最恐ドラゴンによる、最強賢者への恋愛指導 〜参考書は女性向け恋愛小説です〜
清水柚木
第1章 最強賢者と最恐ドラゴンの出会い
第1話 最強賢者は恋愛指南役の尻尾を切る。
灼熱色の体をしたドラゴンが、口から太陽の様に黄色の炎を吐く。その熱で周辺の岩石は溶けていく。
素晴らしい!何と言う高熱だ!ドラゴンの分際でそこまでの熱量を出せるとは‼︎都市の一つは破壊できるだろう。だが、残念ながら私には通じない。
同じ、もしくは以上の熱量の炎を出すのは簡単だが、それでは面白くない。
私はお気に入りの杖を天へ掲げ、一瞬で魔法式を構築する。ドラゴンが炎を吐いて、私が魔法を放出するまでの時間は0.6秒。私ほどの人間なら造作もない事だ。
せっかくなので氷の魔法だ。どれほど熱い炎でも広範囲で高出力の魔法であれば、勝てるに決まってる。ここは見た目と気分で氷の魔法を選択した。その選択は正解だった。炎は一気に消化され、さらに周辺の岩石を凍らせ、その先にいたドラゴンをも凍らせた。
マグマが迸っていたこの岩石地帯が美しい氷の景色へと変わる。ぐずぐず煮立っていたマグマが凍り、熱によって赤くなっていた岩も光を反射する美しい青い色へと変わる。
極めつけは最恐と言われてる灼熱色のドラゴンか。
氷漬けされたその姿は王宮の芸術家ですら描き出せない程に美しい。透明と青色のコントラストの中に映える紅いドラゴン。力強さの象徴の様な姿が、氷柱に閉じ込められ、さながらクリスタルの中の彫像の様だ。
良いね。私の瞳に似た薄い水色の世界。中々に美しい。
満足気に頷いていると、脈動が聞こえた。
更に良い。この程度で終わっていては、世界最恐と恐れられていた名がすたるだろう。私としてもつまらない。もっと血湧き肉躍る世界を味わいたい。
魔法は飽きた。次は肉弾戦でいきたい。
杖をしまい、槍を持つ。
武器は高い位置で結んだ私の髪を彩る櫛となる。その位のおしゃれはしたい。
灼熱色のドラゴンを包んでいた氷が砕け散る。
私は口角を上げ、槍を頭上で振り回し、その切っ先をドラゴンに向けた。
◇◇◇
「うわ〜ん。ごめんなさい。ごめんなさい。もうしませんから許してください。二度とこの姿で人里とか行かないので許してください〜」
わんわんと泣く灼熱色のドラゴンの頭を踏みつける。最恐ドラゴンと恐れられ、街の一つを破壊したと言われるドラゴンにしては随分と情け無い姿だ。涙が小さい川となって、流れているではないか。
「確かに人里に行ったけど、牛を一頭もらっただけじゃないですか〜?お金も置きましたよ〜。足りなかったら追加で払います〜。ダメ?それでもダメですか〜?農家さんに迷惑かけたからダメですか?だって霜降り牛を食べたかったんですよ〜」
霜降り牛一頭?私に討伐依頼をしたこの国の王は、残虐非道で、そのブレスで街を滅ぼそうとしていたと言っていたが。まぁ、権力者が話を盛る事は良くある事だ。しかしなんともグルメなドラゴンだ。
だが私には関係ない。槍をしまい、首を切り落とす為に剣に持ち替える。切れ味鋭いこの剣ならば、この太い首を切り落とすことは可能だろう。
「やめて、やめて〜。その物騒な剣しまって下さい!それで首を切る気でしょう⁉︎やめて痛い!絶対痛い!まだ恋愛もした事ないし、そもそも初恋だってまだだし、キスなんて妄想でしかないんですよ〜。お願いですから命だけは助けて下さい。死にたくない〜」
「恋愛?初恋?」
聞き慣れない単語に上段に掲げた剣を止める。一刀両断にする事はいつでも可能だ。
「お、お姉様くらい美しければ引く手あまたでしょうよ!でも俺みたいな赤いドラゴンは乱暴だって言われてモテないんですよ〜。恋してみたかったよ〜。あーんとかしてみたかったよ〜」
