第5話 最強賢者の隠密活動
雷が落ちる衝撃?動悸が早くなる?どんな状態異常だ?と思っていたが、現実はヤバかった。
彼を見た瞬間に体中に衝撃が走った。
それは私が4歳の時、親が私に間違って落とした、電撃の魔法と同等の体中に感じる痺れ。
そして激しくなる動悸。
それは5歳の時、一人で遊びに出かけた先で20体のガーゴイルに囲まれ、死を間近に感じた時と同じ激しい心臓の動き。
ファニーの言う事が良く分かった。これが恋!これが一目惚れ‼︎
しかも彼の姿も見れない、でも見たい!
勝手に赤くなる顔。高まる動悸。
冷や汗。止まる思考。このもどかしさ!
回復魔法を試みても、状態異常を回復する魔法を使っても、何一つ効き目がない!
帰りましょうと言うファニーの言葉を散々無視し、パーティーが終わるまでいたが、彼に話しかけることすらできなかった。
私は意気地無しだ。
◇◇◇
そして私は隠密のスキルを使い、彼を捜す事にした。まずは城の中。いない。
どうやらあのパーティーの為に臨時で雇われていた様だ。
だとしたら商業ギルドかと思い忍び込む。名簿を見て気付く。名前を知らない事に。
仕方ないので、ギルド長を後ろから羽交締めにして、ナイフを首に当て聞き出す。
名前は、レオン。苗字はない。庶民の様だ。出自も不明。辺境育ちという事だ。この地にはまだ未開の地も多い。良くある事だと納得する。
現在の住所を手に入れ向かう。住んでる場所は安い集合住宅。共同の風呂。共同のトイレ。狭い部屋。薄い壁。
商業ギルドで働くレオンの収入は低いらしい。飲食関係でバイトをしながら日銭を稼ぐ日々。悪い子ではないのだが、なぜか職が定着しないらしい。
レオンの住む集合住宅を外から眺める。さすがに部屋に入るのは、ルール違反だろう。
何をするでもなく、ぼーっとしてるとレオンが出てきた。
サラサラした切り揃えられた黒い髪。利発そうな黒い瞳。少し低い鼻。ぷっくりした、たまご型の顔。身長は私と同じくらい。かわいい顔に似合わず颯爽と歩く。隙だらけの様で隙のない歩き方。
尾行していると、レオンが後ろを振り返った。目をパチパチと瞬きし、首を傾げた後に再度歩き出す。
びっくりした。見つかったかと思った。いや、私のスキル、『隠密』はレベルはMAXだ。バレるはずがない。
でも一瞬目があった気がした。それだけで心に何かが溢れる。恋という物はちょっとしたことで最高の気分にさせてくれるらしい。
そのまま尾行すると、飲食店に入っていくレオンがいた。
店の名前は『ひまわり食堂』
レオンのバイト先だ。店の入り口には、準備中の文字。
とりあえず、家に帰る事にした。
◇◇◇
「おかえりなさい。アストリッド様。お昼ご飯ありますけど、どうしますか?」
エプロン姿のファニーに出迎えられる。朝ごはんはサンドウィッチだった。美味しかった。そうなると昼ごはんも期待が持てる。
頼むと言うと台所に向かった。最恐ドラゴンだよな?と何度も思う。
そしてテーブルに出てきたのは、ピザだった。生地から作りました〜と自慢気に言うファニーを見ながら食べると、確かに美味い。
「ファニーはどこで料理を覚えたんだ?ドラゴンには必要ないだろう?」
「恋愛小説に料理のレシピとか載ってるんですよ。いつか作ってみたいと思ってたんで、今が最高に幸せです!」
「そうか、それは良かった」
どうして小説に料理レシピが?と思うが突っ込まない事にした。料理、ファッション、戦う方法、サバイバル術、ファニーが言うにはあらゆる情報が小説には詰まっていると言う。不思議に思うが現在私の役に立っているので良いではないか。
「ところでアストリッド様の好みの男性を聞いても良いですか?」
藪から棒のファニーの発言にむせる。ファニーの差し出す水を飲み、なぜそれを?と問いかける。
「え?だって好みが分からなければ恋愛指導もできないじゃないですか?イケメンもダメ、マッチョもダメ、ショタもダメ。となると?ってずっと考えてたんですよ」
悩むファニーを見て思い出す。そうだった。家政婦ではなく、恋愛を教えてもらうためにファニーを連れて来たんだった。いつの間にか家政婦兼執事だと思い込んでいた。
「実は昨夜、好きな人ができた」
「え⁉︎いつの間に!だから昨日のパーティーに最後までいたんですね。って事はパーティーの出席者?誰?第二王子じゃないし?」
「ウェイターがいただろう。赤ワインを薦めてくれた……」
「黒髪のモブ顔?」
「モブ?」
「普通の顔って意味です」
普通?あんなにすっきりして、かわいらしくて、なおかつ涼やかな顔を普通?随分と失礼だ。生かしておく必要があるのか?よし!殺そう!
