第4話 最強賢者は恋に落ちる

「アストリッド様お手を」

 馬車から降りようとする彼女に手を差し出す。俺の手を取りゆっくり降りてくるアストリッド様は、想像以上に美しい。

 これは思ったより早く彼氏ができて、お役御免になりそうだ。俺はそっとほくそ笑む。


 城門から廊下を抜けて、一階の大広間へと向かう。今日のパーティー会場だ。周囲の男どもがアストリッド様を見てぼーっとしている。俺は心の中でガッツポーズをする。


 ギャップ萌え大成功だ!

 普段とは違う装いを見せる事で異性が惚れると言う内容の恋愛小説は多い。だから髪に合わせた濃い青のドレスを選んだ。女性らしさを見せる為に胸のラインの美しいドレスにした。そして夜なべして宝石を縫い付けた。スタイルが良く見える様にバランスを考えながら。

 繊細な銀細工の装飾が施されたサファイヤのネックレスとお揃いのピアス。これはアストリッド様の瞳の色に合わせた。

 長い髪は上に結い上げた。どうしても小さくした武器を頭に飾ると言い張るので、仕方ないから髪に刺してその周囲を花で飾った。

 なんとか誤魔化せている。俺はアストリッド様をエスコートしながら、横目で再チェックする。


 そもそもアストリッド様は美人だ。だからこれだけ女らしさを見せれば並の男だったら問題ないだろう。更に王命も出ている筈だ。この世界の最高戦力なアストリッド様をこの国に繋ぎ止める一番手っ取り早い方法は、結婚だ。王の血縁者とでも忠誠心厚い貴族とでも結婚させてしまえば、それまでだ


 そうなれば俺は恋愛指導とか言う訳が分からない役目を降りれる!そしてこの国から遠く離れた国に行こう。アストリッド様から離れよう‼︎もう二度と関わりあいたくない‼︎


「おお、これは見違えましたぞ!アストリッド様」

 レイヴォネン国王がパーティー会場を見渡せる玉座から、アストリッド様を褒め称える。王の周囲にはこれ見よがしに、若くて見目良い男が立っている。

 王が紹介する。息子の第二王子、甥だ、従兄弟の子供だと。

 そしてアストリッド様とのファーストダンスの相手はやっぱり第二王子だった。王に似ず中々イケメンだ。ヒールを履いたアストリッド様より少し高い。身長差も良い感じ。


 頑張れ!そのまま恋に落としてくれ!

 俺は心から応援しながら、壁の方へ向かう。


 急遽もよおされた割には、賓客も多く、食事の種類も豊富だ。給仕係も十分にいる。こういう所で人間は愛を紡ぐのだと思い周囲を観察する。


 恋愛小説の様な場面を見てみたい。

 今一番見たいのは壁ドン。ちょっと古いとか言われてるけど、それでときめく女子がみたい。頬とか染めて、キュンとかする姿はきっとかわいいはずだ。その後の顎クイ。キュンからのドキドキ?それでもって徐々に近づく唇とか?


 なんて妄想に耽っていたら、右頬を何かがかすった。と同時に壁から音が聞こえた。音はまさにドン!まさか自分が壁ドンされるとは・・・。

 壁についた手から伸びる腕を見る。その腕の主をそっと目で追いかける。

 相手は青筋立てたアストリッド様。

 初めてされた壁ドンに顔は青くなり、心臓は恐怖でドキドキした。キュンなんて1ミリもしない。


「・・・アストリッド様?」

 壁からメリメリって音が聞こえる。壁ドンって、ドンの後はメリメリって音なんだ〜なんて現実逃避したくなる。


「疲れた。馬鹿の相手はもう嫌だ!」

「お、おお疲れ様です。ダメでしたか?」

 アストリッド様越しに第二王子を見る。残念そうな顔でこちらを見てる。そしてその後ろに控える王様の親戚関係のイケメンさん達・・・。


「ダメだ!自慢話ばかりで疲れる。手を握り潰さないように加減するのが精一杯だった!」

「ダンスはお上手でした・・よ?」

 いつまでもやめてくれない壁ドンに恐怖を感じながら、頑張って褒める事にした。


 怖い。このまま壁を突き破ってしまうのではないだろうか。そのまま床ドン。からの圧死が脳裏に浮かぶ。恐怖のあまり寿命が縮みそうだ。


 アストリッド様は悪い気はしてなさそうだ。少し嬉しそうな笑みを浮かべた。

「これでも貴族の端くれだからな。淑女の嗜みだ」

 

 良かった!生き残れた!

 気を良くした俺は、周囲を見回し男性を物色する事にした。アストリッド様の男の好みを事前に聞いておけば良かった。


「他にも男性はいっぱいいますよ。アストリッド様が強そうな男性が好みなら、あちらに筋肉隆々の方がいますが?」

 俺は(多分)騎士団員だろうと思われる人間を目で示す。アストリッド様は軽く振り返り、嫌だと首を振る。


「ではかわいらしい感じは?」

 逆をいってみるかと、ショタっぽい男の子を指してみる。すると睨まれた。やっぱりダメか。


「気分転換に飲み物でも?」

 それには頷き、やっと壁ドンを外してくれた。俺の横に並び、ため息を思いっきりつき、周りを睨み、威圧を飛ばす。その結果、蜘蛛の子を散らす様に、皆が背を向け離れて行った。


 どうしようと思いつつ、目があったウエイターに合図を送る。さすが王城に務めるプロだ。この威圧の中、気にも止めずにやってくる。


 黒髪黒目の珍しい顔立ちのウエイターが様々な飲み物が載ったトレーを差し出す。


「アストリッド様は何にしますか?」

 聞くが、アストリッド様は答えない。よっぽどイライラしてるのだろう。


 適当に渡して怒られるのが嫌だから、ウエイターに責任をなすり付ける為に質問をする。

「オススメは?」


「おすすめは、赤ワインです。今年の出来は良いそうですよ」

 ウェイターの言葉を聞き、赤ワインを二つ取る。お辞儀をして、ウエイターは帰っていく。さすがプロ。この雰囲気で大人な対応だった。顔は幼かったが・・・。


「アストリッド様、どうぞ・・」


 俺が差し出したグラスは一気に飲まれた。そして、俺のワインも奪われ、飲まれる。あげく空のグラスを渡された。


 ため息混じりに、グラスの返却に向かう。だから気付かなかった。アストリッド様の顔がワインの様に赤くなっている事に・・・。

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