とうとうこちらの質問に答えられなくなる程に泣きじゃくるドラゴンに毒気が抜かれる。
踏み付けていた足を退かし、剣を櫛に変え、後ろに結んだ髪に刺す。
「恋愛とはなんだ?」
「へ?」
目からは涙、鼻からは鼻水、口からは血反吐を出しながらドラゴンが聞き返す。
「恋愛だ。結婚とは違うのか?」
ドラゴンがその大きな金色の目を瞬きながら答える。
「恋愛は結婚までに至る過程ですよね?人間も同じなのでは?」
「結婚は親が決める物だ。家格と将来性で親が選ぶのだろう?」
「えっ⁉︎人間ってつまんないですね。じゃあ俺が読んだ人間の本と違うんですね・・。ショックです」
あからさまにガッカリするその姿にますます興味を持つ。人間の本という事は当然人間が書いた本なのだろう。
私は貴族の端くれだから結婚は当然親が選ぶ物だと思っていたが、庶民は自分で選ぶと聞いた事がある。そう言えば、どこぞの国の王女は騎士と駆け落ちしたとか言う噂を聞いた。
「恋愛が結婚に至るまでの過程とは?本にはどんな事が書いているんだ?」
「え?聞いてくださるんですか?嬉しいです!」
頷きながら笑って見せる。身体中が刺し傷だらけで血だらけだが、このドラゴンは気にならないらしい。
「まずは初恋からなんですが、その人を見た時に雷が落ちた様な衝撃が走ったり、動悸が酷くて呼吸ができなくなったりするらしいんです。それが相手に惚れるって事です!」
血だらけのドラゴンが短い手で顔を隠しながら、身悶えている。体をひねる度に、血が噴き出してるが、気にしないらしい。
しかし、雷が落ちた様な衝撃?激しい動悸?状態異常にしか思えない。
「その後は片思いなんですが、赤くなって話せなくなったり、自然に目がその人を追いかけたり、後をつけたりするんですよ!好きな人が異性と話していて泣いたり、逆に自分に近づいて来たら、うまく話せなくて、ツンツンしちゃったり、あ、そう言うのをツンデレって言ったりするんですけど・・・」
長々話すドラゴンを横目に考える。
良く分からないが、楽しそうに話す竜を見てると興味を持ち始めてきた。今までの私は闘いに明け暮れる日々だった。東に魔王がいると聞けば、倒し、西に悪魔が復活したと聞けば、倒し、最恐ドラゴンがいると聞いてここに来た。
だがどれも私を満足させる事は出来なかった。今までは実につまらんと相手を屈服させていた。
だが、初恋?片思い?恋愛?聞いていると良く分からない状態異常ばかりだ。ぜひ味わってみたい。
「お前、名は?」
灼熱色なんだか、血まみれだか分からないドラゴンに名を問う。聞かなければ、まだまだ喋っていそうだ。
「俺ですか?ファフニールです。150歳です!」
「お前、私の恋愛指南をしろ。良く分からないが面白そうだ。そうすれば生かしておいてやる」
「俺が⁉︎無理ですよ!と言いたいですが、死にたくないので従います」
「良いだろう。では歯を食い縛れ!」
「歯?歯ってなんですか?食い縛るってなんですか⁉︎ってなんで剣を構えてるんですか⁉︎生かしておいてくれるんですよね⁉︎そう言ってましたよね⁉︎」
「討伐証明に尻尾を持ち帰る。どうせトカゲだろう?生えてくるだろう?」
「生えてくるけど、トカゲと一緒にしないで下さい!自切なんてできないですよ‼︎やめて〜」
飛んで逃げようとするファフニールを捕まえ、その尻尾の付け根を踏みつける。バタバタしてるが問題ない。単純な力だけでも私が勝っている。
「行くぞ?」
私は剣を振り下ろす。
いや〜ん!!と言う言葉が青空にこだました。
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