第13話
十三話
「朝か……」
梅はベットの上で上半身だけ起こし、自分の握りしめた拳を見ながらそう呟く
その声は、決して今日を楽しみにしていたとは言えない、暗い声色をしていた。
そんな暗い雰囲気を無くす為に、梅は自分の頬を引っ張り無理やり笑顔にした。少しでも気分を明るくするためだ。
それに、『笑う門には福来たる』という昔の言葉もある。だから、梅は出来るだけ笑顔でいることにした。
そう、今は何の変哲もない朝。日が出ていて、優しく風も吹いている。しかもその風で草木もなびいている。そう、これは何ともない普通の朝だ。一階に下りれば八重、リーヨ、村長の三人がいる。そんな普通な朝……。
梅は、梅は立ち上がり、体を両手を上にあげながら力いっぱいに伸ばす。
相変わらず気持ちがいい。
梅は全身で生きているという事を感じると、扉を開け一階に下りた。
朝と言えば、だ。最初に思い浮かぶのは朝御飯だ。今日も『リーヨさん』が美味しい朝御飯を作ってくれていた。
それをゆっくり食べる梅。やがて、満腹とまではいかないが、腹は少々満たされた。
梅は少し皆と話した。
どんな内容だったか思い出せない。
少し話した後、『八重』から声をかけられた。きっと八重だろう。
「大丈夫?」
それに普通に笑顔で答える、「大丈夫」 と。
「どうしようかな」
梅はまた呟く。これで何度目だろうか。暇で暇で仕方がない。ただぼーっと空を眺めるしか今はすることがない。
大体午後一時位だろうか、太陽の位置を見て大体の予想をつける。
梅は今、村から離れた遠くの草原でゴロリと横になっている。何もすることがない、というよりもすることが無くなった。
朝、『村長』から今日から生け贄の日までは、ゆっくりしていていいと言われ、それに「はい」と答え、今はここにいる。
「八重はリーヨさんのお店の手伝い、さくらはさくらで今日は予定があると……何か今日は最悪な日だな……」
話す相手がいないとこんなにも暇なのか……少しゲームが恋しくなってきた。元の世界では二百年も経っている。二百年も経っていれば、きっと素晴らしいハードが出来ているだろう。それこそ、実際にゲームの中に入って冒険したり……とか。
「もしかしたらこの世界もゲームの……」
そう梅は呟くが、すぐに「ないな」と切り捨てた。もし、それが本当なら、梅が生きていた時代にそのハードがなければおかしいからだ。
いや、全てがゲームの内容と言われればそれまでだが……。
梅の生きていた元の世界に、少なくともそんな技術はまだ無かった。まだ、コントローラーで、ポチポチと画面の中のキャラを操作していたのを今も覚えている。
これでも長期休みがあると、一日中ゲームをプレイしていて、母や八重に怒られた事がある程のゲーム好きだ。この世界に来た時も、ゲームのような展開で少し胸を踊らせていたのだが……。
「まさか……生け贄になるとはね……」
生け贄……それは神への供物として人や動物を捧げる事……聞くだけで何とも背筋が凍りそうな単語……ゲームなんかではちょくちょくと聞いていたのだが、実際に聞くとやはり不気味さと怖さは倍以上になる。しかも、今回は実際に生け贄に選ばれたという、何だか笑えるほど不幸な話……本当にゲームであってほしいと梅は思った。全てが終わった後、「面白かった~!」と済ませたい。
これは、個人的な心配だったのだが、『生け贄』と聞いた時、この村の神様のような存在である、さくらに食べられるのかと思っていたがそうではなかった。それは少し安心した。きっとさくらは自分を食べられないだろう。もし、食べられたとしても、きっとこれから後悔していく……と思ったからだ。これは別に梅の憶測であって、実際にはすぐにバクっといかれる可能性だってある。
