで、あまり気分は良くない。でも言ったら怒られるから、黙っておこう。俺も命は惜しい。


 そんな話をしていたらアストリッド様の意中の人、レオン様が働く『ひまわり』に着いた。大衆食堂といった感じだろうか。中が少し騒がしい。そもそも通りから離れた所にある店だ。ロマンチックとはほど遠い。


 俺はアストリッド様に、試しに台詞を送る。

「ここで?良いかし・ら?ファニー?」

 めちゃ棒読みだが、アストリッド様はなんとか対応してくれた。


 店内に入ると元気な声が出迎える。おそらくレオン様の声だ。

「いらっしゃいませ。お二人ですか?」


 俺はアストリッド様に台詞を送る。

 だが、アストリッド様から言葉は出ない。

 再度送ってみる。が何も起こらない。

 アストリッド様をそっと見る。

 俺が返事をする決意をした。


「二人です」

 俺の言葉を受けて、レオン様がニッコリ笑う。やっぱりどう見てもモブ顔だ。普通だ。

 だが、黙ってるアストリッド様を見守ってくれた優しさには感謝しよう。


「こちらへどうぞ」

 と言いながら案内してくれるレオン様。その所作は、一流のレストランのウェイターの様だ。大衆食堂にはそぐわない。


 周りの声が聞こえる。服を変えたがアストリッド様だとバレている。当然か。俺の事も言っている。下僕だと。従者って新聞には載ってたのに下僕になってる。間違ってはいないけど、ちょっと哀しい。でも今は幸せが上回っているので気にならない。


 俺達の事情を分かってくれているのだろう。レオン様が案内してくれた席は少し奥まった人通りの少ない席だった。さすがだと思った。高感度アップだ。気遣い完璧!


 椅子に座り正面のアストリッド様を見る。


 レオン様がアストリッド様にメニューを渡す。「おすすめは野菜炒めです」と言っている。アストリッド様は女性であり、俺の主人だ。先に見せるのは当然だ。更に高感度アップだ。


「ではお決まりの頃に伺います」

 そう言って去っていく、レオン様。

 

 俺の目はアストリッド様に釘付けだ。


 アストリッド様が、俺が台詞を送っても喋れなかった理由。それはアストリッド様が緊張から話せなくなっていたからだ!


 今だってレオン様はアストリッド様に手渡しでメニューを渡そうとした。だけどアストリッド様がテーブルを見続けて、更に両手を膝の上に置いてるから、渡せず、メニューをテーブルに上に広げて置いてくれたのだ!

 レオン様の気遣い完璧!アストリッド様の照れ具合完璧!


 更にレオン様がオススメを言ってくれたのに、アストリッド様は頷く事しかできてない!なんて奥手なんだ。アストリッド様!

そんな奥手だと火遊びなんて無理ですよ!


 更に更に、あの傍若無人で、俺の体を槍で刺しまくり、挙句、俺の尻尾を切り落とした残酷極まりないアストリッド様の顔が、真っ赤!トマトの様に真っ赤‼︎

 しかも水色の鋭い瞳が潤んでる!

 唇も震えてる!

 まさかのデレ属性!リアルデレ‼︎

 ああ、小説の神様。なぜ、アストリッド様なんかに出会ってしまったのだろうと後悔していた日々でしたが、ここに来て感謝する事に致しました!神様ありがとうございます。小説の世界さながらの恋愛ストーリーをリアルで見れる竜生を頂き、とても感謝しております!


 こほんと咳払いをし、アストリッド様が俺を見る。アストリッド様の気まずそうな顔が激カワだ!


「ファニー、なにを食べる?」

「アストリッド様は何を召し上がりますか?」

「わ、私は、オススメの・野菜炒め・・を・・・」

 メニューで顔を隠しながら、しかも目線を泳がせながら、なおかつ声が段々小さくなるとか‼︎


 属性多すぎ!

 あんたは本当にあの最強賢者かと言いたくなる!可愛すぎる!


 俺の作戦だと、アストリッド様にかわいい言葉を言わせて、レオン様の気を引くつもりだった。つまり『強がってるけど、実は戦うの嫌なんです』キャラだ。だが芝居かかった演技より、リアルなデレキャラの方が良いに決まってる。


 作戦は決まった。『強がってるけど、実は恋に臆病な最強賢者』これで行こう!


 呑気に作戦名を決めてた俺は、アストリッド様の静かな殺気により現実に戻る。

 殺気の相手は俺じゃない。そっと気配を探るとレオン様に絡む客だと言うことが分かった。これはヤバい!そう思った俺は、レオン様を呼ぶことにした。


「すみません!注文お願いします!」

 そう言いつつレオン様に絡む男達に牽制をする。軽く睨むと逃げて行った。

 良し!これで一安心。


 そしてまた挙動不審になるアストリッド様。

 野菜炒めを二つ頼む。

 レオン様を見たいけど見れないでいるアストリッド様はかわいい。今日はここまでにしようと、勝手に作戦を終わらせた。


 翌日の新聞にレオン様に絡んでいた男達が襲撃されたと載っていた。昨夜、そっと出て行ったアストリッド様を思い出す。

 が、知らないフリをする事にした。黙っていれば良い事が世の中にはいっぱいあるのだから。

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