第4話 ユニコーンの伝説

 駆けていた。土の上ではない。枝の上をだ。駆ける度、枝の上に積もった雪がドサリと落ちる。



 ハッキリ言って、すでに死んでいる可能性はゼロじゃないと、俺は思っている。何故なら、こんな夜遅く、わざわざ山の中に足を運ぶ理由がなさすぎるからだ。



 目を閉じ、印を結ぶ。



 黒曜の忍びは集中する時に印を結ぶ。特に意味はない。あえて言うなら条件付けってやつで、印を結ぶことで、集中しやすい身体をガキの頃から作っているのである。



 聴覚に意識を集中し、数百メートル先の音を拾った。



『ははは。……いねいいね。……らに剣を……か?』

 


 朗報だ。近い。そして一応生きている。



 ったく、何だってあいつはこんなところにわざわざ来たんだよ、くそ。



 枝。より強く踏みつけ、飛んだ。バサリと、積もっていた雪が、落ちる。



 振るった腕で枝葉を薙ぎ払い、広い空間に出た。真下には、泉と女。そして、野盗と思われる集団が十六名ってところか。



 腰の刀剣を引き抜き、投擲する。



 それは、アシュレイと、アシュレイに近寄っていた男らの間を引き裂くように、刺さっていた。



 全員が天上を見上げる。俺は畳んだ膝を抱きながら、鞠のように何度も回転し、大地の上に降り立った。



 刺さっていた刀剣を地面から引き抜き、男の首筋に剣尖を向ける。



 予知しなかったこともあってか、男が何事かわからぬ顔で、数歩下がった。俺は、鞘をやや引き抜きながら、刀剣を鞘の中にしまった。



「何者だ? お前は」



 野盗の一人が言った。



「同じ街に住む馴染みさ。言うなら、知り合いってやつかな」



 答えると、野盗らはゲラゲラと品なく笑った。



「知り合い? 知り合いだって? おいおい恥ずかしがるなよ? 助けに来たんだろ? そこの女の子をよ。健気だねー。おいお前ら、こいつを殺すんじゃねえぞ。こいつが見ている前で女を犯すんだ。そりゃもう楽しいに違いねえぞ。アッハッハ」



 ゲスな笑い声が、神秘的とも言っていい場所に、響いた。



 雪が降る満月の晩、透き通る泉がある場所に、時折ユニコーンが現れる。出会うことができたなら、その恋は成就する――か?



 笑えるな。

 目の前には泉があり、天上からは月光が注いでいる。

 


 ユニコーンが現れるなら、ここしかないという場所だが――



 実際に現れているのは、ゲスな野盗オンリーだ。

 右を向いても左を向いても嘘ばかり。



 自分が躯になるまで、こんなものと付き合い続けないとならないのか。

 実にうんざりで、笑うしかない。

 


「一つ、忠告しておいてやる」



 ポケットに手を忍ばせる。



「あ?」


「さっきも言ったように、俺とこいつはただの街の馴染みでね。ただの馴染みの女のために、人殺しはしたくねえ。殺して心が痛むほど若くもないが、禍根は残したくないんでね」


「……」



 男らの目がやや鋭くなる。


 俺はポケットから手を出した。広げた指に、火薬を詰めた球体が八つ。全て黒の球体に詰めているため、月明かりだけの光では、俺がただ指を広げているようにしか、見えないだろう。



「だから――死にたくなきゃ、急いでここから逃げろ。忠告だけはしてやる」



 腕を振るう。音と共に、煙が辺り一面を覆った。



「うわ!!」


 

 アシュレイの、この場にそぐわぬ声が、胸元で響いた。俺がアシュレイを抱き上げて、遁走していたからだ。



「ラグレイ!!」


 

 声を上げる。

 上げながら、俺は駆けた。



 背中から悲鳴が聞こえる。聞こえぬようにと、アシュレイの頭を強く抱きしめる。耳元をソッと手で塞いだ。



 ………………。

 …………。

 ……。



 どれぐらい走っただろうか? 十分か。十五分か。しばらく走ってから、ゆっくりと足を動かす。



「で?」



「え……」



 見上げてくるアシュレイを、俺は抱き上げたまま見下ろした。落としてやろうかと思ったが、まあそれはやめた。



「どうしてこんなところに、一人で来てんだよ、お前は。逃げ出すつもりだったのか?」


「ううん。そうじゃないよ」


「じゃあなんだ?」


「探したいものがあったから」


「何だよそれは」



 アシュレイが一度目を伏せてから、また、俺を見つめた。



「ルーさんは……ユニコーンって知ってる?」


「……」


「雪が降る満月の晩、透き通る泉がある場所に、時折ユニコーンが現れる。出会うことができたら、その者の恋は、きっと結ばれる。そんな話を、聞いたことがあったから」



 なるほどね。

 どおりで、ユニコーンが現れるのに、ドンピシャリな場所だったわけだ。

 どいつもこいつも、女はユニコーン探しに大忙し、か。

 


 しかし――



「残念だが、それは俗説だ。ユニコーンなんて神は存在しない。少なくとも発見した人間はどこにもいない。いたらいい、とは思うけどな」


 

 神は、存在しうるものにしか宿らない。見守らない。

 つまり、愛なんてどこにもない、ということの証明でもあった。



「そんなことないよ」



 アシュレイが言うので、見下ろした。


 アシュレイの顔は、暗闇でもわかるほど、赤くなっていた。



「今――」



 目を向ける。



 その時。



 斬!!



 先まで俺がいた場所を、ベアクローの一撃が薙ぎ払った。



 俺は男の後ろをとりながら、その姿を黙って見据えていた。手の中にはもちろん、未だアシュレイがいる。



「ほう。今のを避けるとは、中々やるな」



 男が振り返る。


 

 男の膝から下と、肘から先が、獣の四肢に成り代わっていた。



 ワーウルフか。



 ラグレイの契約条件は、同族とは争えない、というものだ。つまり、ラグレイは、犬や狼などの獣とは戦えない。それにはワーウルフも含まれるのだった。



「アシュレイ。お前はそこに座ってろ」



 俺はそっとアシュレイを下ろして、男と相対した。


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