「それはそれで悲しいな」
と、小さく笑う梅。そんな梅に声をかける者がいた。いや、ずっと声をかけられていたが、無視をしていた。
「おはよウゥ~?今日も天気がいいネェ~?」
両目のすぐ前には、『黒い何か』が映っており、そこから耳障りな声がし始めた。しかし、梅はこれに無視をする。何も見えていないし、聞こえてもいない。
「無視は酷いナァ~?」
何も聞こえていない。そう心に言い聞かせ、梅はまたくだらないことを考え始めようとするが……。
「聞こえないッテことはないでショ~?」
そう心を読まれたかのように聞かれたので、梅は右へ寝返りを打つと、それと同時に『黒い何か』が移動し、梅の視界に入る。梅は何だか心に怒りを感じ、梅は最後の手段で目を瞑った。
「やっぱリィ~?聞こえてるよネェ~?」
何度も言うが、この『黒い何か』は朝から……いや、昨日の試練の時からずっと梅の視界の中に入ってくる。
梅はもう頭がおかしくなりそうだった。いや、もうおかしいのかも知れない。全てがこの『黒い何か』に見えてきていた。八重もリーヨさんも、村長も……何かも全てが……。
「ネェ~?ネェ~?」と梅の耳元でささやく『黒い何か』に耐えられず、自然と丸まっていった。そして、ついに梅は耳を塞いだ。
言い忘れていたが、この『黒い何か』が壁の本体だ。この『黒い何か』が指定した日に、魔力を注げば壁に魔力が貯まり、村の全員が外にいる種から襲われずに済む。
守ってくれているだけありがたいと思うのだが、このように少し……いや、結構ウザい。反応したら耳障りな声で笑うし、しなかったらしなかったで永遠とその耳障りな声で話し掛けてくる。
何処へ逃げようと何処までも着いてくる『黒い何か』……
「やっぱリ、聞こえてるネェ~?」
「ギャハハハハハ!!!」と、その耳障りな声で大笑いする『黒い何か』、梅は勇気を振り絞り、左手を指鉄砲の形にし、その『黒い何か』に向けて撃った。
その弾丸は見事にそれに命中した。だが、傷一つつかない。それに畳み掛けるように、梅の腹部に燃える矢が貫通したかのような痛みが、梅を襲った。
「うぐっ……!!」
あまりの痛さに、梅はそのその部分を手で抑えた。しかし、傷なんて何処にもない。
その反応を見て、また『黒い何か』は大声で笑い出す。
「ムダムダァ~?オレへの攻撃は全てオマエへと向かっていクゥ~?それにナァ~?」
『黒い何か』はぶつぶつと何かを唱えると、梅の体からは痛みが引いた。
「それにナァ~?一つ教えてやるけドォ~?オマエは生け贄になる時まで死ぬことはなイィ~?死ねないんだヨォ~?」
にやにやと楽しそうに笑う『黒い何か』。
その事に、梅は心の底から腹がたったが、抑え込んだ。
「お前は一体何がしたいんだ!!」
梅は『黒い何か』に怒号を飛ばした。
抑え込んだ筈の感情が、口から飛ぶ用に出る。梅は少し驚きつつも、その怒りを『黒い何か』にぶつけた。
「ここまで生け贄を追い詰めて何がしたい!?これは必要の無いことだろ!?」
そんな梅の怒りの矛先にいるそれは、また、笑い出した。
「君もそんなに怒るんだネェ~?」
「当たり前だ!生け贄になることは納得出来ないけどもういいよ!でも、ここまで精神的に追い詰めてどうしたい?なんだ?泣くところが見たいのか!?」
「おいおい落ち着けヨ~?そんなに怒ると寿命が無くなるゼェ~?あっ、あと少ししか無いからいッカァ~?」
「答えろよ!!」
梅は起き上がり、その『黒い何か』を両手で握る。それと同時に梅もまた、全身を強く締め付けられるような感覚に陥った。
「しョウが無いネェ~?それは簡単なことサァ~?」
楽しいからだヨォ~?