「待って!魔法を展開しないで下さい!良い子でしたよね?赤ワイン美味しかったですよね!しかもプロ意識完璧!アストリッド様の凄まじい威圧の中で飲み物を持って来れるなんてすごいですよ!他のウェイターは近寄れなかったのに!」
焦って饒舌に彼を褒めだした。この最恐ドラゴンは変わり身が早い。それが良いところではある。恋愛指導もしてもらわないといけないから、殺すなら後だな。
私は魔法を解除する。
と同時にあからさまにほっとするファニーがいる。
私は午前中に調べてきた内容をファニーに話した。その為にこいつを生かしてるんだから、良いアイデアを出してもらおう。
「レオン様…ですか。食堂で働いてるんですよね?生活も苦しい」
「そうらしい。だからまずは家と金でも贈ろうかと思うのだが?」
「それは違う小説になっちゃいます!」
勢いよくテーブルを叩くファニー驚く。ファニー曰くそれは大人向けの小説だから、ダメだそうだ。私は大人なんだが……。
「それでは本物の愛は育めないです!まずはアストリッド様をレオン様に認識してもらわないとダメです」
「どうやって?」
「まずは食堂の常連になりましょう!毎日行く事により、顔を覚えてもらい、そこから自然に外で会える様にしましょう。アストリッド様は食べ方も所作も綺麗なので、問題ないです」
その作戦はありな気がして、私は頷く。と言うか本当の所はまったく良く分からないから言う事を聞く事にした。
「俺も一緒に行ってさりげなくサポートします!俺が従者って事は新聞で知れ渡っているので、大丈夫でしょう!」
「しかし何を話したら外で会える様になるんだ?」
「じゃあ頭に台詞を送りますので、俺の指示通り喋ってください」
私は頷く。良く分からないがやってみれば分かるだろう。
「それじゃあ服を買ってくるんでお金ください」
「服⁉︎なぜまた?これで良いじゃないか?」
「その服で俺の尻尾を引き摺って王都を凱旋したのはアストリッド様でしょう⁉︎すげー目立ってましたよ。見物客も大勢でした!レオン様だって見た可能性大です!そんな姿見たら普通の男ならドン引きですよ!恋人にしたいなんて思わないですよ!ましてやレオン様は庶民でしょう。ギャップ萌えも通用しないでしょう。こうなったら新生アストリッド様で攻めるしかないんですよ。見た目も雰囲気も変えて、『あなただけに見せる本当の私』作戦で行くしかないんですよ!」
「……あなただけに見せる?」
「そう!アストリッド様はレオン様にだけ、『強がってるけど、実は戦うの嫌なんです』ってキャラを見せるんです!そう言う女の人に、男は庇護欲を持つんで!」
「私は好きで戦ってるのに?」
「……いいからお金ください」
私はまた財布を預ける。そしてファニーは外へ走っていく。
良く分からないが、本当の私を隠して見せる、本当の私とはなんだろう?だが、任せることしかできないのも事実。
ため息をつき、冷めたピザを食べる。
恋愛と言うのは、随分と難しいと思いながら。
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