第2話 最強賢者は尻尾を運ぶ

 尻尾を切られた俺を回復した女性が、人間に化けろと命令するので、俺は人になった。

 これでもドラゴンの中でも恐れられている俺だ。人になるなんて造作もないことだ。そもそもいつもこの姿で、大好きな恋愛小説を買いに行ってるんだ。見た目については問題ない筈だ。


 そして連れて来られたのがレイヴォネン王国。大陸で3番目に大きいこの国は、俺が生活していた活火山から一番近い王国だ。活きの良い活火山だと住んだのが運の付きだったらしい。

 俺はため息をつき、ここに来るまでの経緯を思い出す。



 この間読んだ、恋愛冒険小説に牛の丸焼きのシーンがあり、どうしても食べたくなった俺は牛を盗んだ。代わりに金の延べ棒を置いておいたが、それではお金が足りなかったらしい。

 数日後に女が1人でやって来た。白に金糸の刺繍を施されたマントの下には、青い神官の様な服装。俺は率直に迷子の神官だと思った。

 所がいきなり人にあだなす最恐ドラゴン討伐と叫び、攻撃をしてきた。もちろん俺も応戦した。続きの恋愛小説も読みたいし、まだ見ぬ彼女にも会いたいから死にたくない!そもそも人間ごときにやられる訳がない!と思っていたらあっさり負けた。


 化け物だと思った。青みがかった黒い美しい髪を靡かせながら、強力な魔法を繰り出し、春の空の様な水色の瞳に兪樾ゆえつの表情を浮かべ、槍を繰り出してくる。その美しい顔からは想像もできない化け物。


 最終的には恋愛を指導すると言う意味が分からない条件で命は助かった。尻尾は切られたけど。

 そしてその女性の名前を聞いて、俺は気絶しそうになった。


 アストリッド・ドリス・エーゲシュトランド!


 世界最強賢者!

 東の魔王を下し、西の悪魔を倒した人類史上最強の存在!その姿を見たら、ドラゴンでも一瞬で消し炭になると言われている。

 目を合わせるな!姿を隠せ!呼吸を止めろ!それが魔物達で共通で語られる彼女に遭遇した際の合言葉だ。

 それがあんな美人だとは。どうしてその情報は回らなかったのだろう。

 あぁ、会う魔物がみんな死んでるからか。

 仕方ないかと再度、ため息をつく。


「ファニー?何をため息をついている?もうすぐ王との謁見だ」


 ファニーとはアストリッド様が俺に付けたあだ名だ。ファフニールは長いと略された。

 アストリッド様は俺の尻尾を肩に担いで、引きずりながら歩いている。俺は自分の尻尾にお別れの挨拶をしながら少し後ろを歩く。


 俺がアストリッド様に用意された服は従者の服。色は黒と焦茶。赤髪金眼の俺に似合うと思っているが、アストリッド様は興味ない様だ。


 アストリッド様はこの姿(尻尾を引きずりながら)で王都に入り、王城の門まで凱旋した。周囲の人の視線に晒されながら・・・。

 アストリッド様はどうも人の視線は気にならないらしい。俺は注目を浴びて恥ずかしかった。


 王城を守る門兵は慌てて、上司に報告し、中庭で王と謁見する事が急遽決まった。アストリッド様は話し振りから、貴族の娘らしいが、こんな型破りな貴族がいるのかと俺は困惑する。事実は小説よりも奇なりだ。


 中庭に行くと王がすでにいた。立派な服装の王の髪の毛は少し寂しい。その寂しい頭に立派な王冠が載っている。


 俺はその場で跪こうとしたが、アストリッド様に止められた。立っていれば良いらしい。


「王よ、約束した最恐ドラゴンは倒した。討伐証明の尻尾はここに。防具にでも財布にでもすれば良い」

 アストリッド様が俺の尻尾を地面にほおる。ああ、どうせなら財布になって欲しいと俺は心の中で祈る。


「さすがはアストリッド様。素晴らしい腕前です。報酬はいつもの様にギルドに振り込んでおきます」

 満足そうに笑う王とアストリッド様。どちらも悪そうだ。


 ギルドと言うのは、職業別に分けられた組合の事だ。アストリッド様は恐らく冒険者ギルドに登録しているのだろう。ギルドに入る事により依頼を受けて、報酬を貰える事になる。更に身分証の発行もしてもらえるから、色々な国に行く事もできる。

 冒険者ギルドにはランクがあり受ける仕事はランクによって変わる。アストリッド様ははSS級。かっていない最高級のランク。ドラゴンごときが勝てる訳がない。


「アストリッド様の最恐ドラゴン討伐祝いパーティーを開きたいのですが、出て頂けますか?いや、アストリッド様がパーティー嫌いなのは知ってますが、できれば是非。まぁ無理にとは言いませんが・・」


 俺の討伐記念パーティーって・・・と、思いながらアストリッド様を見る。王の言い方だと、やるけど出ないよね?きっと出ないでしょう!って言ってる様に聞こえる。


「ぜひ、参加させて頂こう。私は現在恋愛に興味がある」

 アストリッド様の言葉に俺は吹き出す。周りもざわめく。王の目が光る。

 

 こんな所で言ったら、貴女を懐柔しようと王が男達を送り出してくるだろう!と俺はアストリッド様に視線で抗議する。

 アストリッド様はそれが狙いだと、視線で返す。


 俺達の視線での会話は誰にも分からないまま、周囲は一気に盛り上がる。王は血縁者に似合いの男がいるとアストリッド様に語っている。他にもチラホラとアストリッド様を見る男達。アストリッド様は何と言っても冒険者ギルドでSS級だ。財産も相当あるはず。逆たまだ、と言うヒソヒソ声も聞こえる。


 そんな人間達を見ながら思う。

 

 あぁ、俺は、あの場で死んでた方が楽だったかも・・・。


 そう思ってももう遅い。目の端に溜まった涙をそっと指ですくった。

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