第4話 反撃

「タリウト、皆を集めろ」


 御者も集まると、


「計画変更だ」


 商隊は今から直ぐに引き返すと告げた。盗賊がブコビィでは話が違ってくる。こちらの人数が分かってしまった以上、このまま進めば奴は必ず大規模な攻撃を仕掛けて来るだろう。そうなれば積み荷を略奪されるだけどころか、商隊の全滅もあり得る。


「タリウト、部下を5人連れてベンダーに至急戻れ。援軍を手配するんだ。20、いや30騎程度なら直ぐに来れるだろう」

「分かりました」

「幸い未だ出発して一日しか経っていない。商隊が直ぐに戻れば明日中には合流出来るはずだ。積み荷はなんとしても守る」


 翌日の夕刻タリウトの引き連れて来た援軍とは無事に合流出来た。

 商隊は一旦ラウラの元に戻り、事情を説明して暫く出発を遅らせてもらう事にした。




「行くぞ」


 バルクは軍団をブコビィの本拠地に向かわせる。


「やるんですか」


 クイナがいい、バルクを見つめた。


「そうだ、ブコビィの奴を吊るしてやる」


 バルクは馬に鞭を入れた。




 それはまさに奇襲だった。敵が集合する前に個別撃破するのは、戦術の基本である。


「ブコビィは何処だ」


 突然の軍団来襲に、対抗出来ないブコビィの手下達が逃げ惑っている。剣を突きつけられて聞かれた男はブコビィの居場所を知らないようだ。


「止めろ、雑魚は放っておけ」


 そういい、男を切ろうとする部下をバルクは止めた。なるべくタタールの仲間を手に掛けたくはない。

 姿の見えないブコビィを追って軍団はさらに他の場所を探す。


 周囲の居住地を片っ端から回ったがブコビィの行方が分からない。

 その時、


「ブコビィだ」


 二手に分かれて捜索していたタリウトがやって来て声を上げる。


 ブコビィは数人の部下を連れて家屋から出て来るところであった。

 バルクの声が響く。


「ブコビィ!」


 ブコビィは「フン」と小さくつぶやくと、抜いた剣をダラリと下ろして歩いて来る。


 バルクが話しを続ける。


「タタールがいつの間に盗人になった」

「なに、盗人だと。何の事か分からんな」

「とぼけるな。おまえの手下が商隊を襲ったんだ」

「おい、誰か商隊を襲った者は居るか?」


 ブコビィに聞かれた皆は沈黙している。


「誰も知らないとよ」


 ブコビィはそういい、ニヤリと笑った。


「やってないなのなら何故剣を抜く」

「そっちが先に抜いてきただろうが!」


 ブコビィは罵声と共に周囲の軍団を舐め回す。

 バルクが馬を降りると、クイナもすぐ降り側にやって来た。


「隊長、こいつは俺にやらせてくれ」


 クイナはそういい剣を抜いた。

 それを見たブコビィはニヤリと笑う。


「若造、勇気があるじゃないか。俺とやり合う気か?」


 タタールの男は決闘を盾無しで戦う。ただし目的は相手を殺す事ではない。片方が負けを認めればそれで終わりとなる。タタール同士で無駄な殺し合いはしない。時には相手の剣技を讃え、負けた者が握手を求めて来る事もある。


 軍団が周囲を取り囲む中、2人は対自する。クイナが無言で間合いを詰め始めると、ブコビィはゆっくり横に移動を始めた。余裕がそうさせるのか剣はまだダラリと横に下げたままである。

 だが二度三度と互いの剣が振られて激しい火花が散ると、ブコビィのにやついていた表情が明らかに変わった。その顔に浮かぶのは明らかな殺意。

 一旦離れた両者は睨み合ったままジリジリとまた横に移動しだす。

 そして再び火花が散った直後だった。体をひるがえしてブコビィの脇をすり抜け回転したクイナ、拳が返され剣が振り向きざま肉を切った。


「ウッ!」


 ブコビィは肩を深く切られてよろめいている。その既に戦意を喪失したように見えるブコビィを背に、クイナが剣を下ろして離れて行こうとした時だった、


「クイナ!」


 バルクの声で振り向くクイナの目に映ったのは、側近に切り倒されるブコビィであった。


「貴公のような勇者を後ろから襲う卑怯者など、タタールには要らない」


 男はクイナにそう言いながら剣を鞘に収めた。重症を負ったブコビィであったが、離れて行こうとするクイナを後ろから襲おうとしていたのだった。





「出発だ」


 バルクの声で再び商隊が動き出す。30騎の援軍は帰り、元通りの20騎で商隊を護送する事になった。

 大雨の影響で水かさの増した川を渡る事が出来ないと言う情報があり、伸び伸びになっていたものである。


 荷馬車に乗り組んでいた御者の半数はラウラの指示を受けた商人で、ルーマニアの卸売り市場に着くと持ち込んだ東方の香辛料などを売り捌く。帰りは西側諸国の物産を買ってアジアに流すのだった。





 ここは古都ベンダーの郊外である。


「クイナ、タリウト、出陣だぞ」


 ラウラ家の商隊を何度か護衛した翌年の初夏だった。モルダビア公から突然の出陣命令がきたのだ。


「ロシア軍が侵攻して来たらしい」


 ロシアの目的はオスマン帝国を駆逐して黒海を掌握する事である。モルダビア公国はオスマンと共にロシア軍に立ち向かわなくてはならない。モルダビアはロシア軍の進行経路上に位置しているのだ。


「タリウト、すぐ兵を集めろ。全軍だ」

「はっ」


 モルダビア公の出陣命令はアルチ、チャガン、ドタウト、アルクイと全てのタタール氏族に出された。

 バルクはアルクイの全兵力400騎を召集して出陣する。召集されたタタール騎馬兵の総数は1500騎前後となる。

 そして当面の敵はロシアのコサック兵だと分かった。

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