その言葉に、梅の何かが切れた。
次の瞬間、梅はその『黒い何か』を地面に強く叩きつけ、大声で叫びながら、何度も鋭い火の魔法を食らわせた。
痛い。痛い。痛い。鋭い火の魔法を当てる度に何度も体に激痛が走った。それでもその痛みを我慢し、撃ち続ける。無駄だとも分かっている。それでも撃ち続けた。ただ怒りに任せて……。
「楽しいってだけで人の心を弄ぶのか!!」
「そうサァ~?絶対的な力で人を弄ぶのってヨォ~?君もやッテみルゥ~?」
「誰がやるか!!」
「コワイコワイ。ほら、笑顔で笑顔デェ~?」
「うるさい!!」
必死に『黒い何か』に向けて火の魔法を撃つが、やはり、傷一つつけられない。それどころか梅自身、攻撃によるダメージと魔力の消費で、一瞬でも気を緩めたら気絶してしまいそうだ。
今思えば、理不尽に幸せを奪われ続けた人生だった。
もういい、どうせ死ぬんだ。
だったらこいつに八つ当たりしよう。どうせこいつは傷つかない。自分が我慢し続ければいいサンドバックになる。
一度攻撃を止め、何度も息を吸って吐いた。その度に頭がクリアになり、冷静になれる気がした。だが、気がしただけで、これから起こす行動は冷静とは程遠いだろう。きっと狂人とも言われても仕方ない行動だ。
梅は大きく息を吸った。
「どうしてだよ!!」
梅の怒号が辺り一面に広がる。梅は間髪いれずに感情のままに言葉を発しながらも、鋭い火の魔法を『黒い何か』に向けて撃つ。勿論、全て自分に返ってくるので、梅の体には激痛が走る。
「あの時だってそうだ!!何でいきなり車が突っ込んで来たんだ!!あれが無かったらここに来てなかった!!平和に暮らせていた!!」
平和に暮らせていたかどうかは憶測に過ぎないが、それが無かったら今もまた八重と一緒に学校に行って、さくらの散歩をして、友達とも馬鹿やりながらも遊べていた。
「父さんと母さんの時だってそうだ!!何で、何でだよ!!何でいきなり車が突っ込んでくるんだよ!!」
今思えば車ばっかりだった、レパートリーが無さすぎだ。
梅は狂ったかのように笑った後、梅はもう一度大きく息を吸って叫んだ。
「あああああああああああ!!!!」
全て壊された。平和な日常も、思い出も……そして、今、これから楽しくなっていく筈だった未来も壊されそうとしている。
理不尽だ。
何でだよ!!と枯れるほどの大声で叫ぶ梅。魔力が無くなってきたので、拳に切り替え、何度も何度もその『黒い何か』を殴った。
固いし痛かった。梅の体にもその分の痛みが走る。良いことなんて無い。それでも殴った。
「何でだよ……何でだよ……」
やがて痛みに耐えきれず、意識を失い、その場に倒れこんだ。
『黒い何か』は、その一瞬の隙を見極め、その場から脱出した。
脱出した『黒い何か』は何かを唱えた後、顔を涙でぐちゃぐちゃになった梅を思い出し、『黒い何か』はまた笑い出した。
「確かニ可哀想だネェ~?こいつモォ~?あの犬と同じような境遇みたイィ~?」
「『転生者』ってやつウゥ~?それとも『転移者』アァ~?どちらにせよ、旨そうだネェ~?」
「ほら、起きろヨォ~?」
そう『黒い何か』は言うと、梅の目は開いた。体に痛みは無い。きっと『黒い何か』の仕業だろう。梅は両手を使って起き上がり、その場に座り込んだ。
「寝かせてもくれないんだね……」
一回気を失った梅は、落ち着いたのかいつもの口調、いつもの声の大きさに戻っていた。
「だってここで寝られても困るシィ~?お外は夜になると寒いからネェ~?」
「別に、寒さなんて全部僕にくるわけだから良いだろ?」
「そうだネェ~?ハハハハハハ!!!」
梅には怒る気力なんてもう無い。ただ耳障りな声を聞くしかなかった。
「何にも面白くないさ」
「そウゥ~?オレは面白いと思うけどネェ~?ハハハハハハ!!!」
『黒い何か』は、「あっ、そうそう」と続けて喋る。
「これ以上暴れられたら困るシィ~?やっぱり眠っててネェ~?」
その言葉と同時に梅の視界は歪んでいき、やがて無くなった。
その場で倒れた梅を見つめる『黒い何か』の形は、少し、歪んでいた